第2話:親友


『見送りになんて絶対に来るな!』と言ったら、フィリアは本当に来なかった。薄情だ。でこぼこした道の先には、彼女の家が小さく見える。今、中にいるのかな? 正直、ひと目でいいから顔を見たかったな。

「四年かぁ……」





 馬車に揺られていると眠くなってくるのは人間のさがなのかもしれない。うつらうつらしながらも見慣れた景色を焼き付けておこうと、僕はまぶたと格闘していた。

 この馬車には、村で獲れた作物が目いっぱい積み込んである。王都で定期的に開かれるバザーに出店する為だ。王都までの道のりは険しく、山を三つ超えなければならない為、馬車でも五日はかかる。

 わざわざそんな遠い所にまで売りに行く必要があるのか? とも思うが、そこでの利益が、村の収入のかなりの割合を占めているというのだから仕方がない。

 王都行きの馬車を出すと聞いたから“渡りに船”と便乗させてもらっているけど、五日間も野菜に埋もれなければならないのは心底不本意だ。


 四日目の夜。眼下に王都の灯りが見える。明日陽が昇ってから山を下れば、夕方には街に入れるだろう。



 王都には何でもあるらしい。いや、ない物もあるだろうけど、おおよそ思いつくものは全て揃っている。領地の街や村から珍しいものが集まり、それにつられて人も集まってくる。そうして経済が回って王族が豊かになれば、当然領民にも恩恵がある。言わば“持ちつ持たれつの関係だ”……なんてことは口が裂けても言えないけど。

 

 ここは人が本当に多く、そして煌びやか。僕みたいなド田舎出身者には、慣れるまでかなり時間が必要だった。馬車の荷物は、行商ギルドの倉庫へ持って行かなければならないという事で、街に入ってすぐに別れる事になった。何というか……めちゃくちゃ心細い。


 王都に来てまず驚いたのは物価の高さだった。何から何まで桁違い。村なら三日分の食費で、ここでは夕食一回分にしかならない。そのでは、着飾ったお姉さんが隣に座って食べさせてくれたり、初めて見るメニューがわからない僕のために、気を利かせて勝手に注文してくれたりもした。でも、いきなり手を握って胸を押し当てられた時は、流石に焦って、逃げるように店を出て来てしまった。何故かフィリアの顔が脳裏を横切ったんだ。

 なんにせよ、初めての王都での食事。なんとも気分のイイ店だったな。

 

 つくづく思う、王都は本当に凄い。


 その日は旅人用の宿に泊まる事にしたんだけど……しかし、何とも不思議な感じ。一晩の宿代が。なんてサービスの良い宿なんだ。


 朝になり、入学手続きの為にアカデミーに向かう。凄く大きい建物だ。門から中庭に向かうと、そこには何やらそこそこ威厳のある胸像が立っていた。このチョビヒゲが誰かは知らないけど。

 切り出した石を積み上げて建築された頑丈な校舎。細部にはレリーフが刻まれていて、重厚さと繊細さが融合している洗練されたデザイン。校舎中央にはレザリアの紋章、“翼の生えた猛々しい獅子”が描かれている。この場にいるだけで、自分が少し強くなった気分になる。


 事務手続きは身分照会だけであっさりと終わった。そのまま寄宿舎へと案内される。ここには寮長はおらず、生徒が協力し合って管理しているらしい。これは自主性と協調性を育てる為だという。つまり、どちらも騎士になるために必要な要素という事なのだろう。


 割り当てられた部屋に行くと、そこにはすでにルームメイトが荷ほどきをしていた。彼はグレイと名乗った。僕の村とは、王都を挟んで真反対に位置する小さな町の生まれだ。幼くして両親を亡くし、孤児院で育てられたらしい。天涯孤独の身でありながらアカデミーに入学するという快挙に、孤児院ではお祭り騒ぎだったそうだ。


「よろしくな、レトリ」

「こちらこそ、グレイ」

 自然に握手を交わした僕らは、その日から親友とも呼べる間柄になった。周りの人の期待を一身に受けて送り出された事。王都みたいな煌びやかな街に初めてきた事。色々と似た境遇が多くて、荷ほどきの手を止めて語り合ってしまった。


 これから四年間、アカデミーと寄宿舎を往復するだけの毎日だ。それでも毎月一日だけ休みの日があって、その日ばかりは皆街へ繰り出しストレス発散をする。僕はグレイと武器防具屋巡りに興じた。今迄見た事のない派手な装飾の鎧。そして剣身が光り輝くロングソード。田舎町ではお目にかかれない逸品揃いに目を奪われ、いつの間にか陽が傾いてしまっていた。


「もうこんな時間か。なんかゴメンつき合わせちゃって」

「いやいや気にしないでいいよ。レトリにこんな趣味があったなんて驚きだったけど」

「僕の所は田舎の村だから、こういうの憧れていたんだ」

「あ、わかるよそれ。俺のとこも街って言いながら何もないからな~」


 次の休みはグレイの趣味に付き合おう。彼の好きな物事も知りたいし。それがGIVE&TAKEってやつだよね。


「あ、そうだ……グレイ」

「ん?」

「晩飯何か食べたいものある?」

「いや、特には。レトリは?」

「ちょっと高いけどいい店があるんだ。王都に来て初めて入った店なんだけどね……」


 その日、僕は初めて“ぼったくりバー”という危険な魔境がある事を……グレイに教えてもらった。『授業料だと思って割り切ろう』って言ってたけど、意味が分からない。



 アカデミーでは剣技や防御術、法律に経営学まで、ありとあらゆる事を叩きこまれた。四年間なんてあっという間に過ぎていく。その間何度か、バザーで来る村の人に手紙を預けたりしていたんだけど、結局一度も返事が来ることはなかった。『勉学に励め』という気遣いだと理解しているが、それでも返事が無いのは寂しい。


 薄情じゃないか? ウチの親も……フィリアも。



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