第3話:戒律

 「お主は何をもって戒律となす?」


 この問いは、”何のために騎士になるのか”という誓いであり、アカデミー卒業の儀式だ。

 殆どの騎士見習いは『王家の為に』とか『家族の為に』といった当り障りのない物事を戒律の対象とする。これは戒律に違反するような事があっても、対象次第で許容範囲に収まってしまうからだ。

 仮に、酔った上での喧嘩で誰かを傷つけてしまったとする。しかし『あいつは私を侮辱しました、王家直属の騎士をです。それは王家を侮辱した事。だから、私は王の為に剣を抜きました』という詭弁で免罪となる。

 悪い言い方になるが、自己保身の意味もあって戒律を上手く利用しようとする輩が多いのは確かだ。



「全ての民の笑顔の為に!」


 だから、恥じらいもなくそう言い切った僕に、皆は嘲笑の目を向ける。これはかなり強い戒律だ。呪いと言っても言い。もし僕のミスで誰かを泣かせてしまったら、どんな言い訳をしようと戒律違反になってしまう。だが、それがどうだと言うのだ? 自分の信念に従う。それだけだ。

 多分こんな仰々しいともとれる戒律を誓う卒業生は、近年いなかったのだと思う。壇上にいる学長は目を丸くしながらも『素晴らしいfeeling great』と嬉しそうに声をかけてくれた。初めて話したけど、イイ人だ。チョビヒゲだけど。

 グレイはそんな僕を横目で見ながらニコっと口角をあげ、皆に見えない様にサムズアップで応援してくれた。そんな彼の戒律は『子供達の為』だった。それが“孤児院の子供達の為”という意味合いが強い事は、僕しか知らない。


 戒律は一人一人に魔法をかける事によって成立し、騎士見習いは“準騎士”となる。この魔法は自分自身が規律を破ったと認識した時に即時魔法が発動し、二度と剣が持てない身体になってしまう。そして、その上で司法裁判を受ける事になる。裁判と言っても魔法が発動している時点で有罪は確定なのだから、単なる形式でしかない。だが、それだけ強力な誓約があるからこそ、皆の規範たる騎士になれるんだ。


「これで晴れて騎士の仲間入りだな!」

「ああ、グレイは所属どうするんだ?」


 準騎士になったとは言え、すべての者が王都に仕える訳ではない。他にも辺境の監視や未開地の開拓等、騎士としての仕事は幅広い。毎年、アカデミー卒業者の半数程が、自分の出身地等の防衛配属を希望する。


「例に漏れず、かな」

「故郷に帰るのか」

「レトリは考え変わらずか?」

「ああ、僕は王騎旅団希望だ」


 王騎旅団。それは王の威厳の元、未開地の開拓や辺境の警備、目の行き届かない村々へのサポート、そして場合によっては他国との折衝も行う事がある。その雑多な内容の為毎年希望者は皆無に等しく、極々稀に僕の様なもの好きが入団するだけだった。『レトリらしいよな』と苦笑いするグレイ。

 もっとも僕の場合は、他にも目的があった。を探す事だ。流石にこれはグレイにも話していない。アカデミーでは空き時間を使って図書館に入り浸り、調べられるだけ調べたが何の手掛かりもなかった。それはつまり、どこかの国の紋章や、表立った組織のマーク等ではなく、広く認識されていない“盗賊や宗教等”で使われている可能性が高いという事だ。

 そんな途方も無いものを探すには、辺境を飛び回れる王騎旅団に所属する事が最も理にかなっていた。



 配属は二週間後。それまでは自由行動だ。配属先が地元の者は、最後の王都を満喫し、逆に王都に配属される者はこの機会に里帰りをする。

 もちろん僕も帰郷組だが、一つ気がかりなことがあった。去年の秋ごろからか、僕の村がバザーに参加していないみたいだった。不作だったのかな? だとしたら食べ物少なくて困っているかもしれない。支給された支度金で目いっぱい食料を買い込んで帰ろう。

 あと、フィリアにも何か……指輪とか。いや、流石にそれは引かれるだろうな。ピアスとかペンダント……ダメだ、こういうの苦手なんだよな。あ、普段身に着けるものが良いかも。でも服や帽子だと周りの人にすぐばれちゃうし、う〜ん……



「……なあ、グレイ。女性の下着って、どこで買えばいいんだ?」


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