第5話 ハート岩 対 影の少女
「……はぁ?」
影の少女の放った一言に場の空気が凍り付く。私とマクガフィンを取り込む為にワサワサと蠢いていた植物達も、一斉にピタリとその動きを止めた。
私達との戦闘を終え勝利の余韻に浸っていたハート岩は、唐突に現れた影の少女に明らかな動揺を見せた。
気付くと私のすぐ隣で蔓の塊がモゾモゾと動き、中からマクガフィンが転がり出てきた。彼との位置関係から、私達がもう本当に取り込まれる寸前だったことを理解する。植物達が動きを止めた事で抵抗出来るようになったのだろう、取り敢えず助かったと胸を撫で下ろした。
ボロボロのマクガフィンは蔓から逃れると爪を伸ばし、すぐさま私の方へ駆け寄って絡みつく蔓を切り落とすと、植物から解放してくれた。御礼を言おうとするも、先に彼が間髪入れずに謝ってくる。
「姫、すまん。油断した……」
俯く彼は少しくたびれて見える。連戦で体力を消耗したのだろうか、心配になった私は出来るだけ優しい言葉を選んで返した。そもそも彼が謝るのは筋違いだ。
「謝らなきゃいけないのは私の方よ、ごめんなさい。爪を仕舞わせなければアナタは巻き込まれずに済んだもの」
「いや、それでも姫を守れなかったのは事実だ」
「そんなに自分を責めないで。アナタは悪くないわ。それにこうして助けてくれてるじゃないの」
「……許してくれるのか?」
「当然じゃない!許すも何も、怒ってないわよ。アナタが無事で良かった」
「そうかありがとう!勿論、無事だぜ!」
私の言葉を聞くとマクガフィンは目に見えて元気になった。どうやらくたびれて見えたのは植物にやられたからではなく、私を危険に晒してしまった事を落ち込んでいた為らしい。
何処までも私を第一に考えてくれるマクガフィンの言動に、何とも言えない感情が湧いてくるのを感じる。どうして、彼はこんなにも……?
一方、マクガフィンは私の無事に安堵すると事態が急変した要因を探り始め、直ぐにハート岩と対峙する新たな存在を認識した。
「ところで……あれは一体、どういう状況だ?」
「えっと、私もよく分からないんだけど。私の影がいつの間にか少女の影になってて、その影が私から飛び出してハート岩の気を逸らしてくれたの」
「なるほど。姫の影……影の少女か」
マクガフィンは私の影が無くなっている事を確認すると、別段驚きもせずに状況を受け入れたようだ。
「そういえば、彼女がハート岩に話し掛けた瞬間、植物達が動きを止めたのよ。なんだか空気が一気に変わっちゃったみたいに……」
「そいつは凄いな。さっきも説明した通り、この世界じゃ住人達の理想がそのまま存在の強さになる。理想に近い存在が麗しいとされるが、その理想が強大であればある程、例えばあのハート岩が植物や周りの景色を自在に操っているみたいに、他の存在にも影響を及ぼしていくんだ」
「ってことは……ごめんなさい、どういう事かしら?」
「つまりだな、テリトリーを持てるくらいには強い存在であるハート岩を一言で圧倒した影の少女は、それ以上の強さを持った存在って事だ。景色も中途半端な時間帯で止まってる、恐らくハート岩の存在感があの少女に負けて、影響力が弱まったんだな」
「なるほどね!納得したわ。それにしても一体何者なのかしら、味方だとイイんだけど……」
石の様に動かなくなった植物達の前で、私達はハート岩と影の少女の様子を見守った。空に浮かぶ太陽は明け方か夕暮れか判別のつかない絶妙な光量で二人を照らし、辺りを静寂が包み込む。先に口を開いたのはハート岩である。
「あなた一体何処から……?いいえ、そんな事はどうでもイイわ!今さっきなんて仰ったの?聞き間違いだとは思うけど、"醜い"ツチクレとは言ってないわよね?このアタシのテリトリーにまさかそんなゴミがある筈はないものね?万が一、落ちていたのなら教えて下さらないかしら♡」
「キャッハハハハハ!」
ハート岩は努めて冷静に対応している様で、明らかに聞こえていたであろう悪口を看過する方向へと会話を切り出した。或いは本当に、自らが醜いツチクレなどと呼ばれたとは毛頭考えていないかも知れない。自分の理想を反映したこの《映えスポット》の何処かに、ツチクレと言われて然るべきゴミが落ちている事を本気で心配しているようにも見えた。
対する影の少女はハート岩の台詞を聞いた途端、お腹を抱えて背中を揺らした。ひとしきり笑ったような素振りをすると、やれやれといった様子でかぶりを振る。
全く立体感のない漆黒のシルエットでありながら、彼女の仕草はその一挙手一投足に至るまでシャランと音が鳴る様に可憐で、踊っているかの如く軽やかだ。然し彼女の口から発せられる言葉は氷のように冷たく、まるで鋭利なナイフの様にハート岩を突き刺した。
「あぁ可笑しい。驚いたわ、喋る土塊だなんて珍しいもの。笑わせてくれて有難う♤」
「まぁ!失礼しちゃうわね、よく見て頂戴!ハート型でしょ!アタシは土塊じゃない、ハート岩よ!」
「なんて事!歪な形だと思ったけど、それでハートのつもりだったの?気付かなかった♢」
「この麗しの国一番の映えスポットと言えば、このアタシなのよ!生憎ちょうど“取り込み中”だったけど、アタシには常に沢山の観客が居るんだから!彼らはいつでもアタシを褒め讃えてくれるのよ!まさに女王扱いでね!」
「あぁ、あの薄っぺらい雑兵の事?あんなヤツらの声なんか聞いてるからそんな弱い存在にしかなれないのね。ハートって言うから期待したのに、損しちゃったわ♧」
「あ、あなたさっきから語尾のソレ止めなさいよ!アタシのハートマークをバカにしてるの!?」
「あら、バレちゃった?けれど本当にマークを馬鹿にしてるのは貴女の方よ、ハート岩さん♢仮にも“ハート”の名を冠しているのにこんなにも弱い存在だなんて、一体どういうつもりなのかしら?トランプ兵もこんなグニャグニャのペラペラじゃ、忠誠心なんてあったもんじゃないわ♧形だけは似てるけど、彼らじゃどれだけ数を束ねても到底、女王を護る兵士にはなれない。残念だけど、貴女じゃ《ハートの女王》には役者不足よ♤」
「なっ?あなたねぇ!いい加減にしなさいよ!どれだけ麗しいか知らないけれど、アタシだっていつまでも大人しくは……」
「威勢だけは良いわね、でも貴女に何が出来ると言うのかしら?土塊は土塊らしく黙って居ればいいのに」
「――ッ!――っ!?」
「そうそう。それで良いのよ……良い事?そのまま御利口さんに大人しくして居られるのなら、勘違いでイタいくらいにゴツゴツした貴女の醜い存在を、子供が丁寧に作った泥団子程度には柔らかくて可愛らしくしてあげても良くってよ?」
「!!!!!!」
ハート岩は「黙って」と言われただけで、本当に口が聞けなくなったようだ。どうやら影の少女の強さは別格らしい。
さて、立て続けに受けた暴言に加え発言すら封じられてしまったハート岩だったが、驚くべき事に少女からの提案には必死な様子で頷いて見せたのだった。彼女の頷きを見た影の少女が腕を抱えて頬杖をつき「どうしようかな」と悩む素振りをすると、ハート岩はいよいよ地面に顔を擦り付けて頼み込んだ。
「アドバイスしてあげても良いけど、代わりに貴女はこのまま二度と話せなくなる。それでも良いのかしら?」
「――!!――!!!!」
影の少女の確認に対しても、前のめりに懇願を続けている。彼女にとっては会話による他者との意思疎通よりも、ただただ自分の存在をより良くする方が優先すべき事なのだろうか。その姿は病的ながらも、ある意味純粋で健気にすら見えた。
「ねぇマクガフィン、この世界では自分の理想が一番重要なのよね?他人からのアドバイスを受け入れるなんてことあるの?」
「いや、普通は有り得ないな。ただ、理想像がブレている者は、より麗しい存在に憧れる事がある。存在の強い者が周囲に影響を及ぼす事は説明したよな。その逆で、自分の世界が弱いヤツはそれだけ自分の理想を変化させる事にも抵抗が無い。良く言えば柔軟、悪く言えば流され易いってこった」
「ハート岩はかなりの影響力を持っていたし、理想も強いって印象を受けたけど……芯が弱かったって事?」
「長い物には巻かれろってスタンスなのかもな。あれだけ極端に対応を変えるのも、この世界じゃ珍しい。上手くアドバイスを受け取れば彼女は更に強い存在になれるわけだからな、
「そういうものなのね」
「ただ、アドバイスを受けて存在を変化させる場合にはあるデメリットがあるんだ」
「デメリット?それって……あ!」
――スポン!
「ん?」
――マクガフィンの説明を聞こうとした矢先、状況に変化が訪れた。話している間も私達を置いてけぼりにしたまま、ハート岩と影の少女のやり取り(と言っても話すのは影の少女だけである)は続いていたのだが――
「いいわ、その素直さに免じて教えてあげる。まず貴女に足りないのは……サイズね!エッフェル塔……富士山……エベレスト……向こうの世界で有名な観光名所はとにかく全部大きいわ。この世界一の名所になりたいのならもっともっと大きくなって、どこからでも見えるくらいにならなくちゃ」
「!!!」
「大きくなれば、今は分かりにくいそのハートのシルエットも、きっと綺麗に見えるようになると思うわ!どう?素敵だと思わない?」
――ザワザワザワザワ
「確かに、もっと大きい方が見栄えするよね」
「そう思う!」
「遠くからも見えた方が良いよね」
「荘厳な感じしそうだよね」
――ザワザワザワザワ
「!!!!!」
影の少女の提案に同調するように、固まっていた植物達も一斉に話し始める。ハート岩はフォロワー達のその様子にも納得した様子で、激しく頷いていた。そしてグラグラと頷く動作を続けた末に、本体を支える軸となっていたハートの先端が地面から引っこ抜け――スポン!ゴロゴロゴロ……ヒューーー……ポチャン!彼女は、あっという間に転がって、崖の上から海へと落っこちてしまった。
「え?えぇっと……これでおしまい?」
見守っていた私は拍子抜けて、思わず声に出してしまった。直前まで私達をあれだけ追い詰めたハート岩が、こんな呆気ない負け方をするものなの?
影の少女は双眼鏡を覗くような格好でハート岩の落ちていった崖の下を覗いている。私達の背後に居た植物達も自由を取り戻したのか一斉にワラワラと崖の方へと動き出し、影の少女と同じように崖の下を覗いてハート岩を探し始めた。マクガフィンは納得した様に頷いている。
「あぁ、アイツ……アイデアを持ち逃げしたな。やっぱりどこまでも強かなヤツだぜ」
「持ち逃げ?って事は、あの少女が勝ったわけじゃないの?」
「そうだな、無効試合だ。えぇと、まずはデメリットの説明からするぜ。本来、誰かのアドバイスを受け入れて強くなるにはその相手に負けた事を認めなきゃならないんだ。一度負けた上で、相手から学んで更に強い存在を目指す。コレが正しいアドバイスの受け方だ」
「珍しく筋が通ってるルールね。理解出来るわ」
「まぁな。昔はコレが絶対だった。負けを受け入れて成長しなければ、相手の事を理解して自分の糧としなければ、どれだけ強かろうが歪んじまうからだ。自分の中に他人に影響されないくらいに強い芯を作る方法は、何度も折れて学ぶ事なんだ。素直に色んな事を受け入れて様々な角度の思想を得た末に、それでも自分の中に残り続けるモノ――それこそがソイツの芯なのさ。一度も負けた事がないって奴はよっぽどの天才か、独り善がりのバカだけだ」
「なんだか説教臭くなってきたけど……分かるわよ、続けて。“昔は”て事は、今は変わってしまったの?」
「さっきのハート岩を見たろ?アイツは御礼も言わずに逃げた。影の少女のアドバイスを聞いた瞬間、自分に都合の良いところだけ持ち逃げしたのさ。本来は対価に何か渡して正式にアドバイスを受け入れるもんだ。そうする事で教えた側の存在も補強される。あれじゃ少女は教え損だよ」
「そうなの?あの少女は対価に声を奪ったんじゃないの?」
「違うな。少女の影響下では話せなかったかも知れないが、その場凌ぎの嘘だろう。きっと逃げた先で、またペラペラと喋り倒すはずだ」
「誰が逃げたですってえええええぇぇ」
マクガフィンが喋っていると、突然ハート岩の声が辺りに響き渡った。ついさっきまでの甲高い声ではなく、野太く腹の底から出ているような力強い声である。地面が揺れる。
――ゴゴゴゴゴゴ……!
「ほらな?やっぱり嘘だったろ、もう好き勝手に喋ってやがる!」
「本当ね……じゃなくて!また揺れてるんだけど!デジャブなんだけど!これ大丈夫なんでしょうね!?」
「取り敢えず飛んで逃げ……いや、ちょっと待て!まさかアレ、ハート岩か?」
マクガフィンの視線の先、ハート岩が落ちていった崖の向こう。確かに先刻までは海だった、水平線が見えていたそこには……途轍もなく大きな山が出来ていた。いや、正確には山ではなく山脈と言うべきか。山嶺は歪ながらも、並んだ二つの大きなカーブを描いており、奥に小さく見える太陽に照らされている事で辛うじてそれがハートマークの上の部分である事が認識出来た。見上げても見上げきれない程に大きくなったハート岩が、突如出現した山の正体であった。
「アタシが逃げるワケないでしょうがあぁ!少し成長する為にお水を呑んでいただけよおぉ!」
「“少し”だって?笑わせるな!馬鹿みてぇにデッカくなりやがって、コレだから持ち逃げするヤツはダメなんだ。節度を知らねぇ!」
「ああぁん!?アタシのフォロワーに惨敗したぬいぐるみ風情が生意気言ってんじゃないわよ!それに悪いけど、今はあんたなんか眼中に無いの!アタシはこの影の小娘をブチのめして女王になってやるのよ!」
「あらあら、威勢が良い事。約束を破っておいてその態度はないんじゃない?」
影の少女は目の前の巨大な化け物に臆する事なく対峙した。彼女の周りで、ハート岩を探しに集まっていた植物達が不穏に蠢き出す。なんだか彼らのサイズも心なしか大きくなっている気がする。
「相変わらずの上から目線ね!ムカつくったらありゃしない……そうそう!アドバイスありがとう!もうあんたに圧倒される事もなく好きに喋れるわ!」
「あら良かった。けれどアドバイスは最後まで聞くものだと思うわよ?」
「なぁに、いまさら説教する気?アタシが小さいサイズの内に言っておくんだったわね!さぁ、フォロワー達!あんたらも大きくしてやったんだ、やっておしまい!!!」
ハート岩の号令が飛び、植物達は一気に襲い掛かる――かと思いきや、彼らは大人しくザワザワと葉を擦り合わせるだけだった。
「?何をしているの?フォロワー達!動きなさいよ!」
「キャッハハハハハハ!!!」
影の少女の無邪気な笑い声が不気味に響く。植物達は相変わらず動かない。ハート岩の狼狽た声が響く。
「あ、あんた、一体アタシのフォロワー達に何をしたの!!!」
「何も?変わったのは貴女でしょう?お望みなら聴かせてあげるわ、アドバイスの続きを……」
――ザワザワザワザワ
「なぁにこれ?」
「分かんない、けど可愛くは無いよね」
「あの小さいのが好きだったのになぁ」
「分かる、こんなゴツいの好きじゃない」
「何処にハート要素があんの?」
「このサイズでハートとか重過ぎるわ」
「原形留めてないの笑う」
――ザワザワザワザワ
「え、なに、どういうこと?アタシはあんた達が大きい方が良いって言ってたから、こうやって大きくなったのに……」
――ザワザワザワザワ
「興味無くなったわ」
「もうハートでも岩でも無いよね?フォロー外そっと」
「アタシも〜」
「オレも〜」
――ザワザワザワザワ……スポン!スポン!スポン!コロコロコロ……
あれだけ熱心にハート岩を讃え、群がっていた植物達は口々に彼女を罵倒し始めた。かと思えば次の瞬間、その蕾達は一斉に花開き、満開の花の中から小さな種子達が次々と転がり出して行く……
「ちょっと!待ちなさいよ!あんた達!嫌!!イヤ!!!待って!お願いだから行かないで!あなた達の言う通りにするから!アタシを置いて行かないで!独りにしないで!」
ハート岩が必死に叫んで引き留めるのも虚しく、植物達の開花は止まらない。最後に残ったのは沢山の大きな、綺麗な花の抜け殻だけ。
「ううぅぅどうして……アタシは言われた通りにしただけなのにぃ……」
「泣かないで。もう終わったのよ、お馬鹿さん。誰も貴女自身に惹かれてたワケじゃない。流行は廃れるモノよ。貴女は只の木偶。周囲の評価に合わせるのに必死で自分自身を見失いそれでも尚、自分が選ばれていると勘違いした哀れな操り人形。偶像じゃなく愚像だわ」
「あああ!あああああああ!!!うわああぁぁぁん!!!!!」
雄叫びと共に、山脈に幾つもの亀裂が入りそこから一気に水が溢れ出す。突風が巻き起こり、残っていた花の抜け殻が儚く散っていく――決着が付いたようだ。
「終わったのね……」
「あぁ。それにしても凄い勝負だった。こんな名勝負はなかなか見れるもんじゃないぜ」
「ハート岩の敗因はなんだったのかしら?やっぱり理想の弱さ?それにしては“みんなの憧れ”への執着はかなりのモノに見えたけど……」
「どうだろうな。彼女が理想とするのは《誰からも愛される存在》だったよな。人気であることが根底の意識だとすれば、その概念は他者に依存する事になる。もしかすると常に他人からの評価が中心であった為に、彼女自身の理想には確固たる具体的な像が無かったのかも知れん」
「”人気“という、周囲のリアクションからでしか得られないモノ自体を欲してしまったから、彼女自身がなりたいモノは存在していなかった……って事ね」
「周囲を巻き込む程の強さがあると思っていたが、実際には周囲が彼女の存在を成り立たせていたんだな。彼女はその構造の逆転を知ってか知らずか、自分の強さとして利用していたワケだ」
「だから、あの植物達が居なくなったと同時に彼女は力を失ったのね……でも幾ら考えてもどっちが本体なのか分からないわ」
「それにしても恐ろしいのはあの影の少女だぜ、アイツはハート岩の傲慢さと、フォロワーの付和雷同な性質を見抜いていたんだ。そして彼女が約束を破って直ぐにリベンジしてくると解っていた。だから敢えて大きくなるのを見逃して、フォロワーを利用する事で両者とも確実に葬ったんだ」
「自業自得って感じはするけど、あんなに言われるのも少し可哀想ね」
「いや、ハート岩はあのままじゃ永遠に空っぽなままだった。きっと救われたろうよ」
――ズズ……ン……シューーーッ!
遂に山脈は崩れ去った。ハートの山なりの出っ張りから、僅かに残る水が間欠泉のように噴き上がる。大きな水飛沫が何度か上がり、そこに大きな虹が掛かった。
噴き出す水に混じって、小さな礫が私の方へ飛んで来る。咄嗟に両手で受け止めた。
「これは……」
「あぁ、きっとそれがハート岩の本体だったんだろう」
両手の中にあったのは小さなルビーの宝石……に似た、真っ赤な植物の種子だった。種子は小さいながらも、硬い殻を輝かせている。紅玉と言っても差し支えない程に綺麗なその種は、ハート型のくぼみの中心から僅かに青い芽を出そうとしていた。
大丈夫、まだ腐っていない。この種子はこれから、どんな立派な花を咲かせるのだろうか。
私は土を幾らか摘んでポケットに詰め、ハート岩だったその種子を一緒に仕舞った。もっと色んな住人が居る所に埋め直してあげよう。今度花を咲かせた時に、ちゃんと沢山の人に可愛がって貰えるように。
「あ、姫!影の少女が……」
「えっ?あっ!」
マクガフィンが指差した先は、ハート岩が立ち塞がっていた向こう側だった。山脈から溢れ出た水流の勢いで土地が削れて侵食されたのか、いつの間にやら崖は崩れ去っており、開けて見通せる水平線の上を影の少女が踊るように進んで行くのが見える。
水の上を歩いている様に見えたが、なんて事はない。水の中には山脈の残骸である土が小高く積み上がっており、ちょうど砂浜の水際の様に一定の幅でずーっと向こう側まで一本道が出来ていたのだ。そしてその道の先に、さっきは絶対に無かった向こう岸が見えていた。余りにもデタラメな地形変化だが、もはや気にならない。
「姫、追い掛けるぞ!きっと《出口》はあの向こう岸だ!」
「本当に?」
「いや、すまん嘘ついた。《出口》があるかは分かんねぇ。けどあの少女を追い掛けなきゃ……だってあれは姫の影だろう?見失うのはマズいんじゃねぇかな」
「あっ!そうだった!待ってぇ!私の影〜!」
私の呼び掛けに反応する筈もなく、影の少女はどんどん先へと進んで行く。私達は必死に少女の後を追い掛けるのだった。
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