52 救出方法
「お、お疲れ様、です……」
直接見るのと、感覚で視ていたのじゃやっぱり違う。てつの圧がもの凄い。ちょっと怖い。
「話は聞きますが、『無駄』と判断した場合即刻切り上げます。そして保護に戻ってもらいます」
「……はい」
姫様は、眠ってるように動かない。
「で、その前に。てつさんとの不和を解消して下さい」
「はい……」
示され、てつの元へ歩み寄る。身体を地につけ顔だけ上げ、こちらを眺めるてつ。
それは何かの彫像のようにも見えた。
「……てつ」
「……」
表面上は無反応。
膝をつく。少し見上げる形になる。
「一気に言います。昨日のてつの話や意見も覚えてるし分かってる。けどそれだけじゃないのも、後で気付いた。てつも姫様を助けたいって思ってるし、それもあって余計苛ついてる」
「ああ゛?」
その声は低く、地に沈むよう。
「私の考えも、もう筒抜けなんでしょ? ……姫様とお社は同化しかけて、私とてつも同化しかけて。原因であり姫様が抑えてるのは異界からの力、てつと関係するもの」
てつの頬が引き上がる。嗤うように牙を見せる。
「なら、前みたいに私とてつがお社へ溶け込んで姫様を引き剥がせば。そうすれば、姫様は助かる。で……」
「で?」
「それがちょっと危険だからてつは怒ってる。また私が勝手に動いて手間がかかるといけないから」
「はぁあ?」
てつは牙を剥いたまま、深い青緑の目で私を睨め付ける。
「お前が、全部の決着をてめえでつけりゃあ良いんだよ。それが出来ねえから俺に頼む羽目になってんだろうが」
ああ、その通り。どこまでも。私は未熟で力及ばず、てつに手を貸してもらってばかり。
「そうだね。じゃあやっぱり、私が姫様を戻す」
「あ゛?」
「てつと一緒にやれれば成功率は上がると思ったけど。私だけでも、今なら問題無い」
今、てつの力を私から引き出してるこの状態なら。同等までいかなくても、姫様を引っ剥がせるくらいの事は出来る。
「遠野さん」
振り返りながら立ち上がる。ずっと立ったまま動かずにいる遠野さんは、静かにこっちを見ていた。
多分、結界を維持するのにとても力を使ってる。徒に動いたりしたら、この場はまた、元の通りに淀み出すだろう。
「てつとの話は終わりました。話……姫様を元に戻す方法についてなんですが──」
「待てこら」
がしっと頭を掴まれた。
「て、うわっ?」
そして強制的に上を向かされる。
気で分かったから良いものの、普段なら首折れるからね?
「お前は馬鹿か、阿呆か」
「は? 馬鹿? アホ?」
「おい遠野。今の
無視か。
「そうですね。この状況を打破する、その一点だけで考えれば、その案に賛成したい所「はあ゛?」ですが、ですがですよてつさん」
遠野さんがちょっと身を引いた。
「まだ先がありますので。落ち着いて下さい」
その言葉に、てつは眉間に皺を寄せたまま、少し耳を動かした。
「僕自身、部下を安易に危険に晒すのは本意ではありません。それに、今の状態のてつさんを残していく事も危険と判断します」
この状態のてつ。怒ってるから?
「……けれど、まあ言ってしまえば、お二人で取り組んで頂きたいですね。それが一番成功率も高いでしょう」
え? 良いって事? ……うわあ、てつの顔がより恐ろしく……。
「この方を救い出せる手があるなら、そちらを優先せざるを得ません。この場の者達にとって『瑠璃鱗の磯姫』様は、かけがえのない存在ですから」
遠野さんが上へ、見えないけど姫様を心配するひと達へ、顔を向けるのが解った。てつの威圧感にも、露ほども揺らがない。
「最終的に、全てを負おうか考えていましたが……てつさん」
遠野さんがてつに向き直り、いつもとは違う笑みを見せる。
「
「はあ?」
「あ! ほらやっぱり!」
だと思った! 後そろそろ、押さえてる頭を離して欲しいんだけど。
「話を聞く限り、
「あ、はい! そうです!」
華珠貴やあの兄弟に混じっていたてつ。華珠貴の時は私が媒介に、鎌鼬の時はてつだけだったけど。彼らと混ざり、切り離した。
欠片だってそう。しかもこの前の、歪みに迷い込んで
だから今は、意識が飛んだり私が消える事にはならないはず。
「……てつ」
やろうとしてるのがそれの応用。てつも少しは混じっているあの亀裂。それと一体となってるお社と姫様を、分離させる。そう考えてるんだけど。
「ほんと、そろそろ体勢を」
掴んだ頭を離して欲しい。なんか下に向かって力がかかってない? 何アクロバティックな事させるの?
「……本気で言ってんのか」
「ええ。僕も微力ですがサポートぐらいは出来ますから。お二人の力と合わせて、少しは成功する可能性が高まりますよ」
遠野さんがまた笑う。
「そんな事をせずとも、姫様を引き離す事自体は問題無くいくのでしょうけど……ああ、僕を八つ裂きにするなら、その後に」
「はい?!」
「出来れば結界を完全に解いてからにして下さい。この場への影響は最小限にしたいので」
「遠野さん?!」
本気で言ってる。笑顔で何言ってるんだこの人は。
「俺が、そんなのに乗せられると思ってんのか?」
「そういう訳ではありません。けれど、榊原さんはやる気だと、僕もそれを許可すると。そういう話です」
てつの力が強くなる。どんどん、あの、まじで、
「てつ一旦離して?!」
「っ?! ……チッ」
やっとてつの手が弛む。それを剥がして、仰け反りかけてた姿勢を戻す。
「はあ……頭から落ちるかと思った」
「馬鹿が」
「誰のせいだと」
斜め上から睨まれ、私も睨み返す。
「それではてつさん、気持ちは決まりましたか?」
「ああ?」
「二人で姫様を助けるか、榊原さんだけが行くか。僕としては、てつさんにも取り組んで頂きたいのですが」
「どっちにしても私は行きます。それは良いんですよね?」
遠野さんへ身体ごと向き直る。その顔はいつもの胡散臭い笑顔になっていた。
「ええ、許可します。やれるだけの事をやって下さい」
「分かりました」
頷いて、遠野さんの方……その後ろのお社へ足を向ける。
やっと、ここまで。いや、ここからが正念場。
「……てつ」
「あ?」
「離して欲しいんだけど」
「は? ……あ?」
私が振り向く前に、てつは掴んでいた私の腕から手を離した。
「くそが」
「何が」
「うるせえ」
てつはその手で顔を覆い、溜め息を吐く。
「何なんだよくっそが……」
「……てつ?」
気が、今までと少し違う揺れ方をしてる。なんだろう、不安?恐怖……?
…………てつが?
「ねえ、どうし「うるせえ行く」っえ?」
何かを振り払うように頭を振って、てつは私を見、遠野さんを見た。
「遠野、本当に後で覚えてやがれ」
「分かりました」
遠野さんが言い終わる前に、てつは大股で歩き出す。私の横を通り過ぎ、遠野さんの横も通り過ぎ。
「な、ちょっ待って?! え?!」
はっとして小走りにてつを追う。
「な、なん……やってくれるの?」
「黙れ今回限りだこの阿呆が」
今アホって言う?
「もう同じ……クソッ」
お社の結界の前で、てつはまた頭を振った。
「あの、何か、大丈夫? ……同じって、」
「うっせえ何でもねえ。遠野! 早く開けろ!」
追いついたと思ったら、てつが吠える。
「そう何度もするものじゃないんですけどね、これ」
遠野さんはその場にしゃがみ込み、何かを張り巡らせて操作した。
するとお社の結界の、ちょうど目の前の部分がぼやけ、崩れ落ちる。そしてさっきのような穴が開いた。
「……?」
水の流れが、違う? いや、もっと大きな、何か……
「中では互いに気を張っていて下さい。特に榊原さん」
「は、はい」
「荒療治ですが、それなりに強い封になっています。つまり、
「あ、なるほど……は?!」
驚く私の腕をてつが掴んだ。
「大体何かを封じる時は、その空間ごと閉じ込めますから。はい、そのようにてつさんが引いていれば、さほど影響は受けないでしょう」
「はあ、そういう……」
掴まれた腕を見、視線を上げていく。てつは
「行くぞ」
「あ、うん……待ってそのまま行くと私転ぶ!」
「行ってらっしゃい、お願いします」
遠野さんの声に応える間もなく中へ引っ張り込まれる。崩れた壁はすぐ戻り、どこまでも静かで狭い空間は、また完全に閉じた。
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