第22話 集結
草原をゆっくりと近付いてきた二つの影……深紫色のコートに身を包み、シルクハットを被ってステッキを持った紳士と、飛行型の小型蓄音機を連れた白衣の淑女……フーダニット卿とクワーティだ。
「フーダニット卿!それにクワーティも!二人ともどうして……?」
「それはですね……」
「ほら!妾の予想通り、二人とも無事に元の姿に戻れただろう?」
「……そんな誇示しなくとも、あなたの計算が正確なのはよく分かっていますよ。ただ過程が問題だと思うだけで」
「結果論に見えるかい?フフ、だから君は甘いと言うんだ……」
クワーティの言葉で、初めて自分が子供から大人の姿へと戻っている事に気付く。
「もしかして全部、私達の為に?」
「まぁ、言い換えればそうなるかな。詰まるところ世界の為なんだが……君達がこうして元の姿でこの場所に居ることが最低条件なんだよ」
「あまり混乱させるような事を言わないで下さい!まず吾輩の水筒の説明から……」
「今更、使い終わった装置の説明?それこそ混乱させるだろう、早く本題に……」
「ちょっと二人とも落ち着いて!アナタ達が仲良しなのは分かったから!生憎だけど私はずっと混乱しっ放しだわ!」
「ほら、言っただろ?混乱してるってさ」
「だから吾輩の説明が必要なんです!アリスさん、いいですか?あなたが水筒を使った事で、魔女の呪縛から逃れたのです。そしてその水筒が起動すれば吾輩に通知が来るようになっていた。我々はそれを追ってここに来たという訳です」
「水筒……というよりも、アレは爆弾って感じがしたけど。一体どうなったの?逆行エリアも抜け出したのかしら」
「勿論!全て壊したよ!まさにビックバン、ってところだね」
クワーティが愉快そうに笑うのを横目に、フーダニット卿は溜め息混じりに説明を続けた。
「結論から言うと、逆行エリアは完全に消滅しました……水筒から無限に生まれ出た質量によって、時空の境界を保てず崩壊したのです」
「やっぱり質量が問題か……なぁフーダニット卿、あの水筒の元々の機能は何なんだ?」
「あぁ、マクガフィン。あれは本来、感知した液体を適量保存したり増幅させる装置だったんです。主に紅茶に使っていたんですが……この人が勝手に弄った結果、あんな働きを」
「やぁ、マクガフィン。初めましてだね。妾はクワーティ。フーダニット卿の共同研究者だよ」
「クワーティ……さん、よろしく。共同研究、って事はアンタも凄い研究者なんだろうな」
「まぁね。一人で逆行エリアの完全上位互換を完成させるくらいには凄いかな」
「おぉ!?なんだそれ!スゲェ!」
「ちょっと!また話が逸れてるわ。それ、今じゃなきゃダメ?」
「あぁ!そうだった……で?どんな改造を?」
「妾はちょいと、感知する要素に感情を付け加えただけだよ」
「感情を?」
「そう。それだけさ」
「"それ"が大変な事なんですよ!水筒は増幅時に暴走しないよう、エネルギーの相関で質量的な均衡を保つ設計だった。そこに感情を数値化する設定を組み込むとどうなるか……分かっててやったんでしょう?」
「まぁね。けれど質量保存の法則を破らなきゃ、きっと二人は詰んでたよ」
「あの、つまり、どういう事なの?」
「本来なら液体の質量を増幅する際に、水筒は自らの姿勢を維持するジャイロ効果で一定のエネルギーを消費し、増幅される物質の量が制限されるはずでした。然しあの水筒は、質量のみを用いて計算する機構に質量を持たない感情という要素を組み込んだから……水筒はどういった液体で起動させましたか?」
「多分、姫の涙だ!」
「涙……最適ですね。その涙の中に含まれていたアリスさんの感情までも水筒は読み取ったんです。エネルギー計算に感情の数値を乗せたらどうなるか。物質だけならプラマイゼロに収まる位置エネルギーや時間経過による諸々のエネルギー消費を感情の増幅値が上回り、ループが発生するんです」
「その結果起きたのが、あのエネルギー放出か」
「その通り。しかもそのエネルギー波は物理的な性質を無視した感情です。爆発による波動は時空を超越した干渉を引き起こし、アリスさんの願いが実現した……付随して溢れ出た液体の質量によって逆行エリアは飲み込まれてしまいましたが」
「逆行エリアが潰れたのは、無限に増幅した液体によって発生したブラックホールが原因だよな?なんでオイラ達は無事だったんだ?」
「よく分かってますね。アリスさん達が無事だったのは、液体の到達より先にエネルギー波に触れていたからです。ブラックホールの作用は時間と空間の相互作用による見せ掛けの重力がもたらすのですが、それを回避する方法として……」
「とにかく!全ては、妾の計算通りだったという事だ!アリスさんが潜在意識で望んでいたのは今の二人の姿だという事をよくよく噛み締めるといい」
フーダニット卿がまた何やら説明し始めようとするのを、クワーティが遮った。彼女が真ん中の脚に巻いた腕時計を示すと、フーダニット卿は思い出したように目を丸くして、早口に喋り出す。
「あぁ!吾輩とした事がすっかり時間を使ってしまった!お二人とも、あちらをご覧あれ!」
彼が指差した先、ゆったりとした草原がなだらかに傾斜し、少し向こうの高台に見覚えのある城が見える。そこへ向かう数人の影。あれは、もしかして……
「アレこそまさに!魔女との決戦に向かう太古の賢者達です!」
「五、六、七……何だか人数が多いわね」
「それに人影も小さい気がするな」
「招待されているのはお茶会のメンバーから召使いネズミを引いた3人と、《ナイト》ド・タイプ、ド・シナンテに……」
「確か、暦の賢者と堅実の賢者じゃなかったかな。両名とも逆行エリアを作った時に消えてしまったが」
「あぁ!あの二人か、道理でアリスさんが会ってない筈ですね」
「消えた、ってどういう意味?」
「そのままの意味さ」
「暦の賢者は世界の始まりから終わりまでを記す事を己が使命としていたのですが、我々が逆行エリアを作り出した事で気が触れてしまったんです」
「変化が起きる度に前の出来事を書き換える修正作業に追われてたからね。そんな事せず、分けて書けば良いって妾は忠告したんだが」
「あの方は完璧な一冊を完成させる事に拘ってましたからねぇ……この世界がたった一周期に収まる筈はないんですが、その概念が理解出来なかったようで」
「堅実の賢者はつまらなかったね。妾の事を非現実的な理想論者だと突っかかってきて……でも好機の賢者が量子確率論と紐付いた途端、静かになったんだ」
「まぁまぁ、思い出話はこれくらいにしてアリスさんとマクガフィンを見送りましょう」
「そうだね。あ、そうだ。くれぐれも彼らに私達の話はしないように頼むよ。彼らと会うのはもっとずっと先なんだ」
「あぁ、タイムパラドックスってやつかしら?」
「そんなところだね。君達が魔女を倒せなかったら、彼らをまたお茶会に招待しなくちゃならないから」
「そんな手間は掛けさせねぇよ。この決闘で、必ず影の少女を倒してやる!」
「おや、自信満々ですね。どうやらお二人とも、真理の一つを手に入れたらしい」
「素晴らしい!二人とも応援しているよ。我々は観測されると厄介だから手助けは出来ないが……」
「うぅん、もう十分に助けて貰ったわ。あとは任せて頂戴」
「ではお二人とも、気をつけて」
二人はあっという間に、ゆらりと煙のように消えていった。
「さぁ、姫。あの城が賢者と魔女の決戦の舞台……漸くラスボスと御対面だぜ」
「えぇ。マクガフィン。絶対に勝ちましょう」
城の方へ視線をやると、賢者達の影がちょうど門の中へと入って行くところだ。私達は彼等の跡を追う様に、草原を駆けた。
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