8 検査

 私は今まで起きた事を宍倉さん達に話した。


「なるほど……それは本当に大変でしたね」


 話が終わると、宍倉さんは深く頷いた。


「一体化、というものの仕組みが一番に解決すべき事柄かと思われます。憑き物や寄生などとも少し違うようですし、詳しく調べるべき点ですね」

「なあ、よく分かってねえんだが結局の所ここは俺の知ってる場所じゃねえって事か?」


 てつの問いに、宍倉さんはまた頷く。


「その可能性がとても高いと思われます。記憶が無い、身体の分散……というのもこちらへ来た際の衝撃によるものかも知れません。今話して下さった事も含め、詳しく調べましょう。先ほど話した検査が下の階で出来ますので、そちらの方へ」



 私は伊里院さんの先導で部屋を出て、その検査をする場所へと向かう。宍倉さんと遠野は私達の事を報告するからと、その場で別れた。


「で、なんでそこなの?」

「杏の動きを妨げねえし、俺も楽だ」


 てつは今、私の頭の上にいる。てつ自身がバランスを取っているのか、頭がグラグラして歩き難いとか、てつが落ちるとかは無さそうだ。

 これ、周りからどう見えているのか気になる。宍倉さんはてつが出たままでも問題無いとは言っていたけど。

 あのオフィスっぽい所を通り抜けエレベーターで移動し、さっきより少し幅が広い通路を歩く。


「こちらです」


 両開きのドアの前まで来ると、伊里院さんはそう言ってドアに触れた。音もなく開いたドアを通り、八畳ほどの白い部屋を抜け、学校の教室くらいの大分暗い部屋に通される。


「そのままでお待ち下さい」

「あ、はい」


 ここで?


「また妙な所に連れ込まれたな」


 伊里院さんが部屋を出た後、てつが言う。

 うん、検査と聞いて勝手に病院の診察みたいなものを考えてたけど、こんなだとは思わなかった。

 暗さに慣れてくると、この部屋の内装なかが見えてくる。円筒形で天井が高く、壁が苔むした城壁みたいになっていて、床も同じような石。その上霧がまいている。部屋の中で霧って何。


「……この建物どういう構造してんだろ……」


 五分くらいして部屋から出された。さっき素通りした白い部屋に戻ると、これまた白い椅子を出され、向かい合って座る。伊里院さんが壁に触ると、仕舞われていたんだろう小さめの白いテーブルが出てきて、またそこからモニターが起き上がるように出てきた。モニター画面にグラフやらなんやらが表示され、伊里院さんが説明を始める。


「検査の結果ですが、榊原さんてつさん共に身体の異常は認められませんでした」

「えっ本当にさっき検査してたんですか」


 思わず言ってしまう。

 部屋の中では何をすればいいか分からなかったので、壁伝いに部屋を一周したり苔が本物か確かめたりしていただけた。苔は本物だった。


「はい、もちろん。先ほどの部屋は異界を再現しているんです。主にこちらにいらっしゃった異界の方々に入って頂いて、環境を通常に近付けた状態で中にあるセンサーを使い診させて頂いてます。お二人の状況を考えますと、こちらで同時に診るのが負担も少ないかと思いまして……」


 てつを見慣れてきたのか、大分良くなった顔色で伊里院さんは話す。


「異界の再現……」

「はい。気温室温その他の環境を調査員が現地に赴いた際に記録し、それを元に再現しています。といいましても一部ですので、あの空間自体はあちらにある、とある場所くらいに思って頂ければと」

「見覚えとか、あった?」


 てつに聞いてみる。


「さあなぁ……よく分からねえな」


 ピンときてない感じだな。まあ見覚えがあったら、部屋に入った時点で何か気付いてるだろう。


「それで、身体の異常は無かったんですが……生命エネルギーに、通常と異なる結果が出ました」

「えっなんですか」

「せいめいえねるぎーってなんだ?」


 私とてつが同時に喋る。伊里院さんはちょっと固まった後、軽く咳払いをして話し始めた。


「まず、生命エネルギーですが、私達の世界では魂という概念が一番近いですね。生きるための動力源であり、無くなったら死、また身体の死が先に来たらそこから離れいわゆる霊魂になるもの。現在科学的に証明されてはいませんが、誰しもが必ず持つものです。異界では自身の生命エネルギーを日常的に認識、活用しているのだそうです。あちらでは様々な呼び名があるそうですが……」


 伊里院さんはそこで話を切り、改めて私達を見て口を開く。


「それで、榊原さんの生命エネルギーとてつさんの生命エネルギーが、測定は出来るのですが……一部重なっているようなんです」

「……重なってる?」


 私の呟きに、伊里院さんは頷き、モニターに示された幾つかのグラフを拡大する。示された部分を見ると、同じ形や波の場所があるのが分かった。


「同じ型の部分が存在するんです。しかもその部分が一続きになっているようで」


 伊里院さんの説明によると、クローンなどもとは同じ存在だったり双子だったりすると生命エネルギーは同じ型や酷似した型になるらしい。また、一続きは文字通りのもの。宍倉さんが言っていた憑き物だったり寄生だったりをされ、それが進行すると弱い方の生命エネルギーが食い潰され消える、もしくは融合して一つのものになってしまったりするそうで。その途中段階として、生命エネルギーが重なったり連なって見えるのだそうだ。


「…………それって、結構ヤバくないですか……?」


 だって、それ、このままにしておいたら弱い方が消えるんだよね? そんで弱い方って多分私の方だよね?


「精密検査をしましょう。現状では確かな事は言えませんので」


 そこからまた移動し、今度はテレビで見た人間ドックみたいな検査を受け、いかにも医者な感じのおじいさん先生に問診され、日本庭園が丸ごと入っている部屋で散歩させられたりした。あそこ青空が広がってた。

 で、その結果

 ・一体化は共生に近い状態と推測され、分離方法は今の所不明。

 ・互いの身体異常は現状確認できず。

 ・てつの記憶喪失の症状は、人間でいう全生活史健忘と一致。

 ・てつの身許、本来の姿は今の所確定できず。

 ・同じくてつがこちらに渡った経緯や状況、身体の分散もしくは分裂の原因も不明。

 ・記憶喪失と身体の分散は自身の分散した身体を吸収する事で回復の見込みあり。

 という感じになった。他にも細々とあるが、面倒なので割愛。


「疲れた」


 病院の待合室のような部屋のソファに座り、伊里院さんが横の自販機で買ってきてくれたカフェオレを飲む。お金が、と言ったら経費で落とせます、と返答されたのでありがたく頂く。

 一通り終わったというので休憩しているが、ここまでの情報が膨大で脳みそはショートしそうだ。


「あのじいさん、俺を掴んでにやにやしやがって…そのまま引っ張ったり曲げたり、いつ頭飛ばしてやろうかと思ったぜ」

「それさっきも聞いたなあ」


 問診のおじいさん先生はてつを見るなり目を輝かせ、沢山質問とてつへの触診をした。……あれは、触診というより分解実験の一歩手前って感じだったな。「皮膚を少し貰えないかな? 爪でもいいよ。ほんの五ミリ角」とか言われたが、てつが全力で拒否したのでお断りさせて頂いた。


「まあ、私の食べた物はてつの方に行かないってのが分かったのは結構重要だと思う」


 どういう仕組みかはこれまた不明だが、私が摂ったものは身体の構造通り私の血肉になるそうな。てつのエネルギー源は別のものらしい。


「分かんねえもんは分かんねえままだけどな」

「それね」


 共生となんとか健忘という名称は出てきたが、出てきただけ、みたいな感じだ。共生についてはまだ利害関係もはっきりしていないのでどのような共生状態なのか明確に判断出来ない。記憶喪失だって人間の症例を当てはめただけなので推測に近い。明確に判断がつくものが特にないという訳だ。

 分からないと分かった、事は良いのかも知れないが、こちらは素人なので進展という結果を求めてしまう。


「眠いなぁ……」


 カフェオレで緊張が解けてきたのか、瞼が重くなる。おじいさん先生に「もうすぐてっぺん越えるね、お疲れ様」と言われたからかも知れない。


「お待たせしました」


 連絡が来たと、席を外していた伊里院さんが戻ってきた。後ろに遠野もいる。


「こちらで回収できた分の榊原さんのお荷物です。確認できる範囲の破損、損傷部分はリスト化致しました」


 そう言って、遠野は持っていた鞄とタブレットを差し出した。


「あ……ありがとうございます」


 渡された鞄は紛れもなく私が古着屋で買ったもの。中身もほぼそのままだが、やはり壊れたり汚れたりしているものがある。特にスマホが、歴戦の猛者の如くボディが傷だらけになっていた。これ動くけど、果たして中は無事なのか。タブレットの表に記載されているものと照らし合わせると、結構細かく、私が気付かなかった小さい傷さえも載っていた。そしてやはり、スマホは中までだいぶやられているらしい。

 壊れたりしたものは修復や交換、弁償をしてくれるという遠野の説明を聞いて金額の欄を見ると、お書き下さい、とあった。これやる人なら多めに書いたりしそうだな、と思いながら覚えてる限りの正確な数字を記入していく。


「……これでお願いします」

「はい、ありがとうございます。……検査等々、必要な事はこれで全て終了致しました。ここまで長時間のご協力感謝いたします」


 遠野は言って、伊里院さんと一緒にお辞儀をする。


「あっいえ……」

「それで、今後についてなのですが」


 頭を上げた遠野はそう言って、私とてつを見た。


「……っ」


 なんだか初めてしっかりと目を合わされたような気がして、背筋が伸びる。


「僕らと一緒に超自然対策委員会ここで働く、という提案をさせて頂きたいのですが、如何でしょうか?」


 にっこりと、胡散臭い笑顔で遠野はそんなふうに続けた。


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