58 本部長

「あの、何で融合率ってのは緩やかになったんでしょう……?」


 正宗まさむねさんは少し痛がりながらも、


『痛くないと言ってるだろう!』


 ……開けた窓から飛び立っていった。


「……うーん……それなんだけどねえ……」


 そして私達は支部へ来ていた。

 昨日の報告と検査のために、というか検査の面が強いな。報告はスマホで出来るし、もう終えたし。


「抵抗力の話は、したよねえ」


 いつもの診察室。対面する岩尾いわお先生は、出た結果に難しい顔をした。


「はい、聞きました」


 私も神妙に頷く。

 姫様を引っ張り上げるために、てつの力を存分に借りてしまった。だからもっとやばい数値が出るかと思ったけど、そうでもないらしい。


「その抵抗力が出てるのは、間違いないんだけど……」


 確実にてつとは混じっていってる。けれどそれが鈍化している。

 そんな結果が、より顕著に出たそうだ。


「……すまないが、まだ定期診療を続けさせて欲しい」

「や、それは良いんですけど……」


 そこから話は進まず、しょうがないからと帰ろうとして。


「……おい、岩尾」


 お腹からてつが声を出した。もうこれにも慣れたなあ。


「そんなにふらついてりゃ、何を言おうにも芯が無い」


 ……また、何を言い出すの? 先生驚いちゃってるし。


「どっちかにしやがれ。その方が幾分やり易いだろう」


 先生は息を呑み、ややあって軽く息を吐いた。


「……ああ、そうだね。済まなかったね、榊原さかきばら君。てつ君」

「え、いえ……」


 話が見えない。そして結局、見えないままだった。

 時間をくれないかと、頭を下げられてしまったし。なんとか上げてもらってから、診察室を後にした。


「てつ、なんだったの?」


 通路を進む。

 もう帰るだけだけど、伊里院いりいんさんの所に顔を出してみるかな。何か手伝える事があるかも知れないし。


「あ?」


 華珠貴かずきさんや遠野とおのさんの様子を見に行くのもあるか。


「あ? じゃなくて。さっきの、岩尾先生に『ふらついてる』とか『芯が無い』とか」


 昨日の華珠貴さんは美緒みおさんが慌てたように抱きかかえて、こっちに謝りながら引っ込んだし。……あの後どうなったんだろう。


「それがどうした?」


 遠野さんは、今日まで様子見で動けないって聞いたし。


「どうしたじゃなくて。……結果が良く分からなかった事を気にしてるの?」


 なんか違う気もするけど。


「ちげえよ」


 うん、違った。


「……お前は、本当……転けて頭打って死にそうだな」


 ……。


「別に良い。気にすんな」

「逆に気になるわ。後ムカついた」

「はあ?」


 意味分からない、みたいな声出さないでくれる?


「そもそも最近のてつ、何か変だよね?」

「ああ?」

「何か悩んでるでしょ。それに苛つく事も増えたし──!」


 奥の角からスーツ姿の人達が歩いてきて、思わず口をつぐんだ。

 スーツの人達はそのままこっちに、私も目指すエレベーターに向かってくる。私はちょっと俯いて、通り過ぎようか少し考える。


「……」


 あの人達と乗るのは、ちょっと遠慮したい……なんだかピリピリしてるし。特に真ん中にいる人が……。


「……ん? 君」


 よし通り過ぎよう、と端に寄りかけた時に声をかけられた。

 しかもその、真ん中の人に。


「……? ……私ですか?」

「ああ」


 一応、辺りを確認してから訊ねる。誰もいなかったけど。

 当然だと言うように肯いて、その人は視線だけでこちらへ来るよう示した。


「……なんでしょうか」


 なんだかお偉いさんみたいだけど、どこの誰だ。……ん? いや、どっかで?


「……昨日の狼やらは、いないのか」

「は? きのう……」


 あ! 昨日の! 遠野さんの所に来た人達か!


「あぁと、てつは」


 ──言わなくて良い。


「?!」

「なんだ?」


 訝る顔へ慌ててかぶりを振る。


「っいえ! 今は、別で」

「……まぁ、いい。君が、榊原あんず君だね」


 その人は目を細め、口の端を上げる。


「あ、はい」


 斜め上から降る、人当たりの良い笑顔。

 笑顔のはずなのに、そう言いきれないものを感じた。


「君が守弥かみやを助けてくれたと、後から聞いたよ」


 かみや。……あ、遠野さんの名前か。


「こんな場ですまないが、礼を言わせてくれ。そのために呼ぶのもどうかと思っていたんだが……いや、偶然が幸いした」


「そう、ですか」


 なんだろう。こっちを見る目に、底冷えする。エレベーター、まだ来ないんだろうか。


「ああ、そうだ。君は神和かんなも「本部長!」……おや」


 私の後ろから、少し急ぐ足音と、聞き覚えのある声がした。


「そちらにいらっしゃったのですか……」

「ああ、守弥の見舞いにな」


 やってきた副支部長に、その人は鷹揚に頷き……本部長?!


「……そうだったのですね。お姿が見えないので、何かあったかと」


 副支部長は私へちらりと横目を向けてから、にこやかに本部長へそう言った。


「出ると伝えて来たんだが……そちらの伝達ミスでは無いのかな」


 副支部長の眉がぴくりと動く。けれどにこやかなまま、


「そうでしたか。それは申し訳ございません」


 頭を下げた。


「ああ、次に生かしてくれ。用は済んだからな、私はもう帰ろうと思う」

「でしたら、ご用意を」

「いや、必要ない。見送りもな」


 顔を上げた副支部長へ、温度のない眼差しが注がれる。


「君を見ているとね、虫唾が走るんだよ」

「は?!」


 思わず声が!


「何かね」


 その目がこっちに!


「っ……なっ」

「榊原さん」


 言う前に、副支部長に止められた。


「……」

「……」


 本部長の視線は逸らされず、私もそれを見返した。

 誰も何も言わない。静かに張り詰める空気の中、エレベーター到着の電子音が響いた。


「……来たようだから、もう行くが」


 本部長は副支部長へ目を移し、


「下への教育は、しっかりやりたまえよ」

「……!」


 ぞろぞろと周りを引き連れ、そのドアが閉まる。


「……榊原さん」

「……はい……すみま」

「何か酷い事言われたりした?! 大丈夫だった?!」

「は?! へえ?!」


 肩を力強く掴まれ、心配そうな顔で覗き込まれた。


「手は出されちゃいねえよ」

「てつ?!」

「ああ! てつ君も居たのね?!」


 何をほっとしてるんでしょうか?! 副支部長?!


「うざってえ気を、さんざ絡ませて来やがったがな」

「?!」


 なんだそれ?!


「! ……害は?」

「ねえよ。あんなモン、そこらの雑魚が笑うほどだ」


 私何かされてたの?! なんなの?!


「そう……なら、ひとまずは安心かしら……」

「……あの、どういう事ですか」


 また置いてけぼりを食いそうなんだけど。


「ああ、そうね。ごめんなさいね、訳分からないわよね」


 副支部長は眉尻を下げ、なんと言うべきか迷うように上を向いた。


「さっきの方はTSTIウチの本部長でね。支部をまとめる本部の……トップなんだけれど」


 思想というか、方向というか。そんな呟きが聞こえ。


「ウチにも派閥みたいなものがあってね……本部と二十五支部ここで違うっていうのが、大枠の話ではあるんだけれど」


 苦笑して、今度ははっと目を瞬いた。


「あ、ごめんなさい。榊原さんは今日は検査よね」

「あ、もう終わりました。帰ろうかどうしようかと思ってた所で、さっきの……」


 あれに出くわした。なんて言うのはさすがにマズいか。本部長らしいし。


「そうだったのね。それなら帰りは……てつさんが居れば、安全かしら……?」


 その発言に不安になります、副支部長。


「道中に何か遭うんですか、私……?」

「ああごめんなさい! 余計に不安よね!」

「ついて来んならついて来い。無駄に『目』を増やすより面倒がねえ」

「!」


 てつの言葉に、副支部長は私のお腹を凝視した。


「……てつ、目って?」

「気にすんな」


 そう言うとは思ったけど。


「……ええ、そうね」


 顔を戻した副支部長は時間を確認して、私達へ笑いかけた。


「それなら、お言葉に甘えようかしら」



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