第16話 クワーティの実験

「……一体どういう事かな、グリ族の皆さん?」


 一呼吸置いてから返事をしたクワーティに、グリ族と呼ばれた彼らの内、長らしき人物が明らかに憤慨した様子で話し始めた。


「どうもこうもありませんぞ!有史以来、我々グリ族と争い続けてきたホム族の事を知らないとは言うまいな!」

「あぁ、当然知っているさ。だがホム族と妾への信仰になんの関わりがある?君達グリ族繁栄の為に、妾がどれだけの発明品を与えてきたか、忘れたわけではないだろう?」

「当然!だがその理由は全く恐ろしいもんだった!何故、あんたという神の加護を受けている我々と、異教徒であるはずのホム族が対等に渡り合ってきたのか、その疑問の答えが明らかになったのだ!」

「ほう、その答えとやらを聞かせてもらおうか」

「あぁ!言ってやるとも!あんたは我々と同じように、ホム族にもその加護を与えていたんだ!漸く、我々はあんたに騙されていた事実に気付いた!グリ族とホム族の争いを、コレだけ長く続けさせていた黒幕はあんただろう!前回与えてくれた意思疎通機、そこに我々以外の記録が残っているのをグリ族の技術者が発見したのだ!そしてその記録は他でもない、ホム族のものだった……!」


 憤るグリ族の長を前に、クワーティはどういうつもりか返事もせずゆったりと姿勢を変えると、備え付きのテーブルからドリンクを取り出してチューチューと吸い始めた。


「どうやら反論は無いようですな!もしあると言うのならお聞かせ願いたい!」

「……そうだねぇ。そもそも、妾が君達に初めて発明品を与えた時のことを憶えているかな?」

「なっ、何をいきなり!当然だ!周辺の気候をより快適なものに変化させる……」

「そう。湿温器。その次は土壌を快適にする沃土草の種をあげた。それから……」

「過去の恩を盾に、この裏切りを許せと仰るのか!?」

「いいや、違うさ。戦争に使う発明品を渡したキッカケはなんだったかなと思ってね」

「それは……」

「妾の記憶が正しければ、君達に頼まれたんだ。

"領土争いが勃発したので何とかならないか"と」

「……」

「妾は君達の望むまま、発明品を与えたに過ぎない。そしてホム族に対しても同じ事をしたまでさ」

「では、互いを異教徒として争っていた我々を何故止めて下さらなかったのです!?」

「逆に、何故止めなければいけないんだい?悪いがそんな低次元な争いに干渉している暇は無いんだよ。妾が君達の望む通りに武器として使える発明品を与えた理由は、別に君達に肩入れしていたからじゃない。妾の発明品の中で武器として利用されそうなモノが、実際に戦争で利用されたらどの様な効果をもたらすのか知りたかっただけなのさ」

「あんたは、我々グリ族やホム族をモデレーター程度にしか思っていなかったという事か!」

「今回、グリ族に渡した意思疎通機とホム族に渡した意思疎通機の記録媒体を共通のモノにしたのは意図的なんだ。互いに敵対組織の情報が筒抜けになったら、一体どういう戦略を取るのか……」

「もういい!沢山だ!!!冷酷な邪神よ、二度と我々に関わるな!散って行った数多の英霊達の無念と共に、グリ族は永久にあんたを呪うだろう!」


 クワーティの言葉を遮ったグリ族の長は、叫ぶようにそう言い捨てると通信を切った。


「あの……今のは」

「あぁ、見苦しかったろう?妾が発明品のフィードバックを得る為に使っていたコロニーさ。今回は長く持った方かな……競合する相手が居る方が、文明を発展させる事に意欲的になるらしいな」

「今回は……って事は、前にも同じ様な事をしたの?」

「もう数十回は繰り返したかな。発明品は絶えず生まれ続けるからね」

「同じ事をしてるなら、毎回あんな風に部族同士の争いが生まれる事だって、全部分かってるんでしょう?なのに何故、戦争をさせるの?」

「さっきも言ったけど、その点に関して妾が干渉するのは御門違いだと知っているからさ。コロニーはある一定の水準に達した時点で他のコロニーと敵対する。それが自然の摂理なんだ」

「でも、だからって戦争の手助けをしたら……」

「オーバーテクノロジーで死者が増えるって?それが逆なんだよ。妾が発明品を与えて文明の発展を促す事で、戦争は短期間で終わるんだ。もし彼等がそのままの文明レベルで戦争を始めたら、終わらせるのに今の二十倍は世代交代が必要になるだろう。トータルで考えて、妾の発明品を使って戦争して貰った方が被害は少ないんだ」

「けれど死者が出る事に変わりは無いわ!無駄な争いはさせるべきじゃない?戦争自体をしないって道はないの?」

「無駄じゃない。自然の摂理だって言ったろう?何度か戦争をしない様に誘導してみた事もある。そしたら酷いもんさ……身内で啀み合いを始めるんだ。闘争欲ってヤツかな?一度愚かな経験を味わわせておかないと、部族全体の質が下がるんだよ」

「まさか、そんな……」

「嘘じゃ無い。例えば飢えや疫病だってそうさ、予めそれらを防いで育った部族……無差別な死を経験してない部族は、自分達を選ばれし民だと勘違いし傲慢になった挙句、贅に溺れて滅びた。過保護は種を滅亡させるんだ……歴史的には失敗に思える事でも、一度経験させなければならない。妾がコロニーを育てる上で学んだ教訓だ」

「……一見不必要に思える死も、その歴史全体を考えれば必要な犠牲だという事?」

「そういう事。まさに局所と全体の問題だね」

「生命が関係してるんだから、これは鍵盤と同列に看做すべきじゃ無いと思うんだけど」

「あぁ、そうか。アリスさんには彼等が生物に見えているんだね」

「なによ、昆虫だって生き物でしょ?」

「あぁ、うん。いや、そう捉える事も出来るね。ただ一応説明しておくと、彼等は姿形や増殖方法を生物的な法則に見立てただけの物質なんだよ。確かに個々に意思を持った様に見せ掛けているし、解釈としてはそれぞれを生命体と捉える事も出来る。けれど違うんだ」

「つまり、どういう事?」

「彼等は皆、この世界を構成する最小単位の物質達なんだよ。普通の生物的な生死の概念は無いんだ。本来なら観測出来ない存在を無理矢理、認知できる様にしたもので……例えるなら、見えているのは画面上に表示された映像だ。本質としての存在は画面を構成する素材そのものなんだよ。テレビの電源が点いていなくても、テレビは自体は存在しているだろう?」

「ごめんなさい、まだ分からないわ」

「だからね……」


 クワーティは私に彼等の概念を詳しく説明しようと、空中に複数のウィンドウを開き始めた。その時だ。


"ジリリリリ!"


 さっきグリ族が通信してきた機械の向かい側にある、目覚まし時計に似た装置のベルが鳴り始めた。


「あぁ!遂に!すまないアリスさん、後で話すよ。もしもし!」

「……初めまして、貴方様はかつて、私達の祖先の守り神とされたクワーティ様でしょうか」

「えぇ、いかにも。そちらは?」

「我らはホム族とグリ族が集い、一集団となった者達の末裔……今はホル族と名乗っています」

「ホル族の方々、初めまして。あなた方の祖先は両部族共に妾を邪神として扱い忌み嫌った筈ですが、どういう理由でこの機械を使ったのですか?」

「それについては、大変申し訳なく思っています。我らの祖先は余りにも大きな勘違いをしていました。その間違いに気付き、誤りを正すまでに我らがどれ程の歳月を要した事か……どうか許して下さい。今や我らの中で、クワーティ様を邪神などと考える者は誰一人おりません。貴方様はずっと、我らの祖先にとって守護神だった」


 その台詞を聞いた途端、クワーティは身震いしてみせた。彼女の大きな眼は輝き始め、うっすらと涙さえ浮かんでいる様に思えた。


「あぁ!何と言ったら良いか……!どうやら漸く、あなた方は賞賛に値する真実へと辿り着いて下さったようだ」

「えぇ。本当にお待たせしました。我々の祖先が貴方様に働いた数々の御無礼をどうか、どうかお許し下さい」

「謝る事などありません。この装置を用意してから、その鐘が鳴り響く時を今か今かと心待ちにしていたんだ……あなた方こそ、妾の最高傑作を使うに相応しい存在だ!」

「まさか、貴方様はあの過去を持ってして尚、我らにその加護をお与え下さるのですか?」

「当然!寧ろ、喜びすら感じているのですから。妾が悪として記される祖先が語った歴史を鵜呑みにせず、過去の事象のみを冷静に分析し直し、こうして正しい道を切り拓いた……あなた方の様に優秀な世代の誕生を、妾がどれほど待ち侘びた事か!」


 クワーティはそう言いながら空間に新たなディスプレイを表示すると、素早く入力を済ませる。すると部屋中に並べられた無数の機械がカシャンカシャンと軽快な音を立てながら、まるでパズルの如く互いの位置を奪い合う様に移動し、それに伴って空間全体が大きく歪み始めた。


「あの、クワーティ?これは……?」

「あぁ!アリスさん、説明が遅れて申し訳ない。でも安心して見ていて欲しい。漸く妾の計画は最終段階に入ったんだ!」


カシャカシャカシャカシャ……!


 機械達は移動のペースをどんどん上げていき、段々と目で追えなくなっていく。ドーム状だった部屋はもはや原型を留めておらず、私達が先程まで居た空間は内側が外になり、外側が内になり、前も後ろも分からない。目が回る……

 朦朧とした意識の中で、ホル族と名乗っていた彼らの声だけが辛うじて聴こえた。


「おぉ神よ!これが!これこそが貴方様最高の発明!そして計画……!感謝致します!!!」


――気が付くと、私は透き通った塔の天辺でベッドに横たわっていた。何故、自分が横たわっているのがただのベッドではなくてベッドだと認識出来たのかは分からないが、とにかく私は、目覚めた瞬間から何故かその状況を把握する事が出来た。


「お目覚めかな?アリスさん」


クワーティが隣の部屋からドアを開けて入ってくる。


「あぁ、クワーティ……一体何が起きたの?頭が割れるように痛いわ」

「無理もない。妾の研究が完成するまでアリスさんは7323689回も同じ体験を繰り返していたんだからね」

「何を言って……あぁっ!」


 ズキン、と頭が痛むと同時に私の脳内を幾つものビジョンが一気に駆け巡る――逆行エリアを抜け、ド・タイプとの再会、クワーティの登場、ヤンコ鍵盤の説明、グリ族の抗議――思い出した。私はのだ。あのベルが鳴るまで……


「漸く、成功したのね」

「あぁ。お陰様で」

「改めて説明して貰える?一体どういう事だったのか……」

「勿論!こっちに来てくれ」


 上機嫌のクワーティは、美しい翅を優雅に羽ばたかせながら隣の部屋へと手招きをした。チョウとして本来の姿を取り戻した彼女の所作は軽やかで、まるで踊っているかの様に見えた。

 招かれた部屋の中はとてもシンプルで、中央に大きな球体とその前に椅子が一つ。そして望遠鏡が置いてあるだけだった。


「アリスさんは、量子もつれを知っているよね?」

「えぇ。フーダニット卿から教えて貰ったわ。確か紐付けられた二つの量子が互いに影響し合うっていう……」

「その通り。彼はその理論を使って例のワープ機構や逆行エリアを作ったが、妾の発明品は謂わばそれの応用なんだ」

「と言うと?」

「詳しく説明するには、まずこの世界を構成している最小単位である"素粒子"に関して話しておかなきゃならない。イメージとしては、空間を敷き詰めている極めて小さな粒だと思ってくれれば良い」

「あぁ、確か高校で習ったわ。元素周期表とか……」

「もっと細かいよ!元素は陽子と電子の組み合わせで種類が分けられているよね?その陽子や電子は素粒子の組み合わせで出来ているんだ」

「なるほど、じゃあ素の素の素の素……みたいな事ね?」

「そう。とにかく、この世の全ての存在は素粒子から出来ているんだ。そして、それらは物質を司る粒子とエネルギーを司る粒子の二種類に大きく大別出来る。ここまでは大丈夫かい?」

「ええ。なんとか」

「まずフーダニット卿は物質を司る粒子とエネルギーを司る粒子をそれぞれ分けて考えた。そして二つの発明品……ワープ機構と逆行エリアを作り出したんだが、妾は両方の粒子を合わせて利用する事を考えたんだ」

「その二つを組み合わせるとどうなるの?」

「簡単に言えば、時間も場所も指定した状態で移動が出来る様になる。言うなれば完璧なタイムマシンさ」

「それって……どう凄いのかしら?」

「逆行エリアは確かにタイムトラベルを可能にはしているが、不安定な代物だ。どれだけ時間を操れたとしても決して場所は指定し切れない。そしてワープ機構、これは時間もそうだが出口を予め使っておかなければ全く機能しない。しかし妾の発明品は違う。自由に出口と時間を指定して、的確にそこへ行けるんだ。どうだ、便利だと思わないかい?」

「聞いてる限りだと、アナタの発明品の方が完全に上位互換に思えるわね。でもフーダニット卿がそっちに着手しなかったのは何故?その理論を組んでいた頃は、お互いに協力して研究していたんでしょう。なにか理由があった筈だわ」

「お察しの通り。妾の理論を実現するのは、ワープ機構や逆行エリアと比べて圧倒的に難しかったのさ。それこそ机上の空論と呼ぶに相応しいレベルだった。だからフーダニット卿は逆行エリア完成後、ワープ機構の方に着手し始めたんだ。口でこそ信じると言っていたが、結局のところ妾の理論に懐疑的な立場を取ったというわけさ」

「それで彼の元を去ったというわけね……でもその話を聞いても、まだ分からないわ。一体あの部族の振る舞いと、アナタの言う研究にはどんな関係があったの?」

「よく聞いてくれた!説明するよ。グリ族、ホム族、フル族。実はこの三種類の部族達は素粒子に意識を持たせたモノなんだ」

「素粒子に意識を?」

「そう。グリ族とホム族は片方が生まれた時、同時にもう片方も生まれる。互いに一組の対となる存在。だから元より共存しなければ繁栄し得ない。争って決着の着く相手ではないって事」

「……わざわざ無生物に意識を与えた上で、敢えて争わせた理由は?」

「うん、それも改めて説明しなければならないね。その為にまずは、妾の理論の概要から話さなければならない。それこそ正に、実験が成功するまでアリスさんにその内容を詳しく伝えられなかった理由でもあるんだからね」


 クワーティは声高に、壮大な計画の全貌を話し始めた……


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