第11話 みんなの為にもな
シンジ君はけっこう長風呂派らしい。
着替えるところまでは普通に居ることが出来たのだが、下着に手をかける前にお風呂場の中へと入って行った。そのままその場に取り残されたわたしは、何をする事もなくポツンと一人だけで、彼のお風呂タイムが終わるのを待っていたんだけど、思った以上に出て来るまでに時間がかかっている。
セカストのメンバーたちと、よくライブが終わった後などに一緒にお風呂へ入ることが有ったけど、結構みんなゆっくりとお風呂を堪能するから、わたしもそれに慣れてしまっていてみんなと同じくらいゆっくりすることが習慣になった。
ただ、こうして何もしないで人が入っているのを待つだけ……、という事はしたことが無いので、待っている時間が長く感じてしまう。
おそらく長くても数十分の事なのだろうけど。
――長い!! 長すぎるよシンジくん!!
間違いなく自分勝手な判断で長いと判断して、怒りが湧いてくる。
もう少し長く入っているのなら突入してやろう!! なんてバカな事を考え始めたときに、ようやくシンジ君が頭をタオルで拭きながら出て来た。
『遅い!! 長い!!』
「えぇ~……」
頭を拭きながらわたしの文句に困るシンジ君。
「いいだろ別に。ここは俺たちの家なんだし、誰に迷惑かけたわけじゃない。いるとしたら伊織だけだし、それに俺はいつもこのぐらいは風呂に入っているぞ」
そう言われると、何も言えなくなる。確かにこの家には表面上二人しかいないわけで、わたしは『居る』にはカウントされていない。そもそもが赤の他人で、実体がないわたしに配慮する必要もない。
ただそれとこれとは別で、待たされたことにイラっとしてしまうのは仕方ないと思う。
――うん。わたしは悪くない……よね?
いい愛にもならないような会話を少ししていると、シンジくんはため息をついて、すたすたと歩き出した。そのままいても仕方ないと思ったのか、部屋へ戻るみたい。
わたしもシンジ君の後を追う。
そして部屋に着くなり、わたしは先ほどの仕返しをするため、ある行動に出た。
『シンジ君の部屋だぁ~、へぇ~、』
「おい! ふわふわしながら何を探してやがる!」
『そんなの決まってるじゃなぁ~い? 男の子の部屋でする事と言ったらエッチな本を探すのがお約束でしょ?』
「いやいやいやいや、な、ないから!! そんなお約束もそんな本も」
『ほんとかなぁ~?』
ワタワタと焦るシンジ君を横目に見ながら、言い出してしまった以上探しているふりはしなくちゃいけない。もちろんあったらあったで私も恥ずかしい想いをするのは分かるのだけど、なんだか言い負かされている様で悔しいから、ちょっとだけあって欲しいなとか思ったりもしてる。
「ちょっと、話してもいいか?」
『なぁに?」
目につくところだけじゃなくて、隠せそうなところを見回っていると、シンジくんが先程よりも大きなため息をつきながら声をかけて来た。その声に反応してシンジ君の方へ振り向く。
見えた彼の顔は、お風呂に入って来た時から比べると、少し赤みが増しているような気がしたけど、彼の表情は変わっていないので、特に何かを感じる事は無い。
「少し話してもいいか?」
『うん、そのためについて来たんだもん』
「なら
『はぁ~い』
いくら探しても見当たらないので、そろそろやめようかな? なんて考えていた時だったので、シンジくんのいう通りに大人しく止めることにした。
ちょうど近くにあった椅子に腰を下ろす。正確には座れるわけじゃないけど、まぁそんな事大したことじゃないし、彼にだって気にしてないと思う。
わたしが落ち着いたのを見計らって、シンジくんはわざとらしく咳ばらいを一つしてから、話をし出した。
「カレン……きみは……自分は
『……ある……と思うわ……』
「そうか……なら、そのあるという根拠を話してくれないんじゃ俺にはどうしようもないよ。言いたくない部分は言わなくていいから少し聞かせてくれないか?」
確かにそうなのだ。だけど本当に今わたしがまだ息をしているのかは、あれから戻っていないからわからない。でもそんなに時間が経っているとは思えないから、まだそうなってないとも思える。
それに、
――でも……言える事は……
『セカンドストリート……』
わたしが考え事をしている時に、妹ちゃんがシンジくんを呼びに来たので、彼は妹ちゃんと一緒に部屋から出て行った。
彼の後ろ姿に向かって呟いたかのように漏れたその言葉は、しっかりと彼に届いていたのかは分からない。
セカストの皆がわたしを探してくれているのならば、
――わたしの今を知ることが出来る鍵は、セカストの皆の動きで分かるはず……。
誰もいなくなった部屋の中で、独りいつも一緒にいたメンバーの顔を思い浮かべていた。
今のわたしには、食欲もわかなければ、時間という概念もない。生きているとは到底言えない存在なはずなのだけど、何故か今とてつもない眠気に襲われてきている。
――え? なに? 幽霊なのに寝るの? マジ!?
眠気と必死に戦いながら、そんな事を考える。しかし、抵抗もむなしくついには目の前が暗く闇色に染まり始めたかと思うと、意識を手放した。
気が付いた時わたしは
体力も落ちてきている様で、すこし動こうと思ったらすぐに力が抜けてしまう感じがする。シンジくんと一緒にいたときのような、元気いっぱい!! という感じは出せそうもない。
寝転びながらも視線だけを動かして、周りの状況だけはしっかりと確認する。いつものように食料はしっかり用意されているようだし、周りには人の姿は見当たらない。
――戻ってきちゃったのか……。でもまだわたしは生きている!!
そのことに嬉しさが込み上げるのと同時に、絶対に生きて、生き抜いてやる!! という気持ちが更に沸き上がった。
動きも緩慢なままではあるけど、そのまま這いずる様に食料の方へ向かい、何とか少しでも動くことが少ない状態でも食べられる物だけを口にする。
変なところでアイツは気が利くみたいで、毎日のように菓子パンのようなものが用意されているが、その都度置いて有る物は種類が違う。更に包装してあったであろう袋まで取り払われており、そのまま口に運ぶことが出来た。
――気が利くのはさすがと言えるけどね。こういう状況じゃなければだけど……。
食べられることを素直に喜びつつ、アイツの事はもう許すつもりはない。だから感心することはあっても、もう尊敬の念などは全くない。
「これからどうなるんだろう……」
誰にも聞かれる事の無い言葉が、部屋の中で静かに消えていく。
考え事が纏まらないまま、時間だけが過ぎて行く。ただどのくらいの時間が経っているのかは良く分からない。
目を閉じて出来ることが無いかと考えていると、遠くの方から近づいてくる足音が聞こえて来た。
その足音は、わたしのいる部屋の前で止まり、音を立てて来た者が中所無しにドアの鍵を開け中へ入って来る。
「都築……」
「ほう……。今日は起きていたんだね。心配したよ。あれから2日も目を覚ました気配が無かったからね。それに……」
食料が置いて有る方へ視線を向けながら、少しだけ都築の口角が上がる。
「ちょっとは食べたようだね。まぁこのまま死なれては困るんで、しっかり食べて欲しいところだよ」
「こ、こんな事して……無事に済む……はずないでしょ?」
精一杯の強きを見せながら、キッと都築を睨む。
「そう睨まないでくれ。可愛い顔が台無しだよ? 君はカレンなんだから、いつも笑顔を忘れないで欲しいね。そしてその笑顔でわたしの為に働いてくれよ。君にはそういうチカラがあるんだから」
「さいっ……てー!!」
「まだそんなに元気があるのか……。ならもう少しこのままでもいいな……。また来るよカレン。そろそろ頷くことを覚えた方が良い」
「…………」
わたしは都築を睨んだまま、部屋の外に彼が出て行くまで、その視線を外すことは無かった。
――助けて……シンジくん……。
ここ最近で仲良くなった男の子の顔が自然と浮かんできて、涙が頬を流れる。アイツの足音が聞こえなくなった部屋の中で独り、泣き続けるのだった。
もしかしたらもう目覚める事は無いんじゃないかなと思う時がある。
目を覚まし、目の前の景色が見え始め、見覚えある物が視界に映るとほっとして、その後には善津某に襲われる。
今のわたしはそんな感じ。
あのまま泣きながら寝てしまったのか、意識が無くなってしまったのか、気が付いたらシンジくんの部屋の片隅にちょこんと座っていた。
一瞬何処か分からなかったが、あたりをきょろきょろと見回して、ベッドの上に見覚えのある顔を見つけると、ようやくほっとできた。
どうやらもうすぐ朝が来る時間みたいで、部屋の中に日差しが入り込んできている。少しばかりぼぉ~っとしていたけど、頭の回転が働き始めたのと同時に、何をしようか考える。
とりあえず、目下睡眠中であろう人の事を観察しようと、そのまま音を立てないように静かに寝ているシンジ君の方へ忍びよった。
――いや、幽霊なんだから、もともと音とか出せないんだけどね。
自分で自分にツッコんでしまう程、何故か今のわたしはウキウキしている。
色々な角度から眺めたり、突こうとして指を伸ばしたりと、彼が寝ていることをいい事にやりたいことをやってみた。
そして真横から彼の顔を覗き込んでいると、シンジ君の眼がパチッと見開いた。
「んんくっ!!」
変な声を上げて驚くシンジ君。そのままガバッっという勢いで、体を覆っていた布団を跳ね飛ばしながら起き上がった。
ちょっとびっくりしたのはわたしもなんだけど、その動きに合わせて何も言わずにサッと避ける。
「お、おまえ、俺の夢の一つを勝手に壊すなよ!!」
『あら、やっと起きてくれたのね。さっきから前で待ってたのに全然起きないんだもん』
何のことか分からないけど、何故かシンジ君が怒り始める。
『で? さっきの夢の一つって何よ?』
「あー、別に……。たいしたことじゃないから忘れてくれ」
『えぇ~、気になるし』
「うるさいなぁ」
発言の意味が気になったので、そのまま話せという意味合いも込め、彼の方をつつこうと思って伸ばした指もろとも、スーという感じでわたしの身体ごとシンジ君の体をすり抜けていく。
ちょっと恥ずかしくなったわたしは慌てて話題を変えた。
『シンジ君、今日から始めるのね?』
「そうだな。昨日カレンから詳しく聞いた事を基にして、君の周りの人たちから情報を集めていくことにするよ」
『わかったわ。私も
彼に協力するのは願ってもいない事。出来る限りの事はするつもりでいる。
むん! と気合を入れていると、シンジ君がわたしを見ながら苦笑いをしていた。
――ちょっと恥ずかしいな……。
「いいか、前もって言っておくけど、あんまり俺に近づくな。君たちみたいなモノが近くにいると寒いんだよ」
『なによぉ、そんなこと言って。あ、わかった! テレ? 照れてるんだ!!』
「ぶっ!!」
『かわいい~!!』
シンジ君は着替えをしつつわたしにそんな事を言ってくる。
――え? わたしがいると寒くなるの? 冷えるって事? ならクーラー要らないじゃん!!
なんてことを考えていたら大きなため息が聞こえた。
「しゃべらなきゃな……」
『え? なに?』
「なんでもねぇよ! いくぞ!!」
『あぁ~っと、まってよぉ~』
急いで部屋を出て行こうとするシンジ君を慌てて私も追いかける。実は追いかける必要はないんだけどね。憑いているんだから。でも気分的に何となくそうしたかったんだ。
それから夕方までシンジ君はわたしの学校の友達とか事務所とか立ち寄りそうなとことか、一応聞ける情報を集めるために精力的に動いてくれた。
その途中ではクラスメイト達や友達やらにカレシと間違えられて凄い真顔で否定したり、事務所の偉い人から関係を深く追及されストーカーに間違えられ、警察に通報されそうになったりと、色々なことが起こってちょっと楽しかった。
さすがに警察沙汰に今はしたくないので、余計な事を言わない程度にアドバイスをしておいた。
事務所の人たちに都築の事は話せない。話してしまったらアイツがどんな行動に出るか分からないから、慎重に動かなきゃならないと、グッと堪えてその事はシンジ君にも話してはいない。
わたしの事を見つけたという事にするのであれば、わたしが側に居る事は知られるわけにはいかない。すでにこの世に居ないというのであれば、被害はそれ以上になりようが無いから、存在自体を伝えて探してもらう事は出来るけど、事務所の人に行っても理解してもらえるとは思えない。
――メンバーの一人……あの子ならもしかして……。
そう思った事もあるけど、今はメンバーにも悟られるよう事をするわけにはいかない。彼女たちも被害にあわないためには、やっぱりシンジ君に頼るしかないのだ。
『ごめんねシンジ君。よく知らないわたしなんかの為に』
「なんだよ急に……」
『何となくだよ。いろいろ言われちゃってるみたいだし』
「ん? そんなこと気にしてたのか? 気にすんな……ていっても気にしちゃうんだろうなぁ」
ため息交じりにシンジ君の言葉がこぼれる。
「しかし……」
『なに?』
「カレンってやっぱりすげぇんだな。セカストって人気アイドルなんだと改めて思ったよ」
『何言って――』
「だから……必ず見つけ出してやるよ。みんなの為にも……な」
そう言ってわたしに見せる笑顔が、とても眩しく見えた。
幽霊になんてなりたかった訳じゃない!! ~可憐な日常~ 武 頼庵(藤谷 K介) @bu-laian
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。幽霊になんてなりたかった訳じゃない!! ~可憐な日常~ の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます