第2話「妹と師匠」
ぐるるるとお腹の虫が大きくなる。
彼女は真っ赤になり、家の中でよかったと思う。
「何か食べようかな」
食べないと体がもたない。
家賃はきちんと払わなければいけないので、ぜいたくはできないが。
家の外に出たとたん、
「お姉ちゃん見つけたーっ!」
聞き覚えのある可愛らしい声とともに、何かが抱き着いてくる。
「えっ!?」
何が起こったのか、アイリはすぐに理解できず固まってしまう。
「本物のお姉ちゃんだ、えへへへ」
数秒後、我に返った彼女は自分に抱き着く少女の顔をまじまじと見つめる。
「リエル!?」
彼女の妹、リエルが正体だった。
「うん、お姉ちゃんの妹のリエルですよ?」
妹という部分に力を込めてリエルは笑う。
あどけなさの残る美人と言える顔立ち。
発育はなかなかいいのがブラウスからでもわかる。
すこし見ない間にまた育ったような……。
「な、何でここに?」
リエルはまだ十三だからと故郷で両親と暮らしているはずだ。
アイリが王都に行くのを泣きながら反対したのは、まだ記憶に新しい。
「もちろんお姉ちゃんに会うためだよ!」
「そんなわけあるかい」
満面の笑みといっしょに放たれた言葉を、彼女の背後からひとりの女性が否定する。
現れたのは灰褐色のローブをまとった恰幅の良い、紫色の髪の老婦人だ。
「サーラ先生……」
アイリは目を見開き、声を詰まらせる。
サーラもまた魔女であり、彼女ら姉妹に魔法を手ほどきしてくれた人だ。
つらいときは両親ではなく、彼女の優しく厳しい教えを思い出すようにしていた。
「魔女としてやっていきたいと言って家を出たと聞いたけど、まさか王都にいるとはね」
サーラはゆっくり周囲を見回して、ため息をついた。
「こんなところじゃ、あんたの才能は活かせないだろうに。どうせ上手に生活魔法を使えず、魔女としての報酬をもらえず、困ってるだろ?」
ずばりと言い当ててしまう。
「な、何でわかるんですか」
アイリはびっくりして涙が引っ込んでしまう。
「あんたって、人の話は聞くわりに勘違いするよね」
サーラはもう一度ため息をつく。
「え?」
きょとんとするアイリに、
「お姉ちゃんは天才だものね!」
リエルが頬ずりをしてくる。
さすがに十三になった妹にされても困惑が勝つ。
何とか引きはがしたあと、
「天才はあんたのほうでしょう」
とアイリは感情を殺して言う。
そう、リエルは誰もが認める魔法の天才だ。
二歳のときに魔法を発動させ、うわさを聞きつけたサーラがわざわざやってきたほどえある。
故郷から出たとは妹と比較されたくなかったから、という気持ちがないと言えばウソになってしまうだろう。
「えーっ、お姉ちゃんはわたしよりもすごいのに! 先生だって言ってるよ⁉」
リエルは緑の目を丸くして叫ぶ。
「それはないでしょ」
アイリがまたかとげんなりする。
妹のリエルはみんなが騒ぐ天才のくせに、彼女のほうがもっとすごいと主張しているのだった。
「いや、あんたは才能があるよ。使うのが驚くほどヘタクソなだけで」
サーラはあきれた顔でばっさりと言う。
「うう……」
アイリは反論しようとして、言葉に詰まる。
さすがにこのふたりを相手に自分の現状をそのまま話すのはためらわれた。
「あんたの場合、こんな人の多い都会じゃなくて、自然が豊かで精霊たちと触れ合う機会が多い田舎のほうが、才能を発揮できるだろうよ」
とサーラは言い放つ。
「えっ? そうなんですか?」
アイリが聞き返すと、
「あんたは前提から間違えてるのさ」
サーラにきっぱり言われてしまい、彼女はがっくりと肩を落とす。
「お姉ちゃんってば、うっかりさん! そこも大好き!」
チャンスとばかりにリエルがふたたび抱き着いてくる。
「ううう……」
アイリはすぐには切り替えられず、抱いていた疑問を口に出す。
「結局、リエルは何でここに?」
「王立魔法学園に入るのさ。アタシの推薦でね」
リエルはニコニコして彼女に抱き着いたままなので、かわりにサーラが答える。
「ああ、なるほど……」
王立魔法学園は国で一番の名門で、入学も卒業も厳しいエリート校だとアイリでも知っていた。
それでも妹ならと彼女は受け入れる。
「じゃあすぐにお別れかな」
と言ったときのアイリの心理は複雑だった。
可愛い妹に会えたのはうれしいのだが、同じ魔女として比較されるのはつらい。
「あれ⁉ せっかく会えたのに⁉」
リエルは愕然として彼女から離れ、サーラの顔を見る。
「当たり前だろう。何を言ってるんだい?」
その反応は正しいとアイリは思ったが、リエルは違ったらしい。
「そんな⁉ お姉ちゃんと暮らせると思ったから来たのに⁉」
どうやら妹は姉とふたり暮らしを夢見て、ここまで来たようだ。
「あんたはちょっとくらい姉離れをしな」
サーラはまったく取り合わず、アイリに目をやった。
「アタシを信じて、もうすこしがんばってみるかい?」
「……はい」
すこしだけ考えて彼女は返事をする。
もともとひとりでがんばる意思はあったのだ。
行き先を選ぶ参考になった程度の違いでしかない。
「そうだ。これを渡しておこう」
とサーラが青い石のペンダントをアイリに手渡す。
「こいつがあればアタシと通話できる。なんかあったら相談してきな」
たぶんしてこないだろうなという顔をしながら、サーラは言う。
「ありがとうございます」
アイリはぎゅっとペンダントを握りしめる。
「ではわたしはこれで……」
これ以上話しているとがんばる意思がくじけてしまう。
名残惜しいのを我慢してアイリはふたりと別れた。
「えー!?」
当然のように抗議しようとしたリエルは、サーラに阻止される。
「まあ、やってみな」
というサーラの簡素であたたかい言葉がアイリにはうれしかった。
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