62.5 動き出す、前

「……妙」


 コトン、とぎょくを置く音が木霊する。


「あれか?」


 対面で、崩れた体勢で掛ける『仲間』が応えた。


「? あれって?」


 左に座する『仲間』は、話が見えずに眉を顰める。


「何だ、気付いてないのか。ちょっと探ってみろよ」


 その言葉に更に顔は顰められ、朱い髪が揺らめいた。


「……っ」

「ほれ、力抜けよ。出来っから」


 右手を振って、雑に促す。頬杖を突きニヤリと笑った隙間から、鋭い牙が覗いた。


「ぅくっ……ぁ?」


 睨み付けるように細められていた金の瞳が、何を掴んだか瞬く。そして、すぐにまた眇められた。


「塞がれて、る?」


 自分達の遊び場が、誰かに荒らされけがされている。

 自分達が創り上げていたものが!


「誰が!!」


 一気に燃え上がった怒りは、そのまま外へ放出される。

 燃え盛る炎。一撫でされれば消し炭と化す。


「おっとぉ、落ち着け」


 けれどそれは、彼らより弱い奴らの話だ。

 全く熱くもないだろうに、白と黒の頭を振って、火の粉から逃げる仕草をする。楽しそうに、笑いながら。


麗燿りよう


 玉を置いた小さな手が、そちらへ伸びた。


「火、邪魔」


 ゴボリ、と音がしたかと思えば炎が消えた。消された。朱い髪と衣がずぶ濡れになった麗燿は、瞬間呆けた顔を、再び顰めた。


「……悪かったわよ」

「血が上り易いなぁ相変わらず」


 けらけらと嗤う顔へ、金色の厳しい視線が向けられる。


「あんたが乗せたのもあるじゃないの鏤皎尤るこう! 私のせいみたいに言わないでよ!」

「はいはい、悪かった」


 悪びれもせず嘯き、再び燃え出し振り回される麗燿の袖を大袈裟に避ける。


「……妙……殺す?」


 鏤皎尤の左、麗燿の対面。何気なく、そんな提案が零れる口は、あどけなく。

 置かれた玉を手に取り、縦長の瞳孔を細める。


「あ、そうじゃなくてさ。また混ぜない?」


 鏤皎尤は吐かれた炎を逸らしつつそう言って、


「……悪い」


 その半笑いの口が無意識に、微かに震えた。

 目の前の『仲間』が、苛立っている。


「……靖華せいが、戻して」


 小さく細い指が、盤面を示す。


「……」


 手の中の玉と、盤面と、少し軋んだ表情を見比べ、靖華は元の通りに玉を置いた。そしてどこかばつが悪そうに、碧翠の髪を弄る。

 彼らの遊戯盤。そこには一見無造作に、無秩序に、大小様々な玉が置かれている。これは彼らの遊び場を表し、彼らの夢も表していた。

 そこに置かれた、現れた『玉』。金の混じる透明な。


「麗燿。あれが混じってる。あの時の人間」


 盤面に向いたままの視線は、険しさが増していた。


「嘘でしょ?! ただの人間の筈っ……」


 反射で発してから、息を呑む。苛立ちと、悦びとに黒髪が揺らめき。

 その口は、艶のある笑みを浮かべていた。


勇淵ゆうえん……」


 なんと珍しく、恐ろしい光景だろう。


「混ぜる。鏤皎尤の通り……良いのが出来る」


 前よりも良いのが出来る。

 その言葉に鏤皎尤は苦笑し、同時に肩の力を抜いた。


「……こまも働いてくれたしなぁ。そろそろ引っ張って来ても良いんじゃないの?」

「は? 全部いっぺんにやるワケ?」


 麗燿の顔がまた顰められる。


「確か『気に入り』なんだろ? ならいっぺんの方が良いだろ。前みたいに」

「あっちも、忘れないようにしなきゃ。今度は」


 靖華の言葉に麗燿は眉を顰め、鏤皎尤は「ああそれも」と頷いた。


「……あ、忘れてた」


 目を瞬き、麗燿の眉間の皺が取れる。


「何度も忘れちゃ可哀想だろ」


 呆れたように言う鏤皎尤へ、麗燿はまた顰め面を向けた。


「またそうやって──」


 コトン


 誰もが口を噤む。部屋に静寂が満ちる。

 漆黒の髪を揺らめかせながら、その小さな口が厳かに開かれる。


「終い、仕上げ」


 詠うように声が響く。


「理想の、世界へ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る