第3話「アイリが気づいてない才能」

 朝からやっている店でパンを買って腹ごしらえをして、彼女は西を目指す。

 門を出ようとしたところで、彼女はふと足を止める。

「頼む、急いでいるんだ!」

 二十代と思しき若者が必死に門を守る兵士に叫んでいた。

 離れた位置に止まっている馬車から、何やら闇の気配がある。

「そうは言われてもなぁ」

 兵士は困った顔で言う。

「原因不明の病気になってる人を、中に入れるわけにはいかないんだよ」

 理由は言うまでもないという態度だ。

「だから王都の名医を頼ってきたんじゃないか」

 若者の言うことは一理あるとアイリは思うが、兵士たちは認めない。

「このままじゃ、父さんたちが……」

 若者の表情が悲しみと絶望でゆがむ。

 見かねたアイリは馬車に近づいていき、

「あんたたち、いたずらはやめなさい」

 と声をかけた。

 すると馬車の中から二匹の小さな黒い翼の生えた異形たちが、姿を見せる。

「えへへ、ごめんなさい」

 彼らは彼女に謝ると姿をくらませてしまう。

 突然の展開にぎょっとして見ていた若者は、やがておそるおそる彼女に聞く。

「えーっと、そこの君、いまのはいったい?」

「低級悪魔の一種です。逃げたのでもう大丈夫だと思いますよ」

 とアイリは告げる。

 彼らにとっては軽いいたずらにすぎない。

 おそらく憑いた相手を殺す意思などなかっただろう。

 言わないほうがいいだろうと彼女は判断して、

「では、わたしはこれで」

 と立ち去ってしまう。

「え、あ、ちょっと、待ってくれ。お礼を、名前を」

 若者がうろたえて呼びかけたが、アイリの耳には届かなかった。


「本当なんだって!」

 若者が王都で暮らす友人の医者に興奮して話す。

「ああ、わたしらも経験したよ」

 彼の老両親も同意したものの、友人は困惑を隠せない。

「ロイたちがウソつきとは言わないけど、そんなことできる魔女なら有名になってそうなんだよなあ」

 彼が親子の話に半信半疑なのは、できる魔女に心当たりがないからだ。

 医者と魔女は切っても切り離せない関係にあるため、王都で有力な魔女のことはひと通り把握しているつもりである。

「先生、悪魔の残滓をこっちから感じます!」

 そこにリエルがサーラとやってきた。

「あんたの知覚能力、もう一流どころだね。もしかして推薦先を間違えたかな?」

 サーラの疑問をよそに、リエルは老夫婦を見る。

「おじいさん、おばあさん。悪魔がさっきまで憑いてませんでした?」

「え、何で分かったんだい?」

 まだ幼い少女にいきなり話しかけられ、面食らいながらもおじいさんは答えた。

「だって魔力の残滓をおじいさんとおばあさんから感じます。あたしも魔女ですから」

「へえ、そういうものなのかな」

 おじいさんは詳しくないので素直に受け入れる。

「悪魔憑きが出たなら退治しておこうかと思ったけど、取り越し苦労だったようだね」

 とサーラが言うと、医者がぎょっとして叫ぶ。

「大魔女サーラ様!」

「仰々しいのはきらいだよ」

 かしこまろうとした彼に対してサーラは先手を打つ。

「しかし、悪魔憑きなんて対処できる魔女はかぎられてるはずだがねえ」

 と彼女が言う。

「おっしゃる通りです」

 医者は同意すると、

「サーラ様ならもちろん可能でしょうが、年端もいかない少女がやってのけたなんて、なかなか信じられないことです」

 彼女なら心当たりはあるのか、視線で探りを入れる。

「おい、もしかして俺の話を信じてないのか?」

 友人の反応にロイが気分を害した。

「いや、そうじゃなくて」 

 慌てる医者をよそにリエルが老夫婦に問う。

「どんな魔女だったのですか?」

 おじいさんが特徴を答えると、彼女の目が輝く。

「それはお姉ちゃんです!」

 白い頬を興奮で紅潮させた。

「え、ほんとかい?」

 驚く老夫婦に彼女は力強くうなずく。

「外見も年齢も一致しますし、同じ年でそんなことできる魔女なんて、ほかにいるわけないですよ! ねえ、先生?」

 早口でまくし立てる彼女にサーラは微笑みかける。

「そうだね。あの子の魔力の残滓も残ってるしね」

「えっ? あ、ほんとだ!」

 リエルは一瞬だけ戸惑ったものの、すぐに姉の魔力に気づく。

「わかるものなんですね」

 医者が困惑しながら言う。

「並みの魔女なら無理だけど、この子は魔法学園に飛び級で入学を決めた天才だからね」

 とサーラが話す。

「それはすごい。魔法学園なんてエリートじゃないと入学すらできないのに」

 医者よりも老夫婦のほうが驚きは強かった。

「えー、わたしなんかよりお姉ちゃんのほうがずっとすごいですよ!」

 リエルは自分が褒められたことに納得がいかないという顔をする。

「わたしも小さいころ、悪魔に憑かれたんですけど、お姉ちゃんが追い払ってくれたんです!」

 と話すと、

「なんだ、そうなのかい?」

 老夫婦は彼女に対して親近感を抱く。

「そうなんです! あのときのお姉ちゃん、かっこよかったですよ!」

 もう一度見たかったと言わないだけの分別は、まだリエルには残っていた。

「そんなすごい魔女の存在、僕が知らないなんてあり得るんですか?」

 医者は困惑を深めて腕を組む。

「そりゃあの子、自分の才能を理解してないからね」

 サーラは頭痛をこらえる表情になる。

「精霊や悪魔に干渉する魔法なら、アタシだって勝てないかもしれないのに」

 と言うと、医者が愕然とした。

「いやいやいや、サーラ様と言えば、世界十指に入るお方ではないですか」

 そんな大魔女がかなわないなんてありえない。

 医者の気持ちが伝わったのか、老夫婦もサーラに驚きと困惑の目を向ける。

「ど、道理で聞き覚えがあると思いました」

 老夫婦の顔に汗が浮かぶ。

「先生、有名人ですね。学園行ったときも思ったけど」

 リエルはケラケラと笑い、サーラはくだらないと鼻を鳴らす。

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