第5話「魔女なのに魔法が苦手」

「わかっています」

 がんばって働く意気込みならあるとアイリはうなずく。

「なら、いい。ターニャ、すまないがあき家にこの子を案内してやってくれ」

「はいよ」

「ありがとうございます」

 アイリはもう一度ターニャに礼を言う。

「感謝するのは早いんじゃないかい?」

 ターニャに意味ありげな返しをされ、彼女は困惑する。

「えっと、どういう意味でしょう?」

「ついてくればわかるさ」

 というターニャの言葉の意味を、彼女はほどなく理解した。

 こじんまりとした家はすぐに暮らすのは難しそうな状態だったのである。

「人手が欲しいってのはこういう意味もあるのさ」

 とターニャが言ったので、

「なるほどです」

 アイリは相槌を打つ。

 きっと手入れが行き届いてない建物、場所がほかにもあるのだろう。

「手伝う余裕はないけど、どうする? 今晩くらいならうちに来てもいいよ」

 と申し出たのはターニャが優しいからだろう。

「いえ、大丈夫です」

 アイリは承知しつつ断る。

 自信があるわけじゃない。

 ただ、厚意を受け取ることに臆病になっているだけだ。

「我慢せず、はっきり言いなよ?」

 ターニャに念を押され、彼女はこくりとうなずく。

「じゃああたしは仕事に戻るから」

「あ、ありがとうございました!」

 仕事の手を止めて自分のために動いてくれた女性に、アイリは頭を下げる。

 意識的に大きめの声を出して。

「いいってことさ」

 ターニャは小さく笑って自宅へ戻っていく。

「さて……」

 アイリは貸してもらった小さな家をもう一度見る。

「掃除をしなきゃ」

 汚れている場所でも彼女は平気だけど、外聞はよくない。

 村人たちの心証を悪くする行為はひかえたかった。

 生活魔法が苦手なアイリだったが、逆に魔法に頼らなくても何とかなるというメリットがある。

「と思うしかないわね」

 彼女はひとりごとをつぶやく。

 ひとり暮らしを経験していつしか癖になっていた。

「寝床だけやればいいかな」

 と考えたのはさぼりたいからじゃない。

 もし、ここも追い出されたら?

 という不安がぬぐえないからだ。

「あとにしよ」

 アイリは二秒ほど迷ってから決断する。

「さてっと」

 息を吐いてからきれいした部分に寝転がった。

 窓にはガラスなんて高価なものはないが、外の景色は見える。

「わ、見つかった」

 はずだったが、彼女が見たのは日焼けした子どもたちだった。

「あなたたち……」

 年下の子たちに見られるとさすがに恥ずかしい。

 スカートじゃなくてよかった。

 と思いながらアイリは体を起こす。

「おねえちゃんは魔女なの?」

 好奇心いっぱいに聞いてきたのは七歳くらいの少女だ。

「のわりには魔法使わないな」

 遠慮ないことを言ったのは十歳くらいの少年。

「ほんとに魔女なのかな?」

 疑う目つきなのは九歳くらいの少女。

「い、いちおうね」

 子ども相手にムキになれず、アイリは顔を引きつらせる。

「ねえ、魔法見せて?」

 七歳くらいの少女が無邪気な瞳で彼女を見つめた。

「え、ええっと」

 彼女は答えに迷う。

「おとながいないとまずいんじゃないかな」

 無難そうな答えを口にする。

「えーっ」

「つまんないよ」

 子どもたちは不満をこぼす。

 予想できた反応だが、アイリとしては譲りたくない。

 来たばかりなのに、勝手なことしちゃったら。

 と思ってしまう。

「あんたたち、何してるの?」

 そこにターニャの声が聞こえて、子どもたちはたちまち逃げた。

「ターニャさん」

 ほっとしてアイリが声をかけると、

「あの子たちに何か困らせられなかったかい?」

 ターニャが窓からのぞき込む。

「ええっと……」

 アイリは告げ口するようで気が引けたものの、

「実は魔法を見たいと言われまして」

 と正直に伝える。

「やっぱりかい」

 ターニャは予想通りだと舌打ちをした。

「見せなくていいからね?」

 彼女の剣幕に押されて、アイリはうなずく。

「ああ、魔法は見世物じゃないって意味だから」

 ハッとした表情でターニャは言う。

「そういう意味でしたか」

 勝手に魔法を使うなと言われたかとアイリは誤解するところだった。

「そうさ。あんたが必要と思ったら使うのはいいだろうさ」

 ターニャの言葉にアイリはひとまず安心する。

 もっとも、魔法の使い方で注目は集めそうだけど。

「掃除はきらいじゃなさそうだね」

 とターニャは家の中を見て言う。

「はい。そういう魔法は不得手でして」

 自分でやるしかないとアイリは力なく笑む。

「ふーん」

 ターニャは彼女と家を交互に見て、

「まあ誰にでも得手不得手はあるさ」

 と簡単に言った。

 魔女なのに魔法が苦手なのか、といった無遠慮な言葉が来なくてアイリは安心する。

「時間があるなら、あたしの仕事を手伝ってくれるかい?」

 とターニャは言う。

「は、はい。喜んで」

 アイリは慌てて立ち上がる。

「じゃ、ついてきな」

 ターニャに連れられて彼女がついたのは、村の井戸だった。

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