5 日常の中で

 冷静になって考え直してみれば、バラバラになった身体を取り込むとか、当たり前のように言われてた気とかいう言葉について、憑きものやら鬼やらエトセトラエトセトラ………説明して欲しいものが沢山ある。そもそものてつ自身についても、意味不明な事柄ばかりなのだ。

 てつと遭遇した以降急に起こり出した意味不明ファンタジー現象も、てつと遭遇したから起こったのか、偶然の重なりか。可能性は低いが、私が知らなかっただけであれらは当たり前という場合もある。それはそれで別の問題になってくるけれど。


「あーあんずおはよー」

「おはよう、芽依めい

「今お昼なんて珍しー」


 あれからなんとか大学へたどり着き、講堂でお昼を食べていた私に話しかけてくるのは『大間芽依おおまめい』。背中まであるふわふわとした茶髪が目を引く、可愛らしい感じの学友だ。


「来るまで色々あって、時間ギリギリになっちゃった」

「へー何あったのー? いつも余裕あるのに」


 なんと言えば良いだろうか。


「……変質者に遭遇して……」

「え゛っ」


 上手い返答で無かったとは思うが、固まるほど驚かないで欲しい。

 芽依は少し目を泳がせながらも、会話を続けようとしてくれる。


「……そっか。あの、大丈夫だった?」

「うん、撃退出来たから大丈夫」


 購買で買った梅おにぎりを食べながら、さてどう会話を路線変更させようかと考える。芽依は優しい子だ。加えて勘がいい。対して私はごまかすのが下手なのだ。このままでは私が墓穴を掘るのが先か、芽依が何かしら気付いてしまうのが先か。


 ──こいつはお前の知り合いか?

「ゴフッ」

「?!」


 急な語りかけに飲んでいたお茶を噴きそうにる。そのおかげで別の驚きを芽依に与えてしまった。


 ──どうした?


 声の主はもちろん、てつだ。

 道中、これから人のいる場では出来るだけ声を出さないでくれと言ったら、こんなテレパシーもどきを始めた。そんなのが出来るのかとびっくりしたら、何故か本人も同じように驚いていた。やってみたら出来た、そんな偶然の発見らしい。ただし難点として、私はこのテレパシーもどきが出来ないので、私からてつへは直接反応を示さないといけない。


「あはは、ちょっと咽せちゃった」

「杏……ほんとに大丈夫……?」


 友人の気遣いはありがたい。が、何ともやるせない。


「大丈夫大丈夫。あ、講義始まるよ」


 教授が講堂に入ってきた。芽依はこちらを気にしつつも、話し始めた教授の方を向く。

 この教授の話は長く、あちこちに飛びがちだ。しかも先輩情報によれば、その取り留めもない話からテストが作られるらしいので、聞き漏らしは出来ない。必修科目でなければここまで真剣に聞かないだろうエピソードを、ノートにとっていく。


 ──しっかしこんな集まって何をしてんだ? 坊さんの説教でも無さそうだしよ。


 みんな講義を受けているのだ。大学生になってまだ1ヶ月、やる気のある人が多いのだろう。大学内でも広めの講堂らしいのだが、席はほぼ埋まっている。という説明をしたいのだが、声を出すのは憚られるので応えられない。


 ──あー……他のやつがいる所じゃあ、なるべく喋らねえっつってたか。


 思い出してくれてありがとう。今はとにかく、いつも通りに午後の授業を終えたい。

 それからはてつも喋らなくなり、私は教授の話に集中する。そうしていると、昨日の夜からの出来事は夢だったんじゃないかと思えてくる。時折潜めた声で芽依と喋ったり、和歌の話を聞いていたはずがいつの間にか火山の形成について話している教授に首を傾げたり。

 沢山の人で講堂の空気が少し籠もり始めたが、今の時期はまだ冷房は入らない。窓を開けられたりしないだろうかと考えていると、


 ──言うだけ言っとくが、妙な気が凝ってきてる。


 またなんだか不穏な事を言う……。


 ──呑まれる程のもんじゃねえから大丈夫とは思うが、一応気ぃつけろ。


 なにやら忠告してくれたようだ。この場大学内で何かが起きているのは気掛かりだが、差し迫った危険は無いらしいので、一応安心する。

 教授の話に意識を戻すと、自身の子供の頃の話をしていた。鍵っ子だったので寂しい思いをしていたそうだ。果たしてこの話はテストになるんだろうか。


「ね、ね、これテストになるかなー?」


 芽依も同じように思ったらしい。


「ならない気もするけど、そう思わせて振り落としで出してくるかも?」

「わあやだぁ」


 2人で笑い合う。結局、この講義もその後も何事も無く終わった。てつに乗っ取られていた反動とやらもその頃には無くなり、私は胸をなで下ろした。



「でもほんと、杏そういうの鈍いから気をつけなよー?」


 受けるべき講義も終わった私達は、芽依のバイトの時間まで微妙に間があるということで、大学近くのコーヒーチェーン店に来ていた。

 芽依は季節限定の苺の商品を飲みながら、心配そうな顔を向けてくる。


「うん、ありがとう。……そんな鈍いかな、私」


 終わったと思っていた変質者の話は、芽依には相当引っかかっていたらしい。ちなみに私はチョコ系を飲んでいる。いつも思うが、この店の商品はドリンクというよりもスイーツの方が近いと思う。


「鈍いよ? ナンパされて囲まれても、ただの道案内だとしか思わない程度には鈍いんだからね?」

「その節はお世話になりました……」


 その話を出されると弱い。

 駅前で芽依を待っていた時、六人組の男に道を尋ねられた。この店の場所を教えて欲しいと言うから、一緒に調べて場所を特定したのだ。場所が分かった六人はとても喜んで、お礼にとご飯に誘われた。このぐらいでと断ったがなかなか諦めてくれない。じりじりと迫られなんだか少し怖くなってきた時に、「あー! いた! ほらアキラクン待ってるよ!」と声が聞こえ手を引かれた。いつの間にか着いていた芽依が一芝居打って助けてくれたのだ。その後に、私の身に何が起こっていたのかも教えてくれた。

 あの時、芽依が助けてくれなければあのまま押し切られていただろう。


「ほら、なんか事件起きて……ちょっと待って何これ……。ここって杏のアパートの近く、だよね……?」


 スマホの画面を向けられる。ネットニュースのページが開かれていて『十人に歯型らしき痕、目撃者はおらず』という見出しが出ていた。場所は私が住んでるアパート近くの商店街。てつと遭遇したのと反対方向だ。


「なにこれ……」

 ──なんの話だ?


 数時間ぶりのてつの声。私は不自然にならないよう気をつけながら、ニュースの文面を読み上げる。


「午前7時半頃、通学途中の女子学生3人が急に腕に痛みを覚える。見ると、腕に歯型のような痕が付けられていた。その後も同様の出来事が計6件報告されており、現在警察が捜査中……。全然知らなかった……」


 伝わっただろうか?

 てつは元からなのか記憶喪失の関係か、字が読めないらしい。そうでなければテレパシーもどきに筆談などで応えられるのだが。多分今も、私の目を通してスマホは見えてるんだろうが、そこに書かれた記事は読めていない。


「その、変質者……噛みついてきたりしてないよね……?」


 芽依に不安そうに言われ、私は慌てて頭を振る。


「えっあっそれは大丈夫、うん。そんな事されてないから」


 変質者もとい巨人とは、ちょっとしたバトルを繰り広げただけだ。


 ──歯型なあ……味見でもしようとしたのか?


 味見とかさらっと言わないで欲しい。というかもてつと関係あるものなんだろうか。よく分からないものは何でもてつと結び付けてしまいそうだ。


「でもこれも怖いね。芽依の言う通り、気をつけるよ」



 店を出て、芽依と別れる。芽依と違って、私はバイトはしていない。晩御飯を買って帰るか、自炊をするか考えながら駅までの道を歩く。そういえば昨日コンビニに寄ろうとしたのは、冷蔵庫の中身が無くなって来たからだった。


 ──なあ、さっきの話なんだが。つーかもう声出していいか?

「!」


 スマホを出して耳に当てる。そして小声で言う。


「ちょっと声はまだ待って。ここ人多いから」

 ──これ、なんか面倒くせえんだよなあ。しょうがねえ。


 心なしか、頭に響く声が疲れているような……。テレパシーもどきをするのは結構大変なのかも知れない。


「まあ、駅降りたら大丈夫だと思う。それで、何かあった?」


 通話を装い、私はてつに話しかける。


 ──さっきの歯型の話なんだが、どんな歯型か分かるか?

「それは載ってなかったな……何か思い当たる事とかあるの? というかやっぱり関係ありそうなの?」

 ──いや、分からねえ。人を喰う奴はごまんといるが、噛みつくだけってのはあんま聞かねえからな。

「もしかして、何か思い出したりしてる?」

 ──思い出し……てんのかこれは? そういうもんだっつうのは知ってた感じだが。


 そうなると、あの事件がいたずらでないなら、てつの知らない化け物がそこにいるかも知れないという事か。


 ──でだ、それはお前の寝床の近くなんだろう? ちっと探ってみたんだが、妙な動きをするのがいてな。

「……」

 ──それがこっちに、昼間っから溜まったまま散らねえ凝りに向かってきてる。

「…………」

 ──つうだけだ。

「だけって!」


 思わず大声を出してしまった。周りの数人がこちらを見る。


「それどうすんの。噛みつきの被害がこっちに移ってくるって事?」

 ──それとこの妙なのが同じかは分からねえが、このまま凝りに突っ込んで吸収するってんならそれは確実に力をつける。脅威になるかの見極めはしておいて損はねえ。


 見極めって。そんな高みの見物気取りで大丈夫なのか。だけど、聞いてしまったものを無視して帰る気にもなれない。


「…何かあったら任せられるの? 私は使い物にならないし」


 今は夜とはいえまだまだ人が動く時間だ。当然大学内にも人がいる。もし、その『妙なの』が脅威になったら、それを止められるのはてつだけなのだ。私は何が出来る訳でもないどころか、足手まといになるだろう。


 ──問題ねえよ。余程の事がない限り、そこまで大物にはならねえだろうしな。


 一瞬、通報でもしようかと思ったが、した所で動いてくれないだろう。いや動けないだろう。芽依に言われたばっかりなのになあ。


「じゃあ、戻るよ」


 選択肢は一つしかない。私は回れ右をして、来た道を戻っていった。


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