第50話 本物と偽物


おじさんはある喫茶店の前に居た。


「 赤沼さんですか? 初めまして。

わざわざ来て頂いて申し訳御座いません。 」


そこにはバッチリスーツを着た紳士が立っていた。


「 いえ…… 全然大丈夫です。 」


「 ありがとう御座います。

寒いので中で話しましょう。 」


二人は中へ入って行った。

コーヒーを頼み向かい合わせに座る。


「 申し遅れました。

私の名前は工藤亮二と言います。 」


それは少し前に着た電話の男だった。


「 単刀直入に言います…… 。

藤堂萌…… 私の娘を返して頂けますか? 」


その男は萌の父親と名乗っている。

いきなりの事に動揺してしまう。


「 本当に父親なんですか? 」


当然疑ってしまう。

いきなり言われても全く信用出来ない。


「 それは当然の反応ですよね。

まずこれを見て頂けますか? 」


そう言い一枚の写真を見せられる。

その写真には工藤さんと今は亡き、藤堂桜の姿が写っていた。

仲良く二人での記念写真。

見て直ぐに二人の関係が分かる。


「 私は桜と…… いえ桜さんと真剣にお付き合いしておりました。

それで仕事の忙しさのあまり、すれ違う日々でした。

そんなある日に彼女から別れ話をされてしまい、関係が終わってしまいました。 」


工藤さんと別れてから少しして、桜は子供を出産している。


「 彼女に子供が出来たのは風の噂で聞いていのですが、まさか一人で育てていたとは。

知人に聞いたのですが、最後に付き合っていたのが私でして。

本当にお恥ずかしくて情けない…… 。 」


その話を聞くと萌の父親に感じられる。


「 勝手なお話だと重々承知していますが、萌を私に返して頂けませんか? 」


おじさんは黙って考えてしまう。

そんないきなりの話に簡単には返事出来ない。


「 萌の気持ちもあるので…… 。

簡単には返事出来ません…… すみません。 」


おじさんは萌の気持ちもあり、考える時間が欲しかった。


「 それは当然ですね。

ですが…… あなたの事を少し調べさせて頂きました。

全く血は繋がっていませんよね? 」


その通りだった。

それだけは努力しても変わらない事実。


「 失礼ですがやはり、本当の父親と居るべきだと私は思っています。

失った時間をこれから取り戻したくて。 」


かなり失礼だと思った。

でもその通りだとも思ってしまう。


「 それとお仕事なのですが、あまり良いとは到底言えませんね。

生活する環境も劣悪で最低です。

私は彼女を最高の環境で育てられる自信があります。 」


おじさんの格好は仕事の制服姿。

それに比べて相手はスーツ。

ブランドで良い物なのが良く分かる。


「 彼女を幸せに出来ると言えますか?

良い大学に行きたいのなら、それに合った環境を用意する蓄えもある。

でもあなたはそれに答えられますか?

何処かであなたは彼女に無理をさせてしまう。 」


おじさんは黙って言い返す言葉もない。


「 お金が全てだとは思いませんが、未来をより良く生きるには絶対的にお金は力です。

本当に失礼な事を言って申し訳御座いません。

本心を隠すなんて出来ませんでした。 」


「 いいえ…… 良いですよ。 」


少し沈黙してしまった。

おじさんの頭は真っ白になっていた。


「 私は大手の企業に勤めていまして、これ名刺を渡して置きますね。 」


それは本当に大手の企業だった。

ビッグバンコーポレーションの専務取締役。

かなり階級も高く、海外展開もされている企業。

間違いなく大金持ちなのが分かる。


「 考える時間は仕方がありません。

ですが好きだと言ってもあかの他人です。

本当の親子の方が幸せなのです。

好きなら尚更彼女幸せを考えて貰えませんか?

宜しくお願い致します。 」


そうして工藤さんと別れてゆっくり歩いていた。

鏡に映って居た自分を見た。

薄汚れた制服に顔にも汚れが付いている。


「 クスっ! 本当…… みっともねぇな。 」


相手の格好とは大違い。

働いてる時間も重労働をしても彼には勝てない。

情けなさと事実を打ち付けられて、おじさんは意味もなく歩いていた。


仕事は早退して少し早く帰り、こっそり萌の部屋のアルバムを手に取る。

中を細かく見ていくと、工藤さんが写っている写真が見つかった。

間違いなく付き合っていたのだろう。


「 彼女の幸せかぁ…… 。 」


それから何時間か経って萌が帰宅してきた。


「 ただいまぁ、今日は美味しいご飯作るからね。

ちょっと待ってて…… って居ないのかぁ。 」


19:00で少し遅くに帰って来たのに、おじさんの姿はそこにはありませんでした。

萌は仕方なくご飯の支度をする。


その頃おじさんは一人で海に来ていた。

冬の海は冷たい風が吹いている。


「 桜の愛した人かぁ…… 。 」


工藤さんの事を考えていた。

おじさんと友人から萌が凄いエリートと付き合っていた噂を聞いた事があった。


「 本当の父親…… 。 」


思い出して見ると自分の萌を引き取ったのは、かなり不純な理由だった。

でも間違いなく桜の娘で、ほっては置けなかった。

それも事実だった。


「 そう言えばその頃、俺も久しぶりに桜に会って昔の話に花を咲かせたっけな。

酔っぱらい過ぎてなんも覚えてないけど。 」


工藤さんと付き合って居た頃に、おじさんも桜に会っていた事を思い出す。

笑って話す桜を見ているだけで嬉しくて、どんどんお酒を飲んでいた。


「 今になっては良い思い出だな。 」


おじさんは海辺でゆっくり眠ってしまう。

その日おじさんは家には帰らなかった。


次の日におじさんは目を覚ますと、海辺で眠ってしまっていた事に気づく。


「 眠っちまってたか。

萌から沢山連絡きてるわ…… 。 」


そのまま海を少し眺めてから、おじさんはバイクで走って行った。


学校に行っても萌はおじさんの事が心配に。

良い大人が一日帰って来なかっただけ。

そう言い聞かせても心配で仕方がない。


「 おい、どうした?

朝から元気ねぇな。 」


朝倉が心配して来た。

萌は昨日の話をすると。


「 そう言えば…… 昨日の仕事早退したって聞いたなぁ?

しかも様子がおかしかったって。 」


萌も少し前から様子がおかしかったと思う。

食欲やお酒も控えめ。

何か悩んでいるようにも見えた。


「 心配だな…… 仕事場に電話して聞いてくれない? 」


そう言うと直ぐに電話してくれる。

直ぐに先輩から答えが反ってきた。


「 赤沼さん…… 今日から有給で休むって電話がきたって。 」


おじさんは仕事を休み何処かへ行ってしまった。

萌は更に心配になってしまう。


「 はぁ…… 。 」


おじさんは釣り堀に来ていた。


「 お客さん、全然釣れませんね。 」


そこのおじいさん店長があまりにも釣れないので、心配になり来ていた。

そこの釣り堀は萌と何回も来ている思い出の場所。


「 じいさん…… これで金取ったら詐欺罪で訴えるからな。 」


相変わらず全然釣れないでイライラしている。


「 こんな山ん中に平日の昼間から何しに来たんですか?

釣りしに来たにしては、ずっと上の空で集中してませんね。 」


年輩のおじいさんには悩んでるのが直ぐに分かった。


「 萌は本当の俺の娘じゃないんだ。 」


「 そうですか。 」


あまり驚かない店長。


「 そうですかじゃないだろ!?

普通もっとびっくりするだろ? 」


「 いいえ…… 私には親子にしか見えませんでした。

それは血の繋がりなんかじゃなく、本当にそう見えたのです。 」


店長には親子にしか見えなかった。

おじさんは黙ってしまう。


「 そうかよ…… でもありがとう。 」


嘘だとしても嬉しかった。

そのあとに結局釣れる事はなかったのだった。

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