第4話:帰郷
下着のプレゼントはグレイに全力で止められた。なんでだろう? でも『ピアスがいいよ』とアドバイスもくれた。さすが親友。最初は僕に女装趣味があると思って引いたらしい。プレゼントに決まっているじゃないか、失礼な。
王騎旅団への正式配属はまだ先だけど、一時帰郷の為にと旅団の備品であるホロ付きの馬車を貸し出してくれた。これは超特別待遇らしい。市場に行き、野菜や乾物、珍しいフルーツ、塩で辛く煮込んだ貝など、皆が喜んでくれそうなものを片っ端から買い込んだ。そして護身用の剣をあつらえて、いざ出発!
王都に来た時と同じく五日の旅程。今回はちゃんと寝るスペースを確保してある。途中、野犬に襲われる事があったけど、それ以外はまあまあ順調、問題ない。
辺りが段々と懐かしい風景になってきた。この風の匂いと湿り気、街道脇に広がる草原がさわさわと、久しぶりに帰ってくる僕の噂でもしている様だ。
「それにしても……」
たった四年なのに、妙にさびれてしまったな。村の入り口にあるウェルカムボードなんて、鎖が片方切れてブラブラしているし、街道付近の草も伸び放題になっている。
――何かおかしくないか?
村が見えてきてその違和感が更に増した。道の脇に広がる畑は雑草だらけで、お昼時なのにどの家からも炊煙が上がっていない。僕は妙な不安感に駆られ、家に急いだ。
「母さん、父さん!」
声をかけながら、ボロボロの扉を開けた。粗末な石づくりの家だったが、毎日掃除して綺麗にしていたはずだ。だけど今は、テーブルやイスが倒れ、衣類は散乱し、食器や花瓶が床に転がっている。部屋の隅や天井は蜘蛛の巣だらけで、明らかに人が住んでいる状態ではなかった。
「まさか……レトリ坊か?」
呆然としている所を背中から声をかけられ、意識を引き戻される。
「三辻のじいちゃん」
村の入り口から三つ目の辻に家がある事から、村の皆からそう呼ばれている人だ。子供の頃から世話になっているけど、今は懐かしんでいる場合じゃない。
「まさかと思ったが。やはりレトリ坊か」
「じいちゃん、これはいったい……」
訳も分からず疑問をぶつけたけど、じいちゃんは慌てて僕の服を引っ張り、家の陰に座らせた。
「悪い事は言わん、すぐにここから逃げるんだ」
「母さんと父さんは……?」
じいちゃんは目を伏せたまま、少し間を置いて……小さく頭を振った。
「なんで、いったい何が……」
――フィリアは?
「フィリアは無事なのか?」
僕は声に出すと同時にすでに走りだしていた。
「よすんだレトリ、行っちゃいかん」
じいちゃんの声が遠くなる。何もわからないままひたすら走った。僅か数百メートルでも、この時ばかりは走っても走っても全然距離が縮まらない気がした。
じいちゃんの口調と態度、それだけでも異常事態になっている事は理解出来た。背を低くして慎重に近づき、入口で聞き耳を立てる。何が起きているかわからない以上、状況把握は最優先事項だ。
中から音が聞こえる。一定の間隔でイスか何かを引きずるような『ギィ、ギィ』という音。それに続いて『やめて下さい』という声。一瞬、剣の柄に手をかけたが、先に中を確認するべきだと頭の中を切り替えた。
窓からそっと中を覗き込んだ。そこに見えたのは、左腕をひねり上げられて、テーブルの上に押さえつけられている女性。痩せこけてはいるが、間違いない、フィリアだ。反対の手で右肩を押さえられ、スカートを腰までたくし上げられていた。その露わになった白い下半身の上で、知らない男が動いている。
心臓が跳ね上がり、呼吸が出来なくなった。怖いのではなく、ずっとずっと好きだった
――早く助けなきゃ
しかし、ドアに手をかけようとしたその時『やめて』と懇願する声に、吐息と喘ぎ声が混じるのが聞こえてきた。その時僕は、胃の中のものが逆流してくるのを感じたんだ。
「おう、だいぶ身体が慣れて来たみたいだな」
「アニキ~。そろそろ替わってくださいよぉ」
「ふざけんな。まだ俺の番だろ」
頭の中が真っ白になる。そしてその白い虚無を、ドロドロとした黒い何かが覆っていく。剣を抜き、扉を蹴破り、その勢いのまま部屋の中に飛び込んだ。
視界には3人の盗賊。左側には手の上でナイフを遊ばせている男、その横には椅子に座っている男、そして正面にフィリアに覆いかぶさっている男。常識的に考えれば最初に狙うのは得物を持つ相手だ。
――でも今はそんな事はどうでもいい。
突然の襲撃に一瞬動きが止まる男達、僕はかまわず覆いかぶさっている男の脇腹に剣を突き立て、そのまま押し込んだ。肋骨に当たり刃が通らない。しかし、かまわずそのまま全体重を乗せて剣を押し込む。骨が折れる感触と、続いて内臓に刃が食い込んでいく気持ち悪い感触。
男はかなり恰幅が良く脂肪だらけだ。剣を抜いた時、血よりも白い脂の方が多く付着していた。それがあまりに気持ち悪く、その場に剣を投げ捨てた。
「豚野郎が……」
ナイフを持った男が後ろから刺しに来る。王国騎士も甘く見られたものだ。ナイフを持つ右手首を掴み、股間を蹴り上げる、手から離れたナイフを掴み、椅子に座っていた男に投げつける。様々な事態を想定した訓練は受けて来た。一撃で相手を無力化する方法もだ。
そのナイフは男の眉間を確実にとらえ、その場に倒れた。その男はテーブルの上に置かれた剣を取ろうとしていたようだ。ズボンや上着と一緒に無造作に置かれた剣。僕はそれを手に取り、最後の1人を叩き斬った。
呼吸を整え、部屋を見渡す様に視線を泳がすと、壁掛けの古い鏡が目に入る。
――その中には、豚どもの返り血と、自分のゲロにまみれながら……立ち尽くしている僕がいた。
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