亜麻色の騎士

猫鰯

第1話:幼馴染み

 どうやら僕は人間に産まれ変わったようだ。


 馬だったのか、それとも牛か。以前はどんな生物だったかすら記憶にない。悪魔に蹴られ、無造作に殺された事だけは覚えている。記憶にあるのは、殺される瞬間に見えた剣の柄。真っ赤な悪魔が振り下ろした“それ”にはが刻まれていた。

 

 その僕が人間に生まれ変わったのは皮肉以外の何物でも無いだろう。だけどこれは僥倖だ。僕は人間の力を使って、僕を殺した悪魔を見つけ出すんだ。





「――トリ」


「レトリってば!」


 少しだけ冷たいそよ風が、芽吹いたばかりの香りを運んできた。さわさわと草を奏でながら、ゆっくりと流れる時間に興を添える。陽はぽかぽかと辺りを照らし、僕は草原の木陰で微睡まどろんでいた。


「起っきろー!!」


 そんな至福の時間を力任せに叩き壊し、夢の中から僕を引っ張り出そうとする凶悪な女。無駄な抵抗だと解っていながらも寝たふりを続ける。この間はわき腹をくすぐられて負けた。その前は耳に息を吹きかけられて声が出た。今日こそは何があっても起きない、起きてやらない!


 彼女の手が僕の頬を触り、親指で唇を撫でる。『うふっ』と小さく声を漏らすのが聞こえた。それも、僕の顔のすぐ近くでだ。薄目を開けてみると、彼女の顔が至近距離にある。遊ぶかのように、上唇と下唇の間に指を滑り込ませてくる。彼女の爪がカツン…と軽く歯に当たった。


 何をする気だ? まさか、まさかキ……

 

「……」

「……」

「……」

「ぶほっ!!!!!……げほっ…ぅえ……」


「あ、やっぱり起きてた」

 なんで嬉しそうなんだよこの女は。それよりも……


「寝てる人の口にレモン突っ込むな!『起きてた』じゃねーよ、そんなん寝てても起きるわ。ご丁寧に輪切りにしやがって」

「ふ~ん……」

 僕の顔をまじまじと見てくる、クリっとしたアーモンド形の目。フワッと風になびく亜麻色の髪からは、ほのかに甘い香りがする。


「キスでもすると思った?」

「アホか!」


 うう、図星だ……。魔法でも使っているのかと思う位、いつもいつも考えを読まれてしまう。彼女の名前はフィリア。隣の家に住む幼馴染みで二つ年上の十七歳だ。もっとも隣の家と言っても、こんなド田舎では数百メートルも先なんだけど。


「やっぱり思ったんだ~。ま、レトリも男の子だもんね~」

「うるせ。いつまでもガキ扱いするな!」


「ふ~ん。じゃ、大人のレトリ君に伝言。『さっさと帰ってきて明日の支度しなさい』だって」

「なんか一言多いんだよな、おまえは」

「こら、美しいお姉さんに向かって“おまえ”とか言っちゃだめでしょ」


 普通、自分で美しいとか付けるか? ……まあ、否定はしないけどさ。正直ムラムラして眠れない夜もあったしな。これでもうちょっと大人しい性格だったらいう事ないのに。



 一週間後に僕は、王立騎士学校Royal-Knight Rezaria Academyに入学する。王都・レザリアにある寄宿舎付きのエリート校だ。こんなド田舎から王都の学校に入れるなんて滅多になくて、試験に合格した時は村を挙げての祝賀会が開かれたくらいだ。

 

 王国騎士は専守防衛を戒律としている。王家の守護が枢要すうようであり、王都、いては国民に安寧をもたらすために存在する。仮に戦争が起きるような場合でも、他国を侵略するといった行動は許されていない。

 逆に、他国に攻め入る事を目的とした戦闘集団もある。こちらは指揮系統こそ王国直属ではあるものの、基本的には傭兵を雇い、成果に応じて報奨金が支払われる。その為戦争ともなれば我先にと先陣を切り、屠り、嬲り、犯し、制圧をする。


 ――地位・名声・誉れ。立身を望む者ならば、誰もが王国騎士を目指す。


 金が欲しければ傭兵になれって昔から言われている。もちろん生活の為にお金はあった方が良い。でも僕は嫌だ。人を殺す事を前提にお金をもらうなんて、そんな野蛮な連中と一緒にされたくはない。


「明日から寂しくなるね~」

「あれ、フィリアでも寂しいなんて事あるんだ」


 今までからかわれた仕返しに、最後に笑い飛ばしてやった。


「ああ、私じゃなくて。レトリが寂しがるだろうなって」

「はあ?」

「私と会えなくなって寂しいでしょ?」

「なんでだよ!」


「キスされると思ってたくらいだしね~!」



 ……くそ、最後に笑い飛ばされてしまった。 


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