第6話「役に立てること」
五人の女性たちが地面に座り、裁縫をしている。
年齢は二十代から四十代くらいとバラバラだ。
「針仕事は女のものってわかるかい?」
とターニャに言われる。
「い、一応は……」
アイリは知っているが、自信はなかった。
手先が不器用なのである。
妹のリエルは器用で、魔法なしでも重宝されたのだが。
「ま、できることを見つければいいさ」
ターニャは彼女の反応から察したらしく、無理にとは言わなかった。
「この子が魔女ちゃん?」
ターニャと同じくらいの女性が手を止めて彼女を見上げた。
「は、はい。アイリです」
名乗りながらアイリは緊張で心臓が飛び上がるのを自覚する。
「……見えないねえ」
「よく言われます」
女性の言葉に悪意はなかったが、アイリはしゅんとした。
「魔女だからってわけじゃないからね」
ターニャが彼女をかばうように言う。
「そりゃそうでしょ。この村にそんなたくわえがあるわきゃない」
若い女性が乱暴な言い方をする。
「まあまあ」
おっとりとした印象の茶髪の女性が声をあげた。
「大切なのは助け合いだから。ね?」
「は、はい」
アイリは首を縦に振る。
何をすればいいのかわからないが、やる気だけはあった。
「即戦力ってわけじゃなさそうだね」
という乱暴な女性の一言が彼女の耳には痛い。
「即戦力が来るかねなんてないってあんたも言っただろ」
即座にターニャが言い返し、
「その通りだね」
若い女性はぷっと噴き出す。
「だから気にせず頑張りなよ」
と言いながらアイリを見てにやっと笑う。
どうやら悪い人じゃないらしい。
アイリが安心すると、子どもたちの集団がやってくる。
先ほど彼女の家をのぞいていた三人をふくめて合計七人だ。
「あ、魔女のおねえちゃんだ」
「本物の魔女なのか、わかんなくない?」
と彼らはアイリを見て指をさしながら、好き勝手言いあう。
「よかったら、この子たちと遊んであげてくれるかい?」
ターニャが何かを思いついた顔で提案する。
「わたしはいいですけど」
アイリは戸惑いながら、子どもたちを見た。
自分みたいなよそ者、それもどんくさい女でいいのか。
「へえ、お姉ちゃんと遊ぶの、楽しそう」
七歳の女の子が目を輝かす。
「大丈夫か~?」
十歳くらいの男の子が生意気な顔で疑問を言う。
「た、たしかに」
子どもの体力についていけるか、アイリに自信はない。
「いきなり弱気だね」
ターニャをはじめ女性たちは笑う。
「まあ、やってみることだね」
「は、はい」
ターニャがチャンスをくれたのだとアイリは解釈しているので、断る気はなかった。
「つ、疲れた……」
アイリはへとへとになって家の前にしゃがみ込む。
日が暮れるまで子どもたちと遊んだ結果である。
子どもたちの体力はバケモノみたいだった。
田舎に生まれたんだから体力がないわけじゃない。
というアイリのひそかな自負はあっさり砕かれた。
「ひとりならまだしも、この人数だとね」
「おねえちゃん、だらしない」
ケラケラと笑うのは七歳の女の子だ。
「いやー、けっこうがんばったほうじゃないか?」
と生意気な男の子が上から目線で評価する。
アイリはふしぎと腹が立たなかった。
……怒る元気もないせいかもしれない。
「ときどきだけど見てたよ」
そこへターニャがやってきて、コップに入れた水をアイリに出してくれた。
「ありがとうございます」
水は常温だったが、疲れた体にはとてもおいしく感じる。
「うまそうに飲むね。ただの水なのに」
ターニャはうれしそうに言う。
「おいしいですよ」
アイリは世辞ぬきで言った。
水は田舎のほうがおいしいと彼女は本当に思っている。
「あの悪ガキたちの相手ができるなら、村にいてもらう価値はあるね」
乱暴な口調で先ほどの女性が言う。
「そうだね。大したもんだ。あたしらだって手を焼かされるのにさ」
とターニャは感嘆する。
「えへ」
アイリは照れてにやけてしまう。
褒められたのはずいぶんと久しぶりな気がする。
彼女の中でリエルは計算に入らない。
「歓迎会なんてものはできないけど、メシを食いに来てもらうことはできるよ?」
どうするかとターニャに聞かれて、
「ぜひ」
アイリは即答する。
彼女に余裕はなかった。
「あいよ。大したものは出せないけどね」
ターニャはにやっと笑ってから子どもたちを見る。
「あんたたち! 家に帰る時間だよ!」
怒鳴るまではいかなくとも、迫力のある声だ。
「はーい!」
子どもたちは飛び上がり、散り散りに駆けていく。
「慕われてるんですね」
とアイリは評する。
子どもはきらいな相手の言うことを簡単には聞かない。
好かれているからこその反応だ。
「なに、そんないいものじゃないよ」
ターニャは否定したものの、まんざらではない顔だ。
「あたしんちまで行こうか。旦那も紹介しなきゃね」
「あ、はい」
外見年齢で言えばターニャはアイリの母くらいだろう。
結婚しているだろうし、子どもだって大きくなってそうだ。
とたんに緊張が彼女を襲う。
「何だい? いきなり」
アイリの表情の変化を読んだターニャが怪訝な顔になる。
「緊張しちゃいます」
「大したもんじゃないよ。気楽にしてりゃいいさ」
ターニャは励ますように笑った。
気のいい女性だと感じ、アイリはうなずく。
歩き出すと大人の男たちの姿が大きくなる。
「おや、戻ってきたね」
畑仕事をしていた者たちだと格好を見ればわかる。
全員がそうなの?
軽く引っかかったものの、村ごとで差異はあるはずだ。
じろじろと無遠慮な視線を投げられるが、彼女にはなつかしい。
故郷の人たちもこんな感じだった。
「そこの子はたしか昼に見かけたな」
遠目で彼女を見ていたらしい白髪のおじいさんが目を丸くする。
「とりあえず置いてみようってなったのさ。反対はないだろ?」
とターニャが言う。
「そりゃ若者は歓迎だ」
別の男性が答えて笑い声が起こる。
田舎はどこだって常に人手不足なのだろう。
アイリの村だって例外じゃないはずで、すこし胸が痛む。
「うちに呼びたいんだ。いいだろ?」
「うむ」
ターニャの夫らしい男性はむっつりとうなずいた。
アイリの知る村人らしく、肩幅は広くて胸板は厚い。
寡黙なこともあって威圧されているように思える。
「物好きだな」
じろりと見てアイリに言う。
「歓迎してるって意味さ」
すばやくターニャが付け加える。
彼女の言葉がなければ不愉快なのかとアイリは誤解しただろう。
夫婦の見事なフォローと言える。
「こわいのは印象だけだから安心するといいぞい」
小柄な老人が笑いながら言った。
「違いない」
男たちが同時に笑い出す。
ずいぶんと仲がいいようだ。
村特有の団結感がアイリにはまぶしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます