亜麻色の騎士
猫鰯
第1話:幼馴染み
どうやら僕は人間に産まれ変わったようだ。
馬だったのか、それとも牛か? 以前はどんな生物だったかすら記憶にない。悪魔に蹴られ、無造作に殺された事だけは覚えている。記憶にあるのは、殺される瞬間に見えた剣の柄。真っ赤な悪魔が振り下ろした“それ”には二匹の蛇が絡まり合った紋章が刻まれていた。
その僕が人間に生まれ変わったのは“皮肉以外の何物でも無い”だろう。だけどこれは僥倖だ。僕は人間の力を使って、僕を殺した悪魔を見つけ出すんだ。
♢
「――トリ」
「レトリってば!」
少しだけ冷たいそよ風が、芽吹いたばかりの香りを運んできた。さわさわと草を奏でながら、ゆっくりと流れる時間に興を添える。陽はぽかぽかと辺りを照らし、僕は草原の木陰で
「起っきろー!!」
そんな至福の時間を力任せに叩き壊し、夢の中から僕を引っ張り出そうとする凶悪な女。無駄な抵抗だと解っていながらも寝たふりを続ける。この間はわき腹をくすぐられて負けた。その前は耳に息を吹きかけられて声が出た。今日こそは何があっても起きない、起きてやらない!
彼女の手が僕の頬を触り、親指で唇を撫でる。『うふっ』と小さく声を漏らすのが聞こえた。それも、僕の顔のすぐ近くでだ。薄目を開けてみると、彼女の顔が至近距離にある。遊ぶかのように、上唇と下唇の間に指を滑り込ませてくる。彼女の爪がカツン…と軽く歯に当たった。
何をする気だ? まさか、まさかキ……
「……」
「……」
「……」
「ぶほっ!!!!!……げほっ…ぅえ……」
「あ、やっぱり起きてた」
なんで嬉しそうなんだよこの女は。それよりも……
「寝てる人の口にレモン突っ込むな!『起きてた』じゃねーよ、そんなん寝てても起きるわ。ご丁寧に輪切りにしやがって」
「ふ~ん……」
僕の顔をまじまじと見てくる、クリっとしたアーモンド形の目。フワッと風になびく亜麻色の髪からは、
「キスでもすると思った?」
「アホか!」
うう、図星だ……。魔法でも使っているのかと思う位、いつもいつも考えを読まれてしまう。彼女の名前はフィリア。隣の家に住む幼馴染みで二つ年上の十七歳だ。もっとも隣の家と言っても、こんなド田舎では数百メートルも先なんだけど。
「やっぱり思ったんだ~。ま、レトリも男の子だもんね~」
「うるせ。いつまでもガキ扱いするな!」
「ふ~ん。じゃ、大人のレトリ君に伝言。『さっさと帰ってきて明日の支度しなさい』だって」
「なんか一言多いんだよな、おまえは」
「こら、美しいお姉さんに向かって“おまえ”とか言っちゃだめでしょ」
普通、自分で美しいとか付けるか? ……まあ、否定はしないけどさ。正直ムラムラして眠れない夜もあったしな。これでもうちょっと大人しい性格だったらいう事ないのに。
一週間後に僕は、
王国騎士は専守防衛を戒律としている。王家の守護が
逆に、他国に攻め入る事を目的とした戦闘集団もある。こちらは指揮系統こそ王国直属ではあるものの、基本的には傭兵を雇い、成果に応じて報奨金が支払われる。その為戦争ともなれば我先にと先陣を切り、屠り、嬲り、犯し、制圧をする。
――地位・名声・誉れ。立身を望む者ならば、誰もが王国騎士を目指す。
金が欲しければ傭兵になれって昔から言われている。もちろん生活の為にお金はあった方が良い。でも僕は嫌だ。人を殺す事を前提にお金をもらうなんて、そんな野蛮な連中と一緒にされたくはない。
「明日から寂しくなるね~」
「あれ、フィリアでも寂しいなんて事あるんだ」
今までからかわれた仕返しに、最後に笑い飛ばしてやった。
「ああ、私じゃなくて。レトリが寂しがるだろうなって」
「はあ?」
「私と会えなくなって寂しいでしょ?」
「なんでだよ!」
「キスされると思ってたくらいだしね~!」
……くそ、最後に笑い飛ばされてしまった。
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