第10話 憑いているのは……



仲良く二人が買い物をする間、わたしは今までの事を考えながら、これからどうしていくべきか悩んでいた。

 シンジ君の事を全く信用していないわけじゃないけど、彼もまた私と同じ歳の少年なのだ。彼にできる事には絶対に限界があると思うし、何より一緒にいる妹ちゃんの事があるから、あまり彼一人で行動するという事は少ないだろう。


 そうすると、シンジ君にずっとくっついているという事にも、少なからずデメリットがあるわけで。


――どうしようかなぁ……。

 しかし、ようやく今の姿の自分と、普通に会話もできる人なんて、これから探すとしても巡り合える確率は少ないと思うし、なんというか……まだ少ししか話してはいないけど、シンジ君以上にわたしが信頼できる人には出会えない気がする。

 これは女の直感でしかないけど、何故かそう感じてしまうのだから仕方ない。


 そうこうしている間にも、買い物は終わってしまっていて、二人はそのまま家路についていた。結局の所は二人が何を話しているのかを聞いてはいないので、これから二人がどうするのかは分からない。

 そのまま一旦は後ろをついていく事に決めた。




 二人が入って行ったのは、住宅街にあるちょっと大きめの一軒家。

 わたしは子供の頃は友達の家などに遊びに行きことはあったけど、そんなに交友関係が広かったわけじゃないので、他人ひとの家に入るという経験は少ない。

 頻繁に言っていたという事では、響子や理央の家位のもの。


――そういえば、二人は元気かなぁ……。心配しているよね……たぶん。

 少し冷静になれたところで、親友と呼べる二人が心配している事を想像し、悲しい気持ちが込み上げる。

 でも今はそこまで心配しているわけにはいかない。がんばるんだわたし!! と自分に言い聞かせて、頭をぶんぶんと左右に数回振ると、視線を感じたので其の方向へ顔を向ける。

 シンジ君が不思議そうな顔をしてわたしの方を見ていた。

 それが少し恥ずかしくて、考え事をしていた時に少しだけ聞こえていた会話をもとに、シンジ君に話を振ることにする。スッと移動しながらシンジ君の横まで移動して、小さな声で話しかけた。


『シンジ君てさ、義妹いもうとちゃんには優しいんだね』

「おう? 俺は誰にでも基本的には優しいんだよ」

 するとビクッと少しだけ身体を震わせてから、ゆっくりと顔を私に向けてシンジ君は答えてくれた。


 ちょうどその時姿を見せた妹ちゃんに、シンジ君が体の向きを変えてる。

「なぁ伊織、セカンドストリートって……何かしってるか?」

「え? なに? お義兄にいちゃんにセカンドストリートに興味あるの?」

 突然のシンジ君からの質問に、妹ちゃんのテンションが少しだけ上がったような気がした。

「セカンドストリートっていうのは、今、わたしたち位の歳のコの間でめちゃくちゃ流行ってる女の子のアイドルグループだよ。あ、待ってて、私CD持ってるから」

 そんな会話の後に妹ちゃんは足早に去って行った。きっと話していた通りにわたしたちのCDを取りに行ったのだろう。そしてモノの数分で戻ってくると、その手には数枚のCDが大事にぎられていた。

 カバーのデザインだけでもわかる。だって自分たちが出したものだし。何より私自身も持ってるもだから。

 渡されたCDを見つめると、ひっくり返したところでシンジ君の動きが止まった。そのまま何も言わないで少し考えるそぶりを見せると、何も言わないままで歩き出した。

 わたしもその後を追っていく。どうやら自分の部屋に向かっているようだ。


 彼が自分の部屋らしいドアの前で少し立ち止ると、少し考え事をしてからドアノブに手を伸ばした。

 その瞬間に先に部屋の中へとお邪魔する。


『失礼しまーす』

 言っても言わなくてもいいのだろうけど、聞こえるであろう人物は今の所、考え事をしているようなので気付いている様子はない。

 そのままちょうどベッドが有ったので、そこに足だけ伸ばすような恰好で座る。まぁ実体がないのだからその場にほんとうに座るわけじゃないけど、気持ち的に座っていると思う事にする。


 部屋に入って来てもまだ黙ったままのシンジ君は、そのまま勉強机に備えられている椅子に腰を下ろした。そのまま少し時間が過ぎる。

 

「で? これからどうする?」

『え? あ、うん、もちろん、体をさがすんだけど……』

「わかった。なら明日から動こう。今日はもう少し考えを教えてくれ」

 急に声を掛けて来たかと思ったら、今日はもう何もしないと宣言された。ただそういっても彼は勉強机の上にあるノートパソコンの電源を入れる。そして立ちあがったパソコンにカタカタとキーボードを叩いて、何やら打ち込みを始めた。


 ちょっとだけ時間が過ぎて、そのまま会話が無いのも寂しいと思い始めたら、先ほどのCDの事を急に思い出したので、無言でキーボードを叩きながら、画面とにらめっこを続けるシンジ君に声を掛ける。

『聞いたんでしょ?』

「え? 何が?」

 声を掛けると同時に彼の側に近づいていた。そのせいかこちらに振り向いた彼の顔が間近に迫る。

 ちょっと恥ずかしかったけど、それ以上に気になることが有るので、その事には一切触れずに会話を続けた。


『だから、セカンドストリートのことよ』

「ああ、まあ少しだけな」

 カチッカチッとマウスを移動させながら、彼はそっけなく返事を返してくる。

『気づいてないわけないわよね? 私がそのセカンドストリートのカレンだって事』

「ああ、まあこれを見ちゃうとなぁ」

 カチッカチッ

 手元でパソコンをいじりながら、生返事が返ってきたことにイラっとした私は少し声を荒げ、そのまま彼が見ている画面の前に突然頭だけを出してみた。


『ちょっ!! 聞いてるの!? 私がカレンなのよ?』

「おわっ!!」


 素直に驚いて、椅子から落ちそうになるシンジ君

「なにすんだよ!! ビックリするだろが!!」

『だって、シンジ君がちゃんと聞いてくれてないんだもん!!』

「だからっていきなりこんな所から出てくるなよ!!」

『アイドルの私の顔をタダで近くで見られるんだから光栄に思いなさいよ!!』

 話を聞いてくれないことに対してなのか、それともセカストのカレンという事に気が付いても、何も変わらない様子のシンジ君に対して怒ったのかは自分でも分からないけど、何故だか無性に腹が立ってしまった。

 だからという訳じゃないけど、彼の顔から視線をそらし横を向いてしまう。


――何なのこの人!? 何を考えてるのかわかんないじゃん!!

 今までに自分の周りでは経験した事の無い、彼の反応に戸惑う。


 

「誰だ? それは? 俺が知ってて今、目の前にいる知り合いはだ。セカンドストリートのカレンなんて女の子じゃないからなぁ」

 カチッカチッとマウスを使いながら、何事もなかったようにそんな言葉が彼から聞こえてくる。

 その言葉を聞いた瞬間にわたしはなんだか、」怒っていたことなどすっかりどこかに行っちゃって、逆に嬉しさと恥ずかしさが入り混じった複雑な感情が、一気に体の中を駆け抜けていくような感覚に襲われた。



『ありがとうシンジ君』

「な、なんだよ急に」

 わたしの無意識から出た言葉。それに今までは反応が薄かったシンジ君が本気で驚いている。


『シンジ君はと話をしてくれてたんだ』

「どういう意味だ?」

『そういうことでしょ? アイドルのカレンじゃなくて、今日会って話をしてる、今目の前にいる日比野カレン……わたしと話をしているって事でしょ?』

「ま、まあなぁ……とは言っても、目の前に実際に居るとは言えないけど、だからと言って驚いてないわけじゃないぜ? 妹からも少し話は聞いたし、人気なんだろ? お前ら。でもな、俺の前で困ってたのはだった日比野カレンという存在の君だ。決してアイドルのカレンとして話しかけてきた訳じゃなかった。ただそれだけだよ」


――やっぱり、あなたで良かった……。

『やっぱり、あなたでよかった……」

 思っている事がそのまま口からこぼれてしまったけど、そんな事どうでもよかった。シンジ君が話した言葉は、本当にわたしの心の奥深くにまで届いてしまったのだから。

 ちょっとだけ嬉しさで頬を伝うものが有る。見られることが恥ずかしいので、下を向いて誤魔化した。



 ちょっとだけ気まずい時間が訪れると、シンジ君が思った以上に焦りだした。

「えと、カレン話は風呂入ってからでもいいかな?」

『え、ええ、別に構わないわよ?』

 そんな雰囲気がにがてなのだろう。シンジ君は急にそんな事を言い出した。だからわたしは特に考えもなしにオッケーしてしまったのだけど――。



「じゃぁ、悪いけど」

『はい……どうぞ』

 タンスを開けてごそごそと用意を始めるシンジ君をそのまま黙ってみている。用意が出来たのか今度はドアまで向かうので、その様子を視線だけで追っていた。

チラッとわたしの方を見たのだけど、何も言わないのでそのまま下を向く。

そのまま廊下を歩いて脱衣所に着き、上着を脱ごうとしているのを、そのまま真横に手その様子を黙って見つめていると、ぎぎぎという音がしそうなほどに、ぎこちない動きをしながらシンジ君がわたしの方へ顔を向けた。


「カレン」

『なに?』

「なんで君がここにいるの?」

『なぜって、私はあなたにいてるんだもの、そんなのあたりまえじゃない?』

「…………」

 あまり表情の変化のないシンジ君の顔が、驚愕している!! と見本に出来るような表情を見せてくれた。


――わたしだって恥ずかしんだよ? 

 さすがに今の都市になってからは、男の子の裸を見るなんて事は無くなっているのだから、いくら一緒にいる事を自分から宣言したとしても、恥ずかしいものは恥ずかしい。


『私は今こんなだし? なら優しくしてくれてもいいんじゃない? 別にいいでしょ? 見られて減るものじゃないんだし』

「う、うるさいな! 俺は基本的に人には優しいんだよ!! というかそれと今の状況とは関係ないだろ!! ていうか、なんでお前家の中までついてくるんだよ」

『あらシンジ君、女の子を家から追い出そうなんする人が優しいなんて言えないんじゃない? それにこれから暗くなるし危ないじゃない、ネ?』

「ネ? て、たしかに女の子かもしれないけど、そもそも、お前今は人じゃないじゃん!! 夜とか昼とか内とか外とか関係ねぇだろ!」

『あら、やっぱり冷たい。シンジ君って困ってる人をほっとける人なんだ?』

「そ、それは……」

 ごにょごにょと口の中で言いよどむ。

 そんな彼に対して一つだけ気になっていることが有ったので、この際言ってやることにした。


『それに!!』

 彼の顔をのぞき込みながらも、ビシッと指を彼に向かって差す。

「な、なんだよ?」

『その、お前ってやめてくれない? 気になってたのよね。今はこんなふわふわ浮いたりしてるけど、私にはちゃんとカレンって名前があるんです!!』

「お、おお? ご、ごめん。でも、その……俺は義妹いもうと以外に女の子を名前で呼んだことなんてないし、だいたい女の子と話すのだって、あんまりないっていうか……ほぼないいっていうか……」


 そんなことをブツブツと言いよどむシンジ君。


――そんな姿を見ちゃったら、怒ってばかりいられないじゃない?

 彼の姿を見ながら、込み上げてくる楽しさを堪えきる事が出来ずに、つい笑ってしまった。

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