59 立場の別なく肩を並べる

「……なんというか、逆にありがとうございます」


 副支部長は運転しながら、バックミラーでこっちに笑顔を見せる。

「いいえ? 私が言い出した事だもの」


 話をつけてくると言われて待ってたら、車で送られるこんな事になったけど。本部長あれと関係してるにしても、副支部長が運転するんだ、と少し驚いた。


「ああそうだ、榊原さかきばらさん。さっきの、本部長についてなんだけれど」

「はい」

「……こういう言い方は、良くはないけど。また会ったりしたら、私か遠野とおの君か……とにかく話せそうな人に教えて欲しいの」


 また、何故。

 それが顔に出まくってたらしく、副支部長は苦笑した。


「ごめんなさいね、色々……不信に思われても言い訳の仕様がないし」

「……や、……」


 不信、じゃなくて疑問では、あるんだけど。


「今はまだ詳しく話せない……そんな中で『信用して欲しい』って言うのも虫の良い話だし……」

「いえ、別にそこは」


 首を振ったら副支部長は目を丸くしたし、お腹からは溜め息が聞こえた。


「何も考えずに言ってねえだろうな?」

「……考えてます。だって」


 さっきのあれを、許しはしない。


「人に虫唾が走るとか言った奴と! どっちを信じるかなんて明白!」


 ……より大きな溜め息を吐かれた。


「じゃあ何てつは虫唾が走るって言ったあれが信用に値すると?」

「ちげえ……そこじゃあねえ……」


 副支部長の何を知ってるかって言えば『副支部長』って事しか知らない。私達を取り巻く環境も、よく分からないものが多い。

 ……けど、あれは。それを補って余りある事案だ!


「……榊原さん」

「は……っあ、すみません……」


 困ったように笑う顔を見て、我に返る。


あれ・・は、ああいう生態だから」

「えっ」

「けどありがとう。でも、周りに誰かいる時に言うと危ないから、気を付けて」

「え、あ、はい……」

 



 その意図を、掴み倦ねる。俺の住処で堂々と、書だかを読むコレ・・の。


「……? 何か?」


 人というモノは、読み辛く面倒だとは解っちゃあいるが。こいつは一段と厄介らしい。


「僕の顔に何かついてます?」


 初めは確かに怯えがあった。それを押してここに来やがる。何かと理由を付けてまで。

 何があろうとどうでも良いと、自棄の揺れが視えていた。


「あれ? もしかして寝てます?」


 けれど希望のぞみの色も映していた。それも意味が分からねえが。


「起きてます? 目は開いてますけど」


 それが今やどうだ。躊躇いも無く、俺の前で手を振る始末。

 間の抜けた顔だ。癪に障る。


「あ゛?」

「っ……!」


 口を開いただけで怖れを抱く。退いた気に、胸が空く。

 お前もそうしてりゃあ良いんだよ。


「喰いやしねえよ、阿呆らしい」


 第一細ぇ。不味そうで喰い応えも無さそうだ。


「は、はは……すみません……」


 そのまま逃げりゃあ良いものを。またこちらへ気を向ける。


「……お前、何がしたい?」

「え?」

「ここんとこ日毎に来やがって。この山には、人の財になるもんなぞねえんだよ」


「あ、あー……いえ、そういう事では……」


 気が揺れる。不安げに、何かを期待するように。


「じゃあ何だ? 死にてえなら他を当たれ」

「ぇー、えーと。それとも違いまして」


 あぁ間怠っこしい。埒が明かない。


「言え。吐け」

「えっ? ……っい?!」


 僅かな力で、そいつは倒れる。弱い、人は脆い。


「何が目的だ?」


 真上を向いたその黒に、俺が映る。牙を剥けば、その顔はより白くなる。

 気が、今までの奴らに似通ってくる。


「……その、ですね」


 恐れ慄き逃げ出す奴らと、お前も同じ。同じだろう?


「ええっと……やあ、家を背負わないのって、結構恐いですね」

「はあ?」


 揺れが変わる。


「ここに……あなたに会いに来ていた、理由なんですが」


 こいつは今、覚悟した。その言葉を口にする覚悟を。


「……友に、なれないかなっ……て」


 決意と希望を持ったその顔は、真っ直ぐ静かに俺を伺う。

 伺うが、待て。


「待て。……は? なんだ、そりゃあ」

「へ?」


 呆けた顔をすんじゃねえ。


「それは何だっつってんだ」

「……ん?」


 顰めんな。苛つく。


「友ってのが何だって聞いてんだよ」

「え? ……ああ…………え? ええええ?!」


 今度は喚くな。鬱陶しい。




「…………なんだこの夢……」


 朝からなんだこれ……。


「あ? ……なんだ?」

「いや別に」


 起き上がって頭を振ると、てつが訝しむように声をかけてきた。


「……」


 あの人の身長にもよるけど。てつ、もう二回りは大きくなりそうだ。


「おい、何かあんなら言え」


 てつはのそりと立ち上がり、前脚を片方ベッドに置く。


「……じゃあ」


 金と銀が混じる毛色。でも多分、ほんとはもっと金が強い。


「友達とは、何を指しますか」

「あ?」

「ごめんちょっと混乱してる」


 何言ってんだって顔はやめて。


「ともだち……? ああ、『友』か」


 眉間の皺が取れ、今度は呆れた顔をする。


「あれだろう? 学や遊を共にし、立場の別なく肩を並べる親しい間柄」


 堅苦しいな。


「それがどうした」

「じゃあさ、それをどこで知った?」

「はあ? んなもん……」


 事も無げに開いた口がそのまま固まり、


「……そんなもん、生きてりゃ勝手に知るだろう。いつなんて細けぇ事覚えちゃあいねえ」


 ふぃ、とテーブルを挟んだ向こうに行ってしまった。


「てつ、今どれだけ思い出せてる?」

「……」


 苛ついてるな。けど耳はこっちを向いている。


「またさ、てつの記憶ゆめを視たんだよ。あの人が出てきた。友達になれないかって、てつ聞かれてたよ」


 狼は伏せたまま。私は構わず言葉を続ける。


「色々思い出してはいるんだよね? その人とかどうしてこっちに来たかとか、その辺りは……あれ?」


 そうだ。脇に置きがちだったけど、どういう事だろうと思ってたものがあった。


「てつ。話が変わるんだけど」

「……あ?」

「てつって、人の姿にはなれないの?」


 あの夜、初めて出会ったてつは「手」だった。手首から先の、人の右手。

 けどてつは人じゃないし、狼だし。現に狼としての姿を取り戻していってる。


「だから、あの手はなんだったんだろうって。てつ、狼男にはなるけど、『人間』にはならない、か……ら…………」


 こちらを振り返ったてつの目が、完全に据わっていた。


「そいつを聞いて、どうする」


 圧迫感さえ感じられる。それに自分の身体が萎縮するのを、他人事のように遠くで感じた。


「……あ……」


 何か言わなきゃと思った。

 でも、口が回らない。


「……………………はぁ」


 圧迫感が、消えた。


「阿呆らしい……」

「……え?」

「見てろ」

「え」


 姿が変わる。胡座を掻いた、袴の──


「終いだ」


 もうそこに居るのは金の狼。いつものてつ。


「……え?! 早!」


 一瞬過ぎて何がなんだか?!


「よ、良く分からない……もう一回……」

「気が向かねえ」


 身体を丸め、目を閉じる。尻尾がふぁさりと音を立てた。


「ええ……」

「んな事より仕度だかをやっちまえ。大学に行くんだろう」

「あ。あ?!」


 やばい気が抜けてた! 今日は朝からあるのに!


「うっわ! やっば!」

「うるせえ……」

「ごめんね?!」


 ベッドから飛び出し、広くない室内を駆け回る。必修科目は落とせない。いやどれも落としちゃ駄目だけど!


「てつ! はい! 食べて!」

「あ?」

「で、入って! 早く!」

「あ?!」

「電車がギリギリだから! 早く!!」

「お、おお……」


 さっきのもその報告も後回し! 余裕出来たら!



 ──それで。なんとか乗れた電車に揺られながら、ほっと息を吐いて。


「……?」


 仕事用のスマホが点滅してる事に、気が付いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る