55.5 掻き消えた、その後

「は、ははっ……」


 堪えきれない笑いが、自然と口から漏れて来る。


「はははっ! ははっ!! あひゃぁははは──」


 時折引きつれた呼吸が混じり、次第にひび割れ、耳障りな騒音と化す。

 海を抜け、空を飛び、噎せる度に体勢を崩す。そんな事はお構いなしに、もしくはそれさえも可笑しくて、笑い続ける。


「やってやった! やってやった!! ひゃは、はははっ! ははははあ゛ぁっ! げぼっ……は、はははっ!」


 狂ったように哄笑し、それは偽の翼を羽ばたかせる。


「あの顔! かお! 訳も分からず莫迦みてえに呆けて! なあ?!」


 雨雲を抜ける。小雨に濡れた身体が、陽を浴びて光った。


「ああ見物みものだった! 胸がすくようだったぜ! ざまあみろ!」


 高笑いとそんな言葉が、遠く空に吸い込まれる。


「あの野郎、俺だと気付きもしねえ! ざまあみろ! ざまあねえ!」


 己の成果を高らかに、虚空へ向かって響かせる。その声は、誰に聞かれるでもなく。


「これであいつも! また! これで! ああやっと! やっと──」


 終わりだ。

 もはや言葉は掠れ、雑音の如く。叫ぶように嗤いながら、化けた鳥の姿で空を舞う。

 それは、薄い蒼の中で一頻り笑い転げると、


「はは、は、あ…………報告に」


 転ずるように声を落とし、


「行かなきゃあな」


 その身も、落ちてゆく。

 打って変わって無言のまま、風を切り、瞬く間に地へと近付く。


「……」


 そうして、借り受けた力で狭間・・から、


「はぁ……気が重い……」


 接する世界へ戻っていった。




 暗闇の中、自身を光らせ彼女は呟いた。


『幽霊って光るのよね……分かってはいたけど……分かんないわ……』


 うすぼんやりと発光する、その色は何度も目にしてきた。別の場で、別の魂で、それに今は自分自身で。


『この経験、何かに使えると思うんだけど』


 うーんと唸り、浮いた身体を回転させる。


『いつ戻れるかしらね。そこが問題よね』


 腕を組み、地上へ目を向ける。そこかしこにいる見張りの気配。そして、それらを消し去ってしまいそうな程圧倒的な気配ものが、四つ。


『あの子達は、何がしたいのかしらね』


 独りごち、また唸る。


『そこがいまいち分かんないのよねー……そのせいで余計動き難いし』


 ゆらりと浮かび、くるりと回る。自分の・・・傍を揺蕩う彼女は、また声を零す。


『そもそも……今いつ頃だったっけ……この間会ってから、何日経ったかしら……?』


 困ったように眉を下げ、一拍してから頭を抱えた。


『ああもう! 暦! カレンダーが欲しい! 文明の利器!』


 幽体だからか、かき混ぜた髪は乱れない。けれど、象徴的なその衣服は空気をはらむ。


『十年はそろそろの筈なのよ。そこは間違ってないと思うの。そこからが問題なのよ……!』


 誰とも会えず、否、遭わずにいたためか、昔より独り言が増えた。頭の片隅でそんな事を考えながら、また口を開く。


『こう、上手く、コンタクト取って、連携とかしたいんだけど。それは流石に無理よね』


 眉間に皺を寄せ、顎に手を当てる。


『組織、機能してるのは分かったけれど……今の方針とか分からないし、変な方向に行ってなきゃいいけど……それに』


 その顔が、ふいに和らぐ。


守弥かみや、どうしてるかしら。もう成人してるのよね』


 思い出の中の弟は、その幼さが残る顔に、努めて微笑を浮かべている。感情を表に出すなと、常日頃から言われていたから。


『あの子……立ち回りは、巧いけど』


 独りで抱え込むたちであると。そしてそれは、自分と家の影響が大きいと。彼女は、そう考えている。


あきとかがまだ居てくれれば、少しは……上と下の板挟みとか、なってなきゃ良いけど……』


 懐かしく寂しげに、記憶に残る弟へ微笑みかける。


『これが終わって戻れたら、楽させてあげられるから』


 だから今は、もう少しだけ頑張って。

 声には出さず、祈るように目を閉じた。



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