第8話「おそろい」

「たぶん妖精よね。翅があるし」

 と彼女はうっすらと感じる魔力で編まれた翅を指摘する。

「へえ、翅もわかるんだ?」

 エルと名乗った少女は破願する。

「魔女のはしくれなので、それくらいはね」

 アイリは大したことじゃないという。

 妖精は人間よりも高位の存在で、魔力のかたまりと言える。

「感知できない魔女なんていないでしょ?」

 と彼女はいう。

「へえ」

 エルは赤い瞳を輝かせる。

 たぶん魔女に会ったことがないなとアイリは判断した。

 すくなくとも妹やサーラ級の実力者は知らないはずだ。

「オモシロイのね、あなた」

 エルがにやける理由がアイリにはわからない。

 エルはふわっと近寄って、お互いの鼻をくっつける。

 何かが刺激しあう。

「妖精のあいさつよね?」

 とアイリが言うと、

「知ってる子は初めてだわ」

 エルは目を丸くする。

「何で知ってるの?」

「えっと」

 言ってもいいのかなと思いつつ

「前に友達になった妖精に教えてもらったの」

 と打ち明ける。

 エルが同じ妖精だと確信してなかったら、言わなかっただろうけど。

「でしょうね」

 エルは納得している。

「……教えてもいいのよね?」

「妖精のあいさつを知ってるくらい、話すのはいいわよ」

 ケラケラとエルは笑う。

「よかった」

 アイリは胸をなでおろす。

「ねえねえ、どんな子だったの?」

 エルが聞きたがっていることを察したので、

「風の娘って言ってたわ」

 と教える。

「風の娘って……やっぱりあなたオモシロイはね」

 エルはびっくりしたあと、くすっと笑う。

 アイリにしてみればわけがわからない。

「なぜか聞いてもいい?」

「だーめ」

 エルは首を横にふるといたずら好きの顔をする。

「言わないほうがオモシロそうだからね」

「ええ……」

 アイリはげんなりする。

 妖精がこの反応をするとき、ろくでもない結果が起こりやすい。

彼女は知っているが、どうしようもなさそうだ。

「あ、これは教えてあげる。あたしは大地の娘よ」

 とエルは告げる。

「そうなの」

 アイリはすこし意外に思う。

 性格的には彼女も風っぽかったからだ。

「失礼なこと考えてるわね」

 エルに見透かされたので彼女はあわてる。

「そ、そんなことないわ」

「あなた、ごまかすの下手よ?」

 エルにばっさり切り捨てられ、彼女はがっくりと肩を落とす。

「ま、いいわよ。よく言われるし」

 とエルは機嫌よさそうに言う。

「そ、そうなんだ」

 アイリはちょっと安心する。

 妖精の機嫌をそこねていいことなんてない。

「ところでどうしてここへ?」

 と彼女はエルに聞く。

 妖精が自然豊かな場所を好むのはおかしくない。

 だが、人間の集落に入ってくるのは希少だ。

「んー、何となく?」

 エルは考えながら言う。

「何となくかあ」

 アイリは困惑する。

 妖精の気まぐれさを考えればあり得る話だ。

 反面、妖精は理由があるのに自覚していないというパターンもある。

 どちらの場合か判断材料がない。

「そ、うまく言えないのよね」

 とエルは華奢な肩をすくめる。

「そっか」

 大地の娘ならこの村には悪影響はない。

 エル自身にいたずらする意思がないなら。

「あなたの名前は?」

 とエルに聞かれて、

「アイリ」

 彼女は即答する。

 友好的な妖精には素直に教えるほうがよい。

「アイリ、いいお名前ね」

 エルは楽しそうに微笑む。

「ありがとう」

 礼を言ってから彼女は、

「エルのお名前は? エルなの?」

 と聞く。

 妖精は平気で愛称を名乗ると知っているからだ。

 質問しないと教えてもらえないとも。

 エルは首を横に振って、

「エインセルよ」

 と答える。

 案の定愛称だった。

「とても素敵なお名前ね」

 アイリも褒める。

 本音が半分、礼儀が半分だ。

「ありがとう」

 エルはうれしそうに目を細め、

「ねえ、あなたのおうちに入ってもいい?」

 と聞いてくる。

「ええ、どうぞ」

 いい傾向なので彼女は即座に招く。

 エルはふわりと窓から舞い込んでくる。

 瞬間、家の中の空気が変わった。

「これは祝福?」

 アイリが聞くと、

「そんなものじゃないよ。もしかしたら、アイリにはちょっといいことあるかもしれないけど?」

 エルはクスクス笑う。

「ああ、常態(パッシブ)効果なのね」

 アイリは理解いた。

 妖精の中にはただいるだけで、周囲に何らかの効果を与える者もいる。

「?」

 もっとも人が呼んでるだけなので、エルには通じない。

 エルは翅をゆっくり動かしながらきょろきょろと見る。

「何もないね。ニンゲンってモノを置くのが好きそうなのに」

 妖精基準の発言にアイリは吹き出す。

「そうね。わたしも今日来たばかりだから」

 と事情を話した。

「そうなの。おそろいだわ」

 エルは目を輝かせる。

 妖精の感性だなとアイリは感じつつ、

「おそろいね」

 と笑いかける。

「ふふ」

 エルはうれしそうに家の中を飛び回り、すぐに顔をしかめて戻ってきた。

「アイリ、狭いわ」

 率直すぎる意見に彼女も苦笑いするしかない。

「お外とは違うわよね」

 雄大な自然に慣れた妖精では窮屈だろう。

 アイリが理解を示すと、

「そうね。ニンゲン、何でこんな場所が好きなの?」

 エルは困った顔で聞く。

「雨風をしのいだり、獣から身を守らないといけないから」

 妖精とは違う生き物なのだとアイリは語る。

「そっか。不便ね」

 エルは納得し、同情した。

 妖精なら雨風も獣も夜の闇だって平気だろう。

 うらやましくないと言えばウソになる。

「おうちに帰る?」

 人の住む場所をきらう妖精は珍しくない。

 だからアイリは聞いたのだが、

「ううん。もうちょっといる」

 エルは彼女を見つめて即答する。

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