7 超自然対策委員会
「ある組織……?」
「はい。
「今回もそれで動いていたんですが、思いも寄らないものが見れましたよ。これだけ急速で規模の大きい現象が起こるなんて、ここ最近では無かった事です。しかもそれは五体の異界人と一人の一般人に拠るものである可能性が高い」
遠野は狐目をさらに細め、観察するような視線をこちらに向けてきた。これは完全に怪しまれている。というか、確信を持って私に語っている。
「いや、えっと……」
弁明したいが、歯切れの悪い言葉しか出てこない。当事者になってしまったが、事を起こそうとした気などさらさら無いのだ。でも結局何も出来無かった訳で。
「一つ、お聞きしたいのですが……っと失礼」
遠野は話を切って片耳に手を当てる。
「何かありました? ……そうですか」
なんか通話でもしているのだろうか。と、すぐに遠野は耳から手を離す。
「まどろっこしいと言われてしまいましたので、これからお時間頂戴しますね。あなたを保護させて頂きます」
「……保護?」
そこからあっという間に連れ出され、車に乗せられて10分ほど。
「まあ事情聴取みたいなもんです。自然体でいて下さって結構ですよ」
「そ、うですか……?」
遠野が運転する車の後部座席で、私は状況を掴みきれないまま応える。
いやそうですか、じゃないだろ。また私はなんでほいほい連れてかれてるんだ。責任を感じてしまったから、言われたとおり動いてしまったのだろうか。学習してないな。
「先ほど連絡がありましたが、あの場での死傷者はいなかったそうです。異界人も確認済みのものは全員保護しましたし、一安心ですね?」
「え、はい……そうですね……?」
急に与えられた情報に、目を瞬かせる。なんで私にそんな事を言う?
バックミラー越しに私を見ると、遠野はまた喋り出した。
「お気付きでしたか? あの現場を中心とした200メートルほどの範囲で動いていた人間は、あなたと僕だけだったんですよ。他の方々は意識の喪失、そこからさらに数百メートルに渡り意識の混濁といった症状を起こしていたんです」
そんな広範囲だと、大学前の通りまで届いてしまっていたんじゃないか。私がそうならなかったのはてつが居たから?
「あなたがそうならなかったのは、身の内にあるものが関係しているんでしょうか?」
考えていた事をそっくりそのまま言われて肩が跳ねた。そうか、あの場を見られていたのなら、てつに気付くのだって当然の成り行きなんだ。
──気に食わねぇなぁ。
「はっ……?」
「何か?」
また急に声がして変に反応してしまった。訝る遠野に曖昧な表情を返す。
少し身を屈めて運転席の遠野から見えなさそうな体勢を取り、出来るだけ小声でてつに呼びかける。
「……ちょっと! あの時急に黙るから何かと思ったじゃないの」
──あー、上手く気を捉えられなかったからな……突然後ろから来られると驚くもんだろう。
そんな理由かい。
「じゃあ、何か起きたとかじゃない訳ね?」
──まあそうだな。
言われて、なんだか肩の力が抜けた。
「……多分、今は声を出しても大丈夫だよ」
てつに気付いているなら隠す必要もない。逆に変な疑いも晴れて、今まで謎だった事が何か分かるかも知れない、と少し思ってみた。
「なんだ、そうだったのか?」
てつの声が頭で無く、耳に響く。いや、大丈夫とは言ったけど切り替え早くないか。ちょっとびっくりしたじゃないか。
「今のは」
遠野もてつの声に反応する。
「遠野とか言ってたか。俺ぁてつってんだ」
「……ああ、あなたが。てつさんと仰るんですね。僕は遠野守弥と申します」
遠野は特段驚きもしない。そういう事と関わる組織と言っていたから、このくらい慣れているんだろうか。
「なぁ、一つ聞きてぇんだが」
「なんでしょうか」
「あの鬼を切ったのはお前か?」
「先ほど逃げようとしていたあの一体の事でしょうか?それなら僕の張った結界によるものですね」
あの時の光景を思い出す。走っていた鬼から突然血が噴き出し、そのままゆっくりと倒れていった。あの場面が眼裏に貼り付き、意外なほど鮮明に思い出せる。
あと今、結界というものが本当にこの世に存在する事にちょっと衝撃を受けた。
「そうか……何故切った?」
「そういう仕様のものだから、ですね。故意に怪我をさせた訳ではありませんし、怪我自体もすぐ治る程度のものです。ですが、ご不快に思われましたら謝罪致します」
「……そうか」
てつはそこから黙ってしまった。遠野も話を続ける事は無く、私も何を言えばいいかよく分からず、車内に沈黙が落ちる。
いや、聞きたい事や言いたい事はあるんだけど、どう言えばいいのかとかこの場で聞いていいのかとか、変にぐるぐる考えてしまっている。これは良くない。外を見て落ち着こうにも左右の窓は黒くて景色なんて見えないし、さっき思い出したけど、サロペットのポケットに入れていた家の鍵以外の持ち物を広場に残してきてしまった。濁りが吹き下ろした時や鬼とやり合った時に、手放したり吹き飛ばされてしまったんだった。これ、今、誰とも連絡が取れない。やばい。
「到着しました。どうぞお降り下さい」
遠野が言うのと同時に車が停まり、ドアが開く。降りると、コンクリートの地面と柱と天井。強めの光を放つ照明が等間隔に設置されているが、薄暗い印象を受ける場所。
「ここは駐車場です。こちらにエレベーターがありますので」
車を降り、隣に立った遠野が示す方向に、その通りエレベーターがあった。そのまま先導され、エレベーターに乗る。遠野は階数のボタンは押さず、なにやらパネルを操作する。すぐエレベーターは動き出し、階数表示がされないから私の感覚でだけど、昇っていく。ほどなくしてドアが開いた。
「どうぞ」
エレベーターから降りると、そこは。
「……どっかのオフィス……?」
白基調の空間にデスクとイスが沢山並んでいる。デスクにはパソコンや書類が乗っていて、そこで作業をしたり動き回っている人達がまた沢山いる。
なんか、これまでの空気と違う。会社勤めはした事無いけど、さっきまでの非現実的な出来事よりとても身近に感じてしまう。
「そんな感じですね。こちらへどうぞ」
気が抜けたようなふわふわした気分になりながら、オフィスっぽい空間を抜ける。通路を少し歩いてざわめきが遠くなった辺りで、遠野は横の扉を開けた。
「どうぞ、お掛けになってお待ち下さい」
私が先に部屋に入ると、遠野は扉を閉めてしまった。足音が遠のいていく。
その部屋は所謂応接室のようなセッティングがされていた。クリーム色の壁と天井、床は濃いめのグレーのマットが敷かれ、ブラウンのソファが向き合うように二つ。間にガラスのテーブルが置かれ、照明はちょっとしたシャンデリアのようなデザインだ。
「この後どうなるのか……」
ふぅ、と溜め息とも何とも言えない息を吐く。あれよあれよとこんな所まで来てしまった。ここどこだか分からないけど。
「なんだ、不安か?」
「そりゃあまあ。大学の事も気になるし、置いてきちゃったものも気になるし、そのなんか組織とかいうのも気になるし」
私の身の安全についても気になるし。
「なんかあったら逃げりゃあ良いだろうよ」
「簡単に言うけど…」
「……ん? そういやあ
反動? ……そういえば、てつが私の身体を操作してから大分経つのに、全身の痛みや倦怠感が来ていない。
「あれ? なんでだろ?」
今回は前より行動的かつ長時間動いた。来ないならその方がいいけれど、来るなら前の何倍もの反動が来たりするのかも。こんな状況で痛みにもんどり打つ事になったら、何かあってもすぐ動けない最悪の事態になってしまう。不安要素が増えた。
扉をノックする音で、慌ててそっちに意識を向ける。
「あっはい、どうぞ?」
この場合、どうぞで合っているのか?
語尾が上がり気味になったが、扉は開いてくれた。そこから遠野と、女性が二人部屋に入ってくる。一人は長髪で涼やかな印象の、もう一人はショートカットで小柄な人だ。
「あら、ごめんなさい。立ちっぱなしにさせてしまって……ソファ使って下さって構いませんよ。さ、どうぞ」
長髪の女性に促されソファに寄るが、三人以上掛けられるものだからどうすればいいかと躊躇う。その間に、長髪の女性は向かいのソファの真ん中に、小柄の女性はその後ろで控えるように立った。遠野も私の後ろで立ってしまったので、こうだろうかと、ソファの真ん中に座る。
「ここまでご同行頂きまして、ありがとうございます。私はここ超自然対策委員会第25支部の副支部長を勤めております、
長髪の女性が柔らかに自己紹介をする。私もつられるように名乗った。
「あ、えっと…
「俺ぁてつだ」
うん、てつも言うと思ったけど、目の前の二人はその声に驚いたようだ。宍倉さんは目を見開いて、伊里院と言われた女性はそれに加え息を呑む仕草をした。
「……榊原さんとてつさん、ですね。まず、ここまでご同行頂いた理由を説明させて頂きます。簡潔にまとめると、『保護・聴取・安全保障』のためです」
宍倉さんが言うと、伊里院さんが動いてすぐ側の壁に触る。すると天井の、入り口側の辺が細く開き、スクリーンが降りてきた。合わせて室内も暗くなる。
「我々、超自然対策委員会はこちらの世界のものでないもの、を主な対象として活動している組織です。有り体に言えば怪異、超常現象、UMAなどとして捉えられる存在ですね。こちらと違う世界を便宜上『異界』『異世界』と、異界からやってきた方々を『異人』『異界人』ものによっては『異界物』と呼ばせてもらっています。彼ら、また彼らに類するものの解明、保護、交渉などを行う事により、我々の世界の安全を保つ事を目的として活動しています」
スクリーンに、宍倉さんの説明や幾つかの画像が映し出される。
「具体例を挙げるとすれば、三十年ほど前の記録的豪雨でしょうか」
スクリーンの中の一つの画像が大きくなり、動き出す。動画だったのか、これ。
「夏の終わりに突如発生し、日本全土を襲った巨大低気圧。死者行方不明者合わせて十万人を超えた類を見ない大災害でした。榊原さんが生まれる前の話ではありますが……」
知っている。今もその時期になると追悼番組が組まれたり、保護者からその時の事を聞かされる。教科書にも載せられた歴史的大災害だ。
「この災害は、温暖化に拠る異常気象が大きな要因とされていますが、事実は異なります」
豪雨の映像が切り替わり、ある生き物が映し出された。
白っぽい鱗に覆われた長くうねる体躯。丸く大きな眼と、鋭い牙が沢山見える口。頭には鹿のような角があり、頭から背中にかけて黒のような、金のような滑らかな毛が生えている。
「こいつは、どっかの龍のガキか?」
てつが言う。そうだ、この姿は龍だ。
「その通り、龍の子供です」
「え、子供って……大きくないですか……?」
龍と一緒に映っている人は、その龍の顔くらいの大きさだ。龍の全体像は見切れて確認出来ないし、これで子供なんて大人になったらどれだけの大きさになるのか。
「龍にも種類があります。この種類の龍は子供の時点でこれだけの大きさになるものだったんです。そして問題は、この龍の子供がこちらに迷い込み、帰り道が分からなくなったと泣いてしまった事。まだ力を制御できない未発達な段階で感情を爆発させ、気象を同調させ、巨大な積乱雲を発生させてしまった。これが、大災害の本当の原因です」
迷子になった龍の子供の大泣きが、原因?
「その後、この子龍を探してこちらにやってきた親の龍と再会させる事ができ、異常気象は収まり、彼らも元の世界に戻れました」
宍倉さんの話が一旦切れ、スクリーンに別の映像が映し出された。
「ここから、榊原さん方に直接関わるお話です。昨夜、国内で観測出来るだけで8ヶ所、異界と同調した地域がありました。そのうちの一つがこちらです」
スクリーンには荒い映像が映し出されている。高さのある所から見下ろすような角度のそこには、住宅地とそこを歩く人が一人、映っていた。
「住宅街のアパートの防犯カメラからの映像です」
肩くらいまでの髪の女性で、Tシャツとぴったりしたボトムを身に付け、肩から鞄を提げている。その女性のすぐ後ろがぐにゃりと歪んだかと思うと、女性は急に後ろに飛び退き、手を振り回した。歪みは消え、散らばった荷物と鞄を拾い、女性はもと来た道を足早に戻っていった。
これ、もしかしなくても。
「ここに映っているのは榊原さんと思われますが、思い当たる事柄はありますか?」
「あります……これ、私です……」
少し俯きがちに応える。何故だか無性に恥ずかしいんだが、なんだこれ。私あんなに腕ぶん回してたのか。と、喉からせり上がってくる感覚が。
「えっまっ」
「ちょいといいか?」
ぼとり、とてつがガラスのテーブルに降りた。
「……っ?!」
「ヒッ……!」
何故、今、突然の登場。宍倉さんも伊里院さんも驚いちゃったじゃないか。伊里院さんとか後ずさってるじゃない。
「てつさんはそういうお姿なのですね」
遠野は淡々と感想を述べるように言う。ちらと後ろを見ると、顔色も変えず、あの胡散臭い笑顔のままだった。
「なんか、すいません……。一言言ってから出てきてよ、驚かせちゃったじゃないの」
「あ? そうか?」
言葉に合わせて動く右手は、宍倉さんの方へとずるずる移動する。
「あー悪いな、こいつの目を通すよりこっちのが良く視えるかと思ったんだが」
「っ……いえ、失礼しました」
宍倉さんはすぐさま顔を戻すと、一呼吸して話し始める。
「先ほどの続きですが、あの映像の人物が榊原さんであると確認がとれました。そうなりますと、異界と接触した方は私共の方で保護・診察・観察をさせて頂く事になります」
「かんさつ?」
てつの声に、伊里院さんがびくりと肩を震わせた。さっきまでの無表情は消え、下唇を少し噛んでいる。声だけの時は驚いただけだったが、この姿は恐怖を伴うようだ。
今はてつを見てもそんなに怖くないと思えてしまう私は、果たして良いのか悪いのか。
「異界、異界人と接触した事で心身に異常をきたしていないか、変異を起こしていないかなどを調べるのが目的です。…榊原さんの場合、変化が起きている事は確定していますので、それによる影響や現状の把握、また元に戻るための方法などを調べる必要があります」
宍倉さんは私とてつとその間の紐を見やり、眉を下げた。
「私共の対応の遅れにより、榊原さんとてつさんは多大なる損害を被られたかと思います。それら全て、こちらで保障させて頂きます。どうか、私共の調査にご協力をお願い致します」
続けて頭を下げる宍倉さん。
「え、やっ……頭上げて下さい!」
慌てて言うと、宍倉さんは頭を上げ、こちらに向き直った。
完全に情報過多になった脳みそで、なんとか自分の考えを組み立てる。
「ええと、今更聞きますけど……これもの凄い大掛かりなドッキリとかじゃないですよね?」
「はい、勿論。今までの話は全て事実です。この場ではてつさんが一番の証人になってくれるかと」
そうだよな、うん。
「えー……じゃあ、今までの話からすると、てつはこっちの世界じゃなくて異界という所から来たって事ですか?」
「その可能性が高いと思われます。てつさんに詳しく話を聞いてからになりますが、状況、場所、タイミングなど総合的に判断致しますと異界と繋がりがあると考えた方が整合性がとれますので」
「あ? どういうこった」
つまり、てつはそもそも
「……そしたら、元に戻るのがもっと難しくなっちゃったって事?!」
もしかしたら何か分かるかも、で動いたけど! ちょっと分かったけど! 到達点がより遠くなってないか?!
「?! どうしました?!」
「待て、話が見えねえ」
急に声を荒げた私に宍倉さんが驚き、てつは人差し指でテーブルをとん、と叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます