48 繋がりと繋がりと、その繋がり

「て……は?! 何言ってんの?!」


 落ちないように支えてくれてるのは有り難いけど! それ何の話?!


こいつは鈍いからな、やり易いだろうよ。だが俺がお前らの思う通りに動いてんのは、『俺がそうしてやってる』からだ」


 ちらちら見てた織部さんが、騒ぎを見かねてかこっちへやってくる。しかも結構なスピードで。


「いや、てつさん……それは……」

「なんにでも気を許す甘ちゃんじゃあねえんだよ。利用はされてやる。俺の気が向いてるうちはな」


 だから、何の……


「だが、てめえらが自身で言ったモンを無しにするってぇなら、俺もそうする。そんだけだ」


 そしてやっと顔を離し、てつはまた私を担ぎ直した。


「……てつ、何言ってるの」

「気にすんな」

「……稲生さん、あの」

「榊原さん! 大丈夫?!」

「え?! あ、はい!」


 到着した織部さんはてつにぶつかる寸前で止まり、私へ向けて背伸びをした。


「具合悪いの?! は、早く、休まないと!」

「ええと、まあ、そうする予定なんですけど……」

「? ……?」


 織部さんは首を傾げ、稲生さんとてつも見て、また首を傾げた。


「てつさんと、行くの?」

「なんだ? また一から話すのか?」

「だからなんでそんな風に言うの……」


 呆れ声のてつに、こっちも似たような調子で言ってしまう。


『A班、てつさんの言う通りに動いて下さい。今は』


 遠野さんの声が耳から響く。


『……良いんだね?』


 慎重に訊ねる稲生さんに、あっちも呆れ声で返してきた。


『ええ、そうしないともう何も動きません。けれど、早急にこちらへ戻るように、と。聞こえていますね? てつさん』


 てつは舌打ちをして、眉間にしわを寄せた。


『戻します。きっちり戻しますので。すみません、手間をかけさせてしまって』


 そう伝えると、私を抱えるてつの手が僅かに力んだ。


「おんまえ……」

「いや、それ以外どうすると」

「……はぁぁぁぁぁ……」


 てつは大仰に溜め息を吐いて、私を担いでない方の手を振り上げる。


「あーあーわぁったよ。別に逃げようってんじゃねえんだ。すぐに戻りゃ良いんだろう」

『聞こえました。そういう動きでお願いしますね。では他は、作業を続けて下さい』

『はー……了解』

『……了解……』

『了解です、すみません』


 反対のB班も、なんとなく話が見えたんだろう。作業をしながら、同じ返事を返してきた。


「いっちいち面倒くせえ……」


 そう呟いて、てつは地を蹴る。


「うわっ」


 そのまま、勢い良く海中を進む。私は担がれた状態で、遠くなるお社や周りにいるひと達へ目を向けた。


「姫様も皆も、早くあそこから離さないと」


 この気持ち悪さも、あの場にいたから起きたんだ。支部じゃなくても、まずは少しでも離れさせれば。


あいつは、もうどうにもならねえ」

「……え? は? どういう事?」


 てつは、答えない。


「てつ、どういう事。どうにもならないってどういう事」

「……チッ、口が滑った」

「はあ?!」


 速度を緩めず、青の中を進むてつ。私はその背中を揺さぶった。


「教えて! 詳しく! どういう事?!」


 もう船が近い。今聞き出さないと、もう話してくれない気がする。


「てつ! ねえ! 言わないなら、これ終わったら買うって言ってたアイス買わないからね?! てつ?!」

「あーうるせー」


 駄目だ全然効かない。いや簡単に食べ物に釣られるとも思わないけど! でも!


「てつ! 姫様に何かあったの? どうにかなるって、どうにかしてみるって! てつ言ったよね?!」


 もう応えてもくれない。


「ねえ……! 周りのひと達、皆全員! 姫様のためにって今も頑張っちゃってるの! 分かってるでしょ?! 私達は姫様が危ないって知ってるけど、それを言わないで励まして説得して連れてって……それなのに、姫様がもっと大変な事になってるんだったら……!」


 思わず、掴んでいたてつの服を強く握り締めた。……もう、空が見えるくらい海面が近い。時間切れ。


「…………今から言う事を、お前はただ聞くだけだ。変な考えを起こしたりすんな」

「……え?」


 海面すれすれで、てつが止まる。


「え? え?!」

「聞かねえならそれで良いが」

「いや聞く! 聞くよ?!」


 少し驚いたから反応が遅れたんです!


「教えて下さい!」


 溜め息と共にてつは海面から遠ざかり、ふわふわと浮いた状態で話を始めた。




「……うそ」

「嘘吐いてどうすんだよ」


 てつはぶっきらぼうに言い放つ。


「もうすぐあの『姫』は『姫』じゃあなくなる。そんで『社』に成る。それだけの話だ」

「それだけ……て……ぅあ!」


 急にてつが上昇した。そのままザバリと海面を越え……というか飛んでない?!


「おい、あれ……?!」

「はっ?」


 一瞬の浮遊感。そこからの重力。

 私達に驚いて出てきた船番の二人──D班は、てつが甲板に着地するのを呆けたように眺める。


「話は聞いてんだろう。こいつを置いてく」

「ちょってつ、わっ」


 ひょいと肩から持ち上げられ、ぽすっとその場に置かれた。私は荷物か何かか。


「……聞いてんのか?」


 未だ驚きが抜けてないD班の人達を、てつはぎろりと睨み付ける。


「あっき、聞いてる! 体調を崩したから休ませるようにと!」

「ああ。妙な事しないように見てろ」

「は? 妙……?」


 顔に出た疑問を、また睨んで引っ込めさせ、てつは私に顔を向けた。


「動かず、考えず、ただここに居ろ」

「……で「でももなにもねえ。俺ぁ戻る」ぁ……」


 無理に聞き出したせいか、とても苛ついてる。てつはまた一瞬で狼の姿になって、柵を飛び越え海へ入った。小さく、飛沫の音だけが聞こえた。


「……さ、榊原、さん? 大丈夫か?」


 ぼうっと、てつが飛び込んだ辺りの柵を見ていたら、声をかけられた。


「…………あ、はい。すみません、少し休んだら戻りますから」


 慌てて立ち上がる。このまま影のない甲板でぼうっとしてたら、熱中症になってしまう。……いつの間に晴れたんだろう。


「え……と、船室なかに入る、か?」


 もう一人の提案に、私は首を振る。


「いえ、今は風に当たっていたくて。出入り口あたりの日陰に居させて下さい」

「分かった……何かあったら言ってくれ」

「はい」

「……じゃあ、戻るか」


 二人について行き、船室の出入り口で別れる。そのまま壁にもたれるように座り込み、海と空を眺めた。


「……」


 ここには、日除けのためか張り出したひさしみたいな部分と、そこからさらに張り出す布がある。それらのおかげで影は広い。風もまあ、そんなに暑くはない。


「……」


 すぐそこに島が見える。遠くの方で鳥が飛んでる。


「……」


 さっきから、なにも考えられない。てつから聞いた話と、社からの叫び想いが、頭の中で乱反射する。ぐちゃぐちゃする。

 気持ち悪いのは、無くなったのに。


「……姫様は、助からない。もう──」

『見届けるくらいしか、やれる事は無いだろうな』


 なんでそう言えるの? もう他に、何もない? 本当に何も出来ないの?


『姫様、を……どうか……頼みます……』


 ダンさんはそう言った。苦しげにそう言った。私達は頼まれた。


「……」


 そもそも。この辺りのひと達を保護して避難させて、環境を出来る限り戻すのが今回の仕事。そこには当然、あの姫様の事も含まれてる。


『遠野も腹を括った。周りのだけ、連れて行く』


 私の考えてるのは、綺麗事か、理想論か。

 てつにはあの叫びは聞こえていないんだろうか。聞こえていて、敢えて耳を貸してないのか。


「どっちでもおんなじか……」


 お社空間には亀裂が入っていて。そのせいで異界と急速に混じり合ってしまうのを止めるために、姫様あのひとは『同化』を選んだ。


「……せき止められてる亀裂から、叫びあれが流れ込んできたんだ」


 良く考えればすぐ分かるのに。これも、てつが関係してるらしい『作為的な』同調の可能性が高いのに。


「だからまた、てつと融合しまじってる私に変な影響が………………ぁ?」


 いや待って。てつと私は混じってて、姫様とお社も同化──混じってる。お社は異界からの異常な衝撃を受けてるんだから、要するに、あれは。


「てつと繋がりがある……?」


 なら──


「てつを通して、姫様を助けられる……?!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る