8.5 杏が苔を眺めているくらいの時
「……それで? どうだったの?」
閉まったドアを見つめながら、宍倉は問い掛けた。
「そう言われましても。道中の事は全て把握しているのでしょうから、改まって僕に聞く必要は無いのでは?」
遠野の言葉に、宍倉はため息をつく。
「あなたはちゃんと頭が回るのに、何でそういう行動をするのかしら……これでも買ってるのよ?」
「ありがとうございます」
流れるように出てきたそれに感謝の意など籠もっていない。宍倉もそれを理解しているので、特に追及はしない。
「……改めて聞くけれど、今回の同時多発的な同調と彼女達……特にあの怪異との関連性について考えを述べなさい。煙に巻いたりしないできちんとね」
杏達と話していた時には見せなかった厳しい目を、宍倉は遠野に向ける。遠野は頭を少し揺らして、考えるような仕草をして話し出した。
「そうですね、あの怪異はほぼ間違いなく今回の同調でこちらにやってきたものでしょう。ここ十年起きていなかった同調が同時に八ヶ所発生した事との因果関係は、流石にまだ何とも言えません。ですが」
遠野は細めていた眼差しを宍倉に向ける。
「特異である事は確かでしょう。少なくとも他に三度、別の怪異と接触している。この短期間でこの頻度は異常です。場所も何かしらの由縁がある土地でもありません。……本来ならあれは神と同等に扱われるレベルの相手です。それが一部だけになって畏怖が薄らぎ、膨大な力のみが目立っている。その力を求めて他の怪異が集まってきた、というのが僕の考えです」
「……そう」
すらすらと語り終えた遠野へ、宍倉は短く応える。
「じゃあ、それを踏まえて今後の対応についても聞いてみて良いかしら?」
「彼らをこちら側にする、というのはどうでしょう?」
間髪入れずに発せられた言葉に、宍倉は目を見開く。
「……その考えはどこから来るものかしら?」
「ざっくり言って三つほど。単純に人員不足だからというのと、『化け物』を手元に置いておける安心感が得られるというのと、組織の質を向上させるためです。十年前に中堅以上の方々はだいぶ減りましたからね。ある意味良い機会ではないでしょうか?」
宍倉は腕を組み、何とも言えない表情になる。
「怪異については良いとして、榊原さんについては?彼女は知識も無い、ただ巻き込まれた一般市民よ」
「知識が無いからこそ、彼女もこのまま放り出されるよりこちらに身を置いた方が安全です。もし何かあっても怪異の方から彼女を守りに動くでしょう。なのでこちらが特に気にする必要はないかと」
短く息をついて、宍倉は口を開く。
「…………他から来てるものよりも、あなたの言う案が多分一番良いでしょう」
「そんな畏れ多い」
「……ちゃんとここまで考えられるんだから、誰に対してもこんな感じでいて欲しいんだけれどね。あなたは評価されるべき実力を持っているんだから」
「買い被りです。僕は基本的な事を言っただけで」
頭を振る遠野に、宍倉は言う。
「伝統も役目も降りかかるもの全て、退けるんじゃなくて利用しなさい。私は有能な部下をおおっぴらに自慢したいのよ」
先ほどより落ち着いた口調でそう言うと、ドアに向かう。
「さて、様子を見に行きましょう。あっちはどうなってるかしらね」
ややあって、すでに通路に出た宍倉に遠野も続いた。
「……やってますよ。これでもね」
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