49 混乱
「どうした?」
立ち止まり、島の外に目と耳を向けた
「……うぅん……? 何か、知ってる感じが……一瞬……?」
今は人間の姿の、首と身体を傾けて、華珠貴はそんな言葉を返す。ついでに腕も組み、考え込むように目を閉じる。
「……海組の気配では? D班なら海上にいますし」
「……ん~………もっと別の……上の方でしたし……んうぅん?」
「上? ……空、か?」
「はい」
曲がった体勢のまま、華珠貴はこくりと頷く。
「……でも、分からなくなっちゃいました……」
そして忙しく動かしていた耳と尾を、萎れるように垂れさせた。
海江田と加茂は顔を見合わせ、ほんの一瞬、鋭い視線を交わす。
「……分からなくなってしまったという事ですし、一端それは置いて仕事に戻りましょう」
「そうだな。華珠貴、あまり色々考えすぎてもパンクするぞ」
二人は視線を外し、華珠貴へそう言葉をかけた。海江田は華珠貴の頭へぽんと手を置く。
「そう、ですかね……?」
まだ納得いかないのか、別に何か気になるのか。華珠貴は自分を挟む二人を交互に見、耳をぴくりと動かした。
「何にしろ、昨日より保護の難易度は上がってる。彼らと早く、昨日より丁寧に、コンタクトを取らなくちゃな」
華珠貴の頭をぽんぽんと軽く叩き、海江田はその手を外した。
「分かり、ました……」
「では、行きましょうか」
そしてまた三人は歩き出す。騒めきを頼りに、より島の奥へと。
てつ、てつ!
「返事して!」
立ち上がり海へ、柵へ駆け寄る。
「っ!」
勢いあまって柵から落ちそうになった。でもそれどころじゃない!
「てつ!」
私から、あのテレパシーは使えない。意味があるか分からないけど、出来るだけ強くてつを頭に思い描く。
あのお社。そこに
「てつ! ねえ!」
てつ!!
強く思って呼びかけて、でも返事は無い。
「……なら」
私は船室の二人へ戻る事を伝え、
「え、もう大丈夫なのか?」
「はい。ありがとうございました」
海へ飛び込んだ。
泡に包まれる。そのまま、意識的に沈んでいく。
「……」
大丈夫。お社はまだ距離があるし、
「……てつ……!」
未だに返事は返ってこない。でもてつの気は、私に向いている。呼びかけには気付いてる。
お社へ、出来る限りの速さで泳いでく。なるべく早く皆と合流して──
「あ? えっと」
その後どう説明するか、考えてなかった。完全に勢いで動いてた。
「いや……ううん……」
少し頭が冷えた。それと共に、泳ぐ速度も遅くなる。
「姫様の話は」
多分全員に共有される。もうされてるかも。でも……
「それに対する私の話は……」
それを皆に話したとして、受け入れてくれるだろうか。
「私のそもそもの担当は姫様じゃないし……
それに私の考えは、現状賭けの要素が強い。と思われても仕方ない。
私自身はいけると思ってるけど、周りが同じ様に考えてくれるのか。
「ええー……? ……あ」
悩みながら進むうち、だいぶ近くまで来てしまった。窪地と、それを覗き込むひと達と、メンバーとがはっきり見え……。
「え?」
辺りの淀みはもう薄い。けれどその場のひと達は忙しなく、惑うように動き回っていた。
「え、何?」
お社周りとてつを気にして、その外側はそんなに意識してなかった。何が、どうなって……?
〈──様に何を──、────?!〉
〈────だか──こんな──、────!〉
叫び声、というより怒号が聞こえる。何かしらまずい状況なのは確かだ。ええと、まず。
『
連絡はしなくちゃいけないし。けどこの状態は……
『何か混乱が生じているようですが、A班へ合流、で問題ありませんか?』
『榊原さん?!』
上擦って聞こえたのは、
『もう平気なの?!』
『はい、もう良くなりました。大丈夫です』
『おー榊原さん。ちょうど良い、か分からないけど今完全に大変な状況でね。戻ってきてくれて、正直有り難いよ』
『さっき言っていたように
『分かりました』
まずはこの状況を把握しなくちゃ、上手く動けない。稲生さん達の方へ向きを──
「ああ! あんた?!」
変えた途端、視界に赤が飛び込んできた。
「?!」
「あんたら、姫様をどうしようって言うんだよ?! 助けるんじゃ、姫様は助かるんじゃ無かったのか?!」
ダンさんの側にいた赤いウミウシだ。ウミウシは海中で身体を捻りながら何故か、猛スピードで突進してくる。
「えっ! えっ?! 待って下さい?!」
こっちもなんとか身体を捩ってそれを避ける。
「なん、なんですか?!」
「お前らを信じた俺達が馬鹿だった! あんな……!」
岩の上に着地したウミウシは大きく震え、叫ぶ。
「姫様を、返してくれ!!」
そして私を見据え、身体を曲げて、
「また?!」
弾丸のように突っ込んでくる。
「ああもう!」
私はまた避けて、すれ違いざまにウミウシを掴んだ。
「ああ?! 放せ!」
その勢いを逃がすように回転し、
「あ、えっと」
どうしよう?
「えーと、あ、あれで」
スピードが弱まった所で、前で抱えるようにしてみた。
「はっ放せ! なんだ! 俺をどうしようってんだよ?!」
「何もしません。落ち着いて下さい」
ぐにゃぐにゃと逃げようとするウミウシを、しっかりと引き寄せる。
「落ち着けだと?! あんな事をして、よくも……!」
混乱と、そこから来てるらしい怒りが、ウミウシから伝わってくる。お社も姫様も、気の感じはあまり変わってない。なのに周りの、この混乱状態。ほんと何がどうなってるんだ。
「私は姫様の方へ向かいますから、このまま一緒に──」
ウミウシへ向けていた顔を上げる。こちらに向かってくる魚の大群が見えた。
「はぁあ?!」
「皆ぁ!」
色鮮やかな魚達は、完全に私へ狙いを定め、
「キンガさんを放せ!」
「キンガさんを返せ!」
「「「姫様を、返せ!!!」」」
一塊になって押し寄せてきた。
「いや! だからあの! 何か誤解があるかと……?!」
泳ぎ、跳びすさって大群から逃げる。あれを何とかするのは無理!
「待て!」
「逃げるな!」
「卑怯者!」
魚群は大回りして方向転換し、再び私へ向かってくる。
「逃げません! 戻って来ました! ですが大変申し訳ない事に!」
魚群に追いかけられながら、稲生さん達の元へ向かう。
「戻ってきたばかりで状況を把握できていないんです! 姫様に何かあったんですか?!」
「何かって見りゃあ分かるだろう?!」
すぐ下から怒声が上がる。ウミウシ──キンガさんは叫ぶように言った。
「お前達が姫様を閉じ込めちまったんじゃないか! 幾重にも、その姿が朧気にしか分からないほどに!」
「閉じ込めた?」
なんだそれ。何重にも封や結界を張ったって事?
まだここからじゃ、底にあるお社を覗けない。でも。
「姫様、姫様! ああどうすればいいんだ! 中で何をしてるんだ?!」
「落ち着いて下さい。落ち着けない心境かも知れませんが、一旦深呼きゅ……ええと、とにかく姫様は無事です」
「何を、白々しい……!」
キンガさんは震える声で呟き、のた打つように激しく動く。
「うわっ!」
落としちゃう!
「放せ!」
「放しませんって!」
「うるさい! 姫様の元へ行かせろ!」
「行きますから! だから、姫様の気はとてもなだらかで今の所命の危機とかには瀕してないんですってば!!」
「姫様! ……は? 何故」
やっと稲生さん達の所まで……
「うわあ……」
近くまで来るとよく分かる。あちこちで、今の私と同じ様な事が起きていた。
A班もB班も、追いかけられたりそれをかわしたり、結界を張って攻撃から身を守ったり。
ああ、海坊主さんが右往左往してる。
「何故、そんな事が分かる?」
「え? ……あ、いや」
キンガさんの声に我に返り、止まりかけた足を動かす。鮫やウミガメ、人魚達に囲まれている、稲生さんと織部さんの元へ急ぐ。
「意識を集中させて、お社を視てるんです。その近くに遠野さんとてつもいます」
そしてその周りを覆う、膜のようなものを感じた。これがキンガさん達が言っていた「姫様を閉じ込めた」ものなんだろうけど……。
「あれは多分、どちらかというと姫様を守っているものだと思います」
「何?」
何重にも、はその通りだけど。その膜は薄く、なんでか分からないけど『内側を護っている』ものだと理解出来た。
「なので今姫様は、
けど、お社と一体化している事は確か。早くしないと!
「だから、落ち着いて下さい」
「っだ、だとしてもだ! 姫様を閉じ込めている事は確かだろ!」
稲生さん達を囲んでいるひと達はその形を崩さず、駆け寄る私へ顔を向けた。皆一様に睨みつけて来る。気付いてたか。
「確かに、中にいるのは姫様です」
周りの動きで、稲生さん達もこっちに気付く。だけど、どちらも動けない。下手に動いて膠着状態が崩れれば、囲んでいるひと達は一気に二人へ手を伸ばす。
「何故覆いがあるのか、それは何のためか。それらの理由を──」
だから、その前に。
「これからちゃんと聞きに行きましょう!」
弾いて崩して引き剥がす!
ぶわり、と身体から抜けるものを感じた。それはそのまま海中を勢い良く進み、稲生さんと織部さんを囲んでるひと達へぶつかる。
「っぎゃあ?!」
「ヴァアアッ!」
「いぎぃああああ……!」
「……やば」
ちょっと力を込めすぎたかも。皆さん思ったより遠くへ流されていく……。
「なっ……今度は何を……?!」
「すみませんちょっとやり過ぎました!」
慌てて、散ったひと達を留め、引き寄せる。
……待って? こんな事出来たっけ?
「すみません大丈夫ですか?! あっ稲生さん織部さん遅くなりました!」
引き寄せられ、辺りに漂うひと達。そして稲生さんと織部さんも、大きく見開いた目で私を見てくる。
「いやあ、その……」
私を追いかけていたひと達も、それを見て止まった。
「ほんの少し皆さんを遠ざけるくらいの気持ちだったんですが……思ったより勢いがついてしまったようで……」
唖然とした様子の周りへ、私は申し訳ない気持ちになった。
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