第7話「エル登場」
ターニャの家は夫婦しかいなかった。
「子どもはふたりとも都市に出て行ったよ。顔のひとつも見せやしない」
という母親としての言葉が、アイリにもぐさりと刺さる。
両親はおそらく心配しているだろう。
だが、こんなに早く顔を見せに行けば、きっとさらに心配させてしまう。
「落ち着いたらせめて手紙くらいは出しなよ」
ターニャにじろっと見られて、アイリは反射的にうなずいた。
「て、手伝います」
ご飯のしたくをしているターニャに、彼女はようやく申し出る。
「いらないさ。座って待ってな」
あっさりと断られ、立ちかけていた彼女は再び腰を下ろす。
斜め前にはむっつりとターニャの夫が座っている。
とても気まずい。
アイリが手伝いたかった理由の半分が、じつは今の状況だ。
きらわれていないらしいが、彼女に話しかけて場の空気を持たせようとする男ではないらしい。
彼女だって口下手の自覚があるので、ただ耐える。
「何だい、ちょっとはしゃべりなよ」
救いの主が料理といっしょに現れた。
「えへへ」
アイリはごまかし笑いで対応する。
「無理に会話する必要はない」
と彼もむっつりと言った。
「あんたがそんなんだから子どもたちが寄り付かないんだよ」
ターニャがため息をつく。
どうやら子どもたちと距離があるらしいとアイリは感じる。
「元気ならいいだろ」
と彼のほうはそっけない。
「これだからガズは……」
ターニャはもの言いたげにしながら配膳する。
出されたのは麦粥と野菜汁だった。
アイリにとってもなじみがあるメニューである。
「ありがとうございます」
礼を言って床に置く。
初めて王都に行ったとき、テーブルに食器を置く文化の違いには驚いた。
「あんた、いいところの出ってわけじゃなさそうだね」
不意にターニャが言う。
「はい、そうですけど」
アイリは何を当然という顔になる。
「はは、悪いね。魔女っていいところの出が多いって思ってたもんだからさ」
「はあ」
ターニャのはたまにある誤解だ。
魔女はリエルみたいに学園に通うエリートばかりじゃない。
「わたしは落ちこぼれですし」
アイリは苦く自嘲する。
残念ながら妹のように需要のある魔法を使いこなすことができない。
妹と師匠が褒めてくれるのは、身びいきでアテにならないと思う。
「村の助けになるなら、何だっていいさ」
ターニャは豪快に笑う。
「同感だ」
ガズもむっつりとした顔で支持をする。
「……ありがとうございます」
アイリは泣きたくなるのをこらえた。
すくなくともふたりは彼女を「落ちこぼれ魔女」じゃなく、「アイリ」として認めてくれる。
凍てついていた心に温かい光が差し込むようだ。
「変な子だね」
ターニャは奇妙な表情になる。
べつに特別なことを言ったつもりはないのだろう。
「苦労したようだな」
というガズの言葉をアイリは否定も肯定もしない。
どちらかの反応になるには、まだ消化しきれてないものがある。
「苦労も捨てたもんじゃないさ」
とターニャが言う。
「若いうちはわからないだろうけどね」
彼女の推測通り、アイリにはピンとこない。
年長者の言葉には含蓄があるかもしれないが。
「難しいです」
アイリは正直に話す。
感情がわかりにくい鉄面とはほど遠い自覚はある。
「そんなものだ」
とガズがぽつりと言う。
よくわからないままアイリはひとまずうなずいておいた。
「何かあったらうちに顔を出しな」
家から出る際にもらったターニャの言葉がアイリにはうれしい。
暗くなった空の一面に星が輝いている。
「星空なんてどこで見ても同じはずなのに」
なぜか彼女にはいまのほうが美しく見えた。
なぜだろうと思いながらアイリは自宅になった家に入る。
カギは一応かかるが、簡単なものだ。
慣れているので不安には思わない。
「明日はどうしようかな?」
ただ、未来の心配はある。
子どもと遊んですごすだけでいいのかな。
という思いが大きい。
「落ちこぼれ魔女」として見られるよりは気が楽だけど、何か違う。
「……考えてもわからないわね」
とつぶやいたが開き直りじゃない。
自分で考えるのはもしかしてあまりよくない?
なんて考えがいまの彼女の中で大きくなっている。
サーラに田舎暮らしを薦められたせいだ。
「明日、相談しようかな」
村の人が必要なことをやるほうがいい。
この判断はさすがに間違いじゃないと思う。
彼女なりに結論が出て寝転がった瞬間、物音が外からする。
「……おかしいわね」
彼女が戻ってきたとき、誰も外を歩いていなかった。
村人は朝が早い分、夜寝るのも早い。
「素直に考えるなら物取りだけど」
盗むものがなさそうな田舎で?
という疑問が強すぎる。
「どうしようかしら」
彼女も魔女のはしくれだ。
いざとなれば物取りのひとりくらい、何とでもなる武力がある。
それでも勇気が出ないのは気質のせいだろう。
「みんな寝てるだけだから、いざってときは起こせばいい」
声に出してようやく勇気も出た。
そっと窓から外をのぞいてみると、ひとりの少女が宙に浮いている。
「人間の魔力じゃないわね」
アイリは気配の異質さに気づく。
直後、その少女が金色の瞳で彼女をとらえる。
「エルのことわかるのね?」
言い逃れは無理だとあきらめ、アイリは黙ってうなずく。
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