第19話 ブラックボックス

「あった!ようやく見つけたわ……!」


 懐中時計を発見した私は思わずガッツポーズを決める。捜索は思った以上に難航した。クワーティの親切(?)な設計のお陰でほとんど筋トレしながら捜索していた上に、逆行エリアの観測時に何故かスコープ内が真っ暗になってしまう謎の現象にも悩まされていたからだ。

 最初にその現象に気付いた時、この望遠鏡では逆行エリアを覗く事が出来ないのかと焦った。しかしマクガフィンと全く関係の無い、私が最初に逆行エリアに飛び込んだ時点から観測を続けてみるとこちらは問題無く観測する事が出来たので、どうやら逆行エリア内において、マクガフィンに関する情報だけが観測を妨害されているらしい事が分かった。彼が逆行エリアに飛び込んだ瞬間から、まるで深海の奥底に潜ったかのように光が失われるのだ。それがあの影の少女による妨害だと察するのは容易で、やはりマクガフィンは彼女に何かしらの干渉を受けたのだと確信した。

 それからの私の奔走と言ったら……自分でも驚く程の出来だった。


 まず逆行エリアに対してのアプローチを変えた。逆行エリアを覗く際、私はフーダニット卿に案内して貰った場面を起点にしていたのだが、そこから過去へと大きく遡り、初めて彼らがそれを作り出した瞬間を起点として観測を始める事にした。逆行エリアの発生時点から観測を続ける事で、現実世界と同じ因果関係として内部の状況を認識しようとしたのだ。

 フーダニット卿は、逆行エリアには無限の確率が混在すると言っていた。その説明を聞いた時、私は逆行エリアに対して不可逆な絶対の鉄壁がある様な印象を受けていたが、実際にはそうではなかった。逆行エリアの内部はランダムな世界線が混在する様に思えるが、その存在自体は、常に周りの世界と同じ方向に進み続けている。大きな視野で見れば、世界の原理の中に含まれているという事だ。

 より簡単に言えば、世界を平面座標で表したとして、正の符号のある座標が普通の世界で、逆行エリアはただ負の符号のある座標というだけ。全ての数字にマイナス記号が付いているに過ぎない。逆行エリアに入る事は正負の境界を超えること。負の数にもう一度マイナスを掛けてしまえば正の数になるのと同じで、適した方向から観測をすれば容易に理解出来るのだ。

 その方法で世界の始まりを起点に逆行エリアを観測し、まずはマクガフィンの目的地と思しき円卓の城を探す。お城はフーダニット卿から説明されたイメージを頼りに探すと直ぐに見つかった。

 それから観測を続けると、城の手前で明らかな異変が起こった。突如大きな黒い箱が出現したと思えば、その箱から黒い影が周囲を包み込みはじめ、やがて全く観測不可能になった。

 恐らく、黒い箱による認識阻害はその時点からマクガフィンの未来を塞ぐ形で発生していて、私が逆行エリアを遡って観測するのを邪魔していたのだろう。仕組みが分かれば後は簡単だ。認識阻害が発生する前の時点から観測する事で、その妨害を受けずに済む。私は箱が出現した瞬間を切り取り四次元視点を使って内部を確認し、懐中時計を見つける事が出来たというわけだ。

 相変わらず、マクガフィンの姿は見当たらない。だがマクガフィンに関する情報を影の少女が隠そうとしていて、その妨害の発生源に懐中時計がある……つまりきっと、マクガフィンはこの箱の中にいる。単なる憶測に過ぎないが、これ以上大人しく座っている事は出来なかった。


 私は意を決して、黒い箱の中に飛び込んだ――


 箱の中は一面の黒だった。いつかネット記事で見た世界一黒い物質、垂直配向カーボンナノチューブの黒体を彷彿とさせる漆黒。いつの間にか腰にぶら下げられていたランタンの淡い光線はひと光も反射する事なく壁や床に吸収されていく。周囲を見渡すと、暗闇に覆われた視界の中でランタン以外に光を出すものを見つける。近寄ってみると、あの懐中時計だった。


 フーダニット卿が懐中の日時計と言っていた時は全く意味が分からなったが、いざ見てみるとその表現が理解出来た。円盤の外周に小さな電球が付いていて、それが太陽の代わりに盤上を照らし、浮かび上がる影が針になるという代物だった。


「懐中時計は見つかったけど……肝心のマクガフィンはどこに居るのかしら」


 近くを探してみるもマクガフィンの存在を示すものは懐中時計以外に見当たらない。確かにマクガフィンはここに居るはずなのに……おかしい。暫く捜索を続ける内に、段々と違和感を抱き始めた。

 私はさっきからずっと普通の時の流れに即した動作をしている。黒い箱は≪逆行エリア内にあった≫はずなのに、どうしてここには普通の時間が流れているの?それに、この空間……光も音も反響しない暗闇で過ごし続けると、自分の思考と心臓の鼓動だけが身体の中でぐるぐると留まり続ける様で、気がおかしくなりそうだった。早くマクガフィンを見つけないと。なんでも良い。何かヒントは……不自然な箇所は無い?そう願いながら縋るように観察を続ける。然し、無情にも変化は全く起こる気配すら無かった――


 変化が無い……どこも変化しない?懐中時計の光さえも?


 閃いた私は、急いで懐中時計の電球を確認する。思った通り、太陽代わりの豆電球は一ミリたりとも動いていなかった。

 フーダニット卿が言っていた通りこれが日時計なら、電球を動かす仕掛けが施されている筈で、それは逆行エリアでも動き続ける特別仕様だ。その時計が止まっている。

 確かにこの空間は変化が無い。でも、だからと言って時間が止まっているわけでもない。それなのに電球が動かないという事は……内部で何かしらの不具合が起きているに違いない。

 私は目を凝らし、内部の構造を四次元の目で見ようとした。だが何も見えない。恐らく四次元の視点はあの時、あの空間でしか扱えない能力だったのだろう。

 でも、それでも。きっとこの中にマクガフィンが居る。その確信が私を突き動かす。どうにかして、この懐中時計の中身を確認しなければ。そう考えた矢先、手に触れたのは腰にぶら下げたランタンだった。確かこのランタンもフーダニット卿の発明品だ。もしかして、これなら……深く考える前に、体が動いていた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る