62 HOPEという名の

 場所を移すと言われて。姫様をあのままにしていいのかと聞いたら、


「この後のケアはまた別の者がしますから。あなた方の仕事は終わりです」


 そんなんでいいのか。投げっぱなしな感じが……。


「良いから行くぞ遠野とおの。埒が明かねえ」

「はい、行きますか」

「えっ、えっ? 私このまま?!」


 担がれたまま、強制的に連れて行かれた。




 またエレベーターを乗り換え、別の通路を進み、辿り着いたのは小さめの会議室。てつは部屋の奥へ進み、


「……てつ、っ?!」


 いつまで担いだままなのか。と聞く前にひょいと椅子に下ろされた。


「それで、先ほどの続きですが」


 何食わぬ顔で遠野さんが対面に座る。


榊原さかきばらさんはお社の異常同調を、『修復』とまで言って良いほどに改善させましたね?」


 手を組み、人当たりの良い笑顔を向けてくる。てつは後ろで仁王立ち。


「……」


 尋問でもされそうな構図だ。そんな逃避を思い描く。

 だって二人とも、言動と心情が合ってない。


「あれは素晴らしい成果であると、自身ではお気付きですか?」

「……そうなんですか?」


 何がなにやらだったから、あの時は。

 私が行けば、他への被害が薄まるだろうと。

 行ったら行ったで、『彼ら』をどうにかしなきゃと無我夢中で。


「ええ。本来の同調は偶発的に起こるもの。今回の異常同調は作為的なもの。そこは覚えていますか?」


 頷く。だからこその叫びかれらだった。


「どちらにしろ馴染んだもの、引き裂かれたもの、以前と形を変えたものです。我々はそれに封をし、被害を抑え、悪化しないよう監視する。手を加える事はしません」


 ほんの少し、困ったようにその眉が下がった。けれど表情えがおはそのままだ。


「……じゃあ」


 私のした事はまずかった、という話ではないだろう。てつも遠野さんも、諫める気配じゃない。


「手を出せるほどの者がいないんですよ。けれどあなたはそれを成した。上はそれを高く評価しています」


 てつが舌打ちした。


「そして異常同調発生箇所への派遣を命じました。榊原さん。あなたは言うなれば、この混乱期のホープとして期待された訳です」


 ホープきぼうという言葉が、どうにも陳腐に耳に入る。それとてつの苛立ちが、読まずとも背中からびんびん伝わってきた。


「派遣はもちろん、てつさんと共に。誰が同行するかは、お二人次第──」

「やると思うか?」


 後ろから手が伸びてきた。鋭い爪を持つ大きな金色は、ついたテーブルに罅を作る。


「ころっころ言い分を変えやがって。お前らは自分が頂に居るとでも思ってんのか?」

「否定は出来ませんね」


 爽やかな返答に、唸り声が余計低くなる。


「……阿呆共が。僅かな力で驕り高ぶり、己が阿呆な事すら忘れたか」

「どうでしょう?」


 軽く頭を傾けるその斜め下で、テーブルがさらに悲鳴を上げた。


「てつさんが『修復』を行えるなら話は違ってきますが……」


 遠野さんは一度目を伏せ、上向いた黒は感情を映さず。声も、冷ややかなものになる。


「そうではないのでしょう?」


 てつは応えない。けど、応えない事こそが答えになってしまう。まぁ、気は完全に『その通りだ』と、しかも悔しそうに言っている。

 この二人は、息が合うのか合わないのかどっちなんだろう。そう思いながら、口を開く。


「分かりました。大学との両立はさせたいので、日程とか寄せてくれませんか」

「……杏」


 てつが溜め息混じりに呼ぶ。溜め息吐きたいのはこっちの方。


「あと最初の派遣先ってどこですか?」

「聞けおい」


 視界が上向けられる。覗き込んでくる顔は怒りの形相だ。

 今度から、頭を掴む前に一言入れるようにしてもらおうかな。


「……てつが私を気にかけてくれてるように。私もてつについての事、どうにかしたいんだよ」


 驚き、顔が引いた。手は離れなかった。腕を掴んで離そうとしても無理だったので、しょうがない。このままだ。


「遠野さんも」


 姿勢を戻す。観察でもするように細められていた目は、何事もなかったように柔らかいものになる。


「心配してるなら心配だって言ってくれませんか」


 柔らかい表情のまま固まった。器用だな。


「その方が分かり易いです。てつも遠野さんも、さっきから外と中が一致しなくて頭がこんがらがります」


 そうだ、こんがらがる。軽く混乱して、私はそれに少し苛ついてる。


「なんで直接そう言わないんですか。関わりたくないからですか。あ? だとしたらなんで心配なんです?」


 気付いたためか余計に苛立ってきた。

 テーブルから身を乗り出し、顔を近寄せる。我に返ったように引いた襟を掴む。


「は、さか」

「なんなんです? そもそも話も要点を話したようで、いっつも何かもやもやするんですよ。最近特にそう!」


 後ろへ下がるのを引き寄せる。誰が逃がすか!


「そう、そうだ。考えてみれば遠野さん、ずっと胡散臭い感じさせてましたよね?あれもしかしてワザとですか?」

「……や、」

あんず


 頭が引かれる。


「てつも!」


 逆に押し出し腕を取る。


「はっ?」


 呆気なく前に倒れ、目を丸くした顔を覗き込んだ。私がこんな事するなんて、考えてなかったらしい。


「なんだかんだ言いながら、私には大事な事言わないね! 誰だって言いたくない事も言えない事もあるけどさ! てつは覚えてない事もあるし!」


 こっちも襟首を掴んで揺さぶる。狼の頭はされるがまま、がくがくと前後に揺れる。

 ネクタイって持ちやすい!


「だからって何にも教えてくれないのはやっぱり問題だと思う! ねえ遠野さん!」

「はっ?!」


 向き直るとこっちも目が丸い! 気を抜いてましたね?!


「遠野さんにも言ってるんです! 両方に言ってる!」


 ああ面倒! いちいち顔を振るのも面倒!


「っ!」

「あ゛?!」


 二人をテーブルの上に引っ張り上げる。驚きが勝ってされるがまま。どうだこのやろう!


「はっきり言って欲しいんです含みとか持たせずに! さっきもずうっと! いがみ合ってるようで何心配しあってるんです?! イライラする!」


 無言か! そうかそうか!


「その仕事が危険だからですか? 私が弱いから?」 


 両方だろう。自分にもムカついてくる。


「私、てつをこんなにした奴を殴りたい気持ちがあるんです。その仕事、それに近付ける仕事ものでしょうから喜んで! それと」


 てつが何か言おうとした。無視して続ける。


「そもそもバイトの仕事じゃないですよね? これ。そのくらいは私も頭が回ります。上の人──本部長は私達をどうしたいのか」


 遠野さんが息を呑んだ。


「てつが異界の者だからですか。私が、言うように鈍いからですか。本当に成果を見込んで同調の修復を、なんて話じゃ」


 焦り。その顔に気を取られ止まった口を、素早く手で塞がれた。


「……少し、落ち着きましょうか」


 笑う頬に冷や汗が伝う。


「…………むぐ」


 強く抑えてる訳じゃないけど、離してくれる気もないようだ。渋々二人から手を外す。

 ……あれ? 私いつの間に、テーブルの上に?


「落ち着いて来ましたか?」


 苦笑しながら、けれど慎重に問われ、だんだん頭が冷えてくる。


「……」


 私、さっき、だいぶやばい事を口走ってたような……。


「落ち着いて来たようですね。突然失礼しました、離しますね」


 口が自由になる。けど、さっきのように動かない。

 当然だ。あれは引っ込めてない力で、熱に浮かされたように勢いがついていたんだから。

 やってしまった。


「……おい、杏」


 テーブルから降りる。出来る限り、力を押し込めながら。


「あんず」


 膝を突く。正座になる。どの体勢が一番良いか分からないから、なるだけ低くしてみた。


「おい」

「すみませんでした!」


 やりながら、これ土下座だなと気付いた。

 上から溜め息が二つ落ちる。気の揺らぎは感じない。ちゃんと引っ込められてる、良かった。


「おいこの阿呆。誰が頭を下げろと言った?」

「……じゃあ、どうすれば」


 反省しようが何をしようが、今の言葉は取り消せない。


「とりあえず顔を上げて下さい。これを誰かに見られたら、僕の首が危ういです」


 金と黒が視界に入った。頭を上げると、伏せ気味なてつとしゃがみ込んだ遠野さんが、目の前にいる。


「……」


 だからと言って、どうすればいいのだろうか。


「……とすると。一つ確認を取りたいんですが」


 気を取り直したように、遠野さんが口を開く。


「一連の言葉は、どこまでが榊原さんの言葉でしたか?」

「……全部です……」


 操られて思ってもいない事を言ったんじゃない。思ってた事が滑るように出たのだ。力はそれを押しただけ、だと思う。


「そうですか……」


 額に手を当て軽く眼を閉じられた。ちょっと唸ってもいる。


「杏」


 てつがどことなく、躊躇いを見せながら側に来た。


「俺は隠すとか、お前が弱いとか」


 正座のままの私を包むように、ぐるりと身体を曲げて。


「そういう事を言いたい訳じゃあねえ」


 尻尾も使って一周させて、そのまま座り込まれてしまった。暖かい、けど動けない。


「……ただ……」


 暖かくて、ふわふわで。急激に眠気に襲われる。

 いや、寝るのはまずい。こんな場所で。


「お前…………お前ら…………」


 なんで、急に。

 ……違う、そうだ。姫様に、気力だか体力だかを、持っていかれ、て


「…………クソ……遠野」


 持ち直し、たと、おもった  の、に


「何か……榊原さん?」


 いや、もう、むり。


「限界だ。……阿呆め」



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