第23話 魔女 対……

 漆黒の門を潜り抜けると、城の玄関となる両開きの扉は開いており、中の円卓では既に賢者達が管を巻いていた。


「だから俺は賢者なんて知った事ではないと言うんだ」

「まぁまぁ、何も変わらず過ごすだけだろう。肩書きなんてなんでも良いじゃないか!なぁ、メモ魔の小鳥さん?」

「メモ魔だなんて失礼しちゃうわ!あたくしは自分の日記に誇りを持ってますからね。評価されて然るべきと思ってますし、肩書が貰えればそれに見合った仕事を続けるつもりですわ」


 手前から小さな鳥、アマガエル、気怠そうな子猫と並び、その向かいには背中に棘のあるイモムシとウサギが座っている。

 "メモ魔"と呼ばれた白い小鳥は喋りながら、まるで書記のように一心不乱に筆記を続けている……恐らく彼女が後の暦の賢者で、黒い棘のイモムシが堅実の賢者なのだろう。


「や、あなた方も招待されたのですか?招待状に書かれた賢者について何かご存知で……?」


 私達に気付いた棘のイモムシが、鎌首をもたげて話し掛けてくる。メガネの奥から、本来今まさに無いはずの目がじーっとコチラを観察している。なんだか値踏みされる様な気分だ。


「えっと、初めまして。私は有朱。こっちは友達のマクガフィンよ。申し訳ないけど賢者については全然知らないわ」

「ふむ……いや、そうですか。失礼、何はともあれ、これで人数が揃いましたな。あとは魔女が姿を現すだけだ」


 どうやら、まだ到着していないド・タイプ達に代わり、ちょうど人数に数えられたらしい。一先ず上手く潜入出来たと、胸を撫で下ろしたのも束の間、近付いてきたのは不穏な馬の蹄の音だ。パッカパッカパッカパッカ……


「遅れて失礼!ド・タイプとド・シナンテ、只今参上した!」

「ヒヒーン!」

「はぁっ?誰だ?」

「招待状を受けて参ったのだ!称号を受け取るべく……」

「おい、どういう事だよ!人数が多いじゃないか」

「イモムシや、数人の違いなんてどうでも良いだろ。それに魔女とやり合うんだ。頭数は多い方が良い」

「そういう訳にはいかん!皆、招待状を示して貰おう!話はそれからだ」

「ああぁ!アタクシ招待状も裏紙にして用紙に回してしまったわ、ちょっとこの束から探して下さらない?」

「ほら、そういう事になるからややこしいって言うんだ」

「ダメだ!こんな状態じゃ共闘なんて出来やしない、今日の会はお開きだ!帰らせてもらう」


 棘のイモムシが椅子から這い出したその時である。


「ふふっ、人数なら私が揃えてあげるから、心配する必要は無いわ。イモムシさん」

「その声は……魔女か!」


 城内の奥から、華やかな衣装に身を包んだ影の少女が姿を現した。青と白の布をあしらったドレスは御伽話に出てくるお姫様そのものだ。


「おぉ!なんと麗しい……その姿、まさか我が姫君か!?」


 ド・シナンテは影の少女の姿を見た途端、感激したようにその場で跪く。一方、帰りかけていた棘のイモムシは厄介そうに体を捻って彼女に問い掛けた。


「人数を揃える?一体どうするって言うんだ」

「そうねぇ。二人多いんでしょ?減らせば良いじゃない」

「だからどうやって……」

「どう思う?"暦の賢者"さん」


 影の少女の言葉を聞いた瞬間、小鳥はビクンと全身を震わせる。文字を書く手が止まった。


「あ、あ、あ、あたくしは……あああぁ!」

「ねぇ?そこに書いてあるわよね?どうやって人数が減ったのか」

「嫌、嫌よ!そんな!わたくしの記録を書き換えないで!やめて!知らない!そんな事……!」


 小鳥は叫びながら、紙束を破り始めた。辺りに細かい紙片が紙吹雪のように舞い散って……やがて、彼女は塵も残さず消えてしまった。


「一体……何が起きたんだ?」


 棘のイモムシが探る様に声を絞り出す。一部始終を見ていた子猫とウサギとアマガエルは目を見張って固まった。


「ただ少しだけ、結末を早く迎えさせただけよ。"堅実の賢者"さん」

「堅実……?あっ」


 棘のイモムシは呼ばれた途端、棘の先から徐々に白くなっていく。


「あぁ……そうだ、未来を見据えても結局クワーティにやられる……堅実なんて意味が無い……」


 やがて全身が真っ白になった彼は、己を呪うかようにブツブツと何かを呟きながら、そのまま小さく萎んでシャボン玉のように弾けて消えてしまった。


「きゃっははははは!」


 お腹を抱えて笑い転げる影の少女に、アマガエルが問い掛けた。


「お前さん、いまのは……?」

「あら?気になるの?知ってしまったらあなたもどうなるか分からないわよ?」

「クェッ!な、なんでも無いです……」

「さ、これで人数合わせは済んだわね。私の言う事を聞いてくださる?」


 私はマクガフィンに小声で呼び掛ける。


「ねぇ、これってかなり不味い状況よね?」

「あぁ。きっと影の少女は二人に未来の出来事を自覚させて存在を消したんだ。オイラ達と同じように、彼女も未来の記憶を維持してこの決戦の場に居る……賢者が勝ったって史実通りにはいかないだろうな」

「私達は彼等に未来を教える訳にはいかないし、どうしたら良いのかしら」

「ちょっとアナタ達!ちゃんと私の話を聞いてくれる?」


 ヒソヒソ話を続けていた私達に鋭い声が飛んできた。見ると、影の少女は堂々と円卓に腰掛けて手招きをしている。私達は促されるままに円卓の空いた椅子に腰を下ろす。影の少女は満足気に頷くと、話を続けた。


「さて、漸く円卓が余りなく埋まったわね。今日集まって貰ったのは、アナタ達に私の理想を正しく理解して貰うためなの。元々この世界は小さな一つの粒だった。けれどそれが拡がって、いまの世界は個々がバラけてしまっている……そんなの美しくないとは思わない?」


 本来、反論をするべき他の参加者達は先程の出来事に戸惑い、何を言おうか考えあぐねている様子だ。下手な発言をすれば消されると恐れているらしい。マクガフィンが口火を切る。


「オイラは今のままで良いと思うけどな」

「あら、どうして?」

「もし世界が本来の在り方を望むのなら、そもそも拡散の方向になんて動かなかったはずだ。一つじゃ上手くいかないと考えたから、多様な変化を望んだんだろう」

「じゃあ、アナタは世界の意思が常に正しいと思ってるのね?本当にそうなのかしら?私達の意思で、世界をより良い方向に導こうとは思わないの?」

「その反論は矛盾してるぜ。世界が間違ってるかもって前提があるなら、一つだった元の世界に戻る根拠も無くなるだろ」

「……ふぅん。やるじゃない」

「俺も彼の意見に賛成だな。諸君もそうだろう?」


 マクガフィンを優勢と見た子猫が呼び掛けると、残りの二人も頷いた。


「じゃあアナタはどう?ド・タイプさん?」

「我は難しい事はよく分かりませぬ。然し、姫と結ばれる事を一つになると云うならば、世界の在り方は収束に向かう事を願っていると言えるでしょうな」

「ありがとう。そうでしょう?やはり世界は一つになるべきなのよ」

「待って!ド・タイプさん、もう一つ質問をしても良いかしら?」

「構いませぬが……失礼、御名前は」

「有朱よ」

「アリス殿、質問とは?」

「もし、彼女の言う様に世界を一つに纏めたら、もう二度と自分以外の存在は生まれなくなるわ。そうすると、誰かと結ばれたいと焦がれる気持ちも生まれなくなるけど、それについてはどうお考えになるのかしら?」

「なるほど、それは考えが至りませんでしたな……今の世界の在り方で我は思考しておりましたが、そう考えると愛の無い世界になるとも言えるのか?」

「ブルルッ」


 ド・タイプはド・シナンテと顔を見合わせて首を傾げた。


「ちょっと!アナタ、勝手な事を吹き込まないで下さる?私の世界は総てが一つになるのよ!弱肉強食も起こらない。愛に溢れているに決まってるでしょう?」

「……!」

「アナタ、何か言った?」

「えっ?いや、私は何も……」

「……?……!」

「誰よ!小声で何か言ってるわね!?」


 耳を澄ますと、確かに蚊の飛ぶような甲高い音が聴こえる。一体何処から……?音の出処を探していると、突如、私のポケットがムクムクと膨らみ始めた。膨らみが大きくなるにつれて次第に音も大きくなっていき、それはやがて地獄の底から響いたかのような恐ろしい金切り声となった。


「……ぁぁぁあなたが愛を語るだなんてえぇ!許せないわアアァァ!!」

「この声は……姫!早くポケットの物を全部出せ!」

「わ、わかったわ!


 マクガフィンに言われ、慌てて椅子から立ち上がり、膨れたポッケの中身を円卓の上へひっくり返す。入っていたのは土の塊。テーブルに転がり出た土はそのままムクムクと膨れ上がり、ティーポット程の大きさになって動きを止めた。その表面に、ぴょこりと小さな双葉の芽が顔を見せる……次の瞬間、土の中から無数の蔓が勢い良く飛び出したかと思うと、あっという間に影の少女を拘束した。


「みんな騙されないで!この魔女の言う事は全部デタラメよ!コイツの作る世界は、愛とは掛け離れた無情な世界なのよ!!!」

「アナタは……ハート岩?」

「どうもお久しぶりアリスさん。アナタのポケットの中でずっと旅を共にして来たわ……わたし、アナタの事を誤解していたみたい」

「あらあら、とんだ邪魔が入ったものね。愚者が私に触れて良いとでも思ってるのかしら?」

「愚者だと?次から次へと忙しない……一体なんなんだお前さんは!」

「この魔女の理想が反映された先の世界で、生み出された存在がわたしよ!愛らしい小さな芽のままでは生き抜けず、こんな強靭な蔓が必要になる世界、明らかに間違ってるでしょう!」

「ど、どういうことだ!?説明して貰おうか姫!」


 ド・タイプは腰の剣に手を掛けて、影の少女を救うべきか迷っている。彼女はもがく素振りも見せず高笑いをして見せた。


「あっはははは!説明ねぇ……これは失敗作よ!誰の理想にも合わない醜い存在。早く始末して頂戴!アナタ達にも襲い掛かるかもよ?」

「違うわ!あたしは醜くなんかない!ただアナタがそう決め付けただけなんだから!」

「ド・タイプ、私を救ってくれないの?」

「むぅ……失敗作とはなんだ?貴女の言う通りならば、敵の生まれない世界の筈では……」

「はぁ、もういいわ。こんな下らない茶番、付き合っていられない」


 影の少女がため息を吐くとお城の壁全体がぐにゃりと歪み、瞬く間にキラキラと輝く鏡に変化した。そして鏡の中から鋭い光が飛び出したかと思うと、ハート岩の蔓はあっという間にバラバラになった。


「ぎゃああぁぁ!!」

「他愛無いわ。本気で私に勝てると思ってるのかしら」

「うぅ……皆、お願い……聞いて……どんなモノにも、それと対になる概念が存在するの……魔女の世界は、そのどちらか一方しか存在を許さない歪んだ世界なのよ」

「総てが存在するなんて、そんな世界の方が歪んでるわよ!美しいものだけで良い。アナタ達もそう思うでしょう?」


 明らかに苛立ち、焦って早口で捲し立てる影の少女。私はここぞとばかりに反論する。


「いいえ!全く思わないわ!物事は色んな角度から捉えてこそ本質が見えるのよ。自分の気に入った考え方しか受け入れない世界なんて、絶対に間違ってる!」

「その通りだ!アンタの理想は建前だけは一丁前だが、その実、周りを否定して自分が強く居られる為だけの世界なんだ!」

「あああああああああぁ!!!うるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!」


 影の少女がパチン、と指を鳴らす。鏡から真っ黒な光が放たれて……気付けば私は影の少女と二人きり、向かい合って立っていた。


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