第3話 ずっと友達


 アイドルとしての道を歩き始めた私は、事務所と相談のうえでこれまで通っていた公立では無く、少しでも自由が利く学校に居る事が大切だと、社長さんやマネージャーさんに説得され、中学校への進学を機に私立の学校へと通うことになった。

 できれば私はそれまでの友達とも離れたくはなかったし、そもそも私立ともなれば少なからずお金は今まで以上にかかる事は、小学生の自分にでもわかっていた。


「お母さん……わたし無理に私立になんて行かなくてもいいんだけど……」

「何を言ってるのカレン。公立の学校じゃいくらお仕事といってもそんなに休んだりする事なんて簡単じゃないのよ? 少しでも自分の有利になる所に行きなさい」

「でも……友達とも離れちゃうし……。お金もかかるじゃない?」

「お金のことは心配しなくてもいいわよ。これでもお母さん稼いでいるんだから!!」

 むん!! と腕を振り上げながら任せなさいと息を荒くして話すお母さん。


「でも響子や理央とも離れちゃうし……」

「あぁ……確かにそうかもしれないわねぇ……。そう思うなら聞いてみたらいいんじゃない?」

「そうだね……うん!! 聞いてみる!!」

 正直に言うとお金のことは二の次で、それまで毎日のように遊んでいた二人と、今以上に離れ離れになることが嫌だった。

 六年生になってからは、私のレッスンの事もあったし、二人も色々な習い事に出かけていくこともあるので、遊ぶという都合がつくことがなかなかない。

 少しでも多くの時間を過ごしていたいとは思うのだけど、どうしても自分の事に時間をかけてしまうので、友達のことになると後回しにしてしまう。


「ちょっと二人の家に行ってくるね!!」

「はい、行ってらっしゃい。気を付けていくのよぉ~」

「はぁ~い!!」

 すぐにでも二人の顔を見たくなってしまった私は、決断するとすぐに動き出した。

 勢いよく玄関のドアを開けてお母さんに一声かけてから出かける。実はお母さんは土曜日も仕事に行っている事の方が多く、私も土曜日には夜になるまで事務所に居る事が多かったので、久しぶりに二人で過ごせる時間だったのだが、お母さんは笑顔を向けて送り出してくれた。

 今よりもまだ小さかった頃は、何処に行くにしてもお母さんは心配していたけど、最近はようやく一人で何処に行くとは言わなくても、外出を気軽に許してくれるようになった。

 ただ近くに住む人たちは、私がゲイノウジムショに所属している事を知っている人が多いので、なるべくは目立たないような恰好をして出かける事だけは約束させられている。


――全く心配性ななんだから……。

 なんて思ってはいるのだけど、お母さんは本当に自分の事を大事にしてくれていると実感しているから、言われる事には素直に納得できるし、そんなお母さんの心遣いがとても嬉しかった。


 この時の私の格好はというと、髪型は事務所から指定されているので変える事は出来ないけど、元が少し明るい髪色をしている事もあって、太陽の下に出ると少し赤みのある栗色っぽくなる。表現が合っているか分からないけど、焼いた後の栗の皮色みたいな感じ。その髪を肩ぐらいまでストレートに伸ばしていたのだけど、目立たないように帽子を被り、しっかりと纏まる様にしている。そして顔はもちろんそのままで、メンバーの中には同じ歳なのに既に化粧をする子もいる中、私はそのまま素顔のままで通している。しかし目元は隠れるように赤い縁の付いた眼鏡をかけている。小さい頃から視力は悪くない。だからこれは伊達メガネというやつらしい。良く見えるようになるようなレンズは入っていない。ただのガラスレンズがはまっているだけの物。これが最近はお気に入りになりつつあって、何処に行くのにも愛用している。


 私が今住んでいる家から、二人の住んでいる家までは走れば5分もしないうちに着くところにある。

 今日は土曜日とはいえ、二人も何かと忙しい。いつもの私なら二人の所に行く前には電話でいるかどうかを確認してから行くのだが、今日ばかりはすぐにでも話をしたいと思っていたので、その手順を飛ばして家を出てしまった。今更ながらに不安になってくる。


――いるかな? 二人共……。

 走って行く間にもそんな事を考えていた。


 二人の住む家は住宅街の中にあるので、周りの人通りは少ない。誰かにあっても昔から住んでいる人達ばかりなので、こちらからするまでもなく声を掛けてくれる人たちも多い。小さい頃からこの辺は三人で遊び回っていたので、どちらかといえば大人の眼によって見守られている感じがして安心できた。


――ついた!! けど……いるかな?

 息が切れる前に着いた二人の住む家の前には、おばさんがいつも乗っている車が駐車している。二人のうちのどちらかでも習いごとに行っている時は、送迎しているので車も無い事は知っている。車を確認できたことにほっとしながら、家の玄関前に歩いて行く。そのままの勢いでインターホンを押した。


「……はい。どちら様ですか?」

聞きなれたおばさんの声がする。

「あの……カレンですけど、二人はいますか?」

「あらカレンちゃん!! ちょっと待っててね!!」

 インターホンが切れてから、バタバタと音が近づいてくるとガチャっと鍵が開く音がした。


「いらっしゃい!! カレンちゃん」

「こんにちは。響子と理央はいますか?」

「ちょうど今は二人ともいるわよ。今響子を迎えに行ってきたところなの」

「良かった……」

「どうぞ上がって」

「お邪魔します!!」

 おばさんに促されて家の中へと入って行く。


「いらっしゃいカレン」

「こんにちはカレン」

 今に通されたカレンを迎えてくれたのは、久しぶりに笑顔を向けてくれた二人の友達。

「久しぶり!! 響子!! 理央!!」

「ちょっと……どうしたの?」

「連絡もなしに来るなんて珍しいね」

 二人の顔を観たら我慢できなくなって、二人の座る場所に突撃して抱き着いた。


「二人に話が有るんだよ……。だから来ちゃった!!」

「来ちゃったって……まぁいいんだけど」

 理央には少し呆れられたような気がするけど、ため息をつきながらも私に抱き着かれたまま笑顔を向けてくれた。

 響子は抱きつかれたままで何も言わないけど、やっぱり笑顔を向けてくれている。


 一通り二人とスキンシップを取った後に、ようやく落ち着きを取り戻した私は、二人が座るソファーと反対側に腰を下ろした。

 同時にちょうど頃合いを見計らったように、おばさんがお茶とお菓子を出してくれる。そしてそのまま空いている私の横へ腰を下ろした。


「それで話てなぁに?」

「うん……」

 一口だけお茶を口に含んでから響子が話をして来た。

「実はね……。わたし、中学校から私立の所に通うことになるらしくて……」

「「へぇ~。そうなんだ」」

 二人の返事が重なる。

「それでね、二人と離れちゃうからその……話をしておきたくて」

「ありがとう」

「そっか……」

 二人が少し静かな声で返事を返す。


「でもさ……、それってアイドルになるためなんでしょ?」

「え!? う、うん。そうなんだけど……」

 理央が小さな声で問いかけて来た。

「なら仕方ないんじゃないかな? カレンの目指すところに近くなるならその方が良いって、おばさんが判断したんでしょ?」

「うん。あと事務所の人たちかな……」

「カレンは嫌なの?」

「嫌っていうか……友達と、二人と離れたく無いなぁって思って」

 私の返事に二人が黙る。



「カレンは思い違いをしてる」

「そうねぇ……」

「え!?」

 少しだけ時計が進んでから、理央がポツリと言葉を漏らした。それに響子も反応する。


「いくら離れたからと言っても、それまで友達だったことは変わらないわよ? これからだって友達のままだと思うんだけど、カレンは違うの?」

「それは……」

「そうよねぇ。別にこれでどこかに行っちゃうとかじゃないんだし、走れば5分くらいでお互いの家に行けちゃうのよ? いつでも会えるでしょ?」

「っ!? そ、そうだね……そうよね!!」

 理央の話にハッとしながら、私の胸の中が温かくなっていくのを感じる。響子も理央の話の補足をしてくれたけど、その通りだ。


「わたしたちはいつまでも友達よね!!」

「「そうよ」」

 三人でそのまま笑い合った。


 この時、二人が私と誓い合った事を私は忘れていない。この時の誓いがあったからこそ、何かあって悩んだ時も、苦しくなって逃げ出したいときも、近くに友達が居てくれると思うことが出来て乗り切る事ができた。

 

――頑張れる!! 二人が応援してくれてるから!!

 引っ越してきてから、私にも友達は多くできたし、知り合いになった子もいる。だけど、やっぱり私にはこの二人は特別なのだ。いつも一緒にいたといってもいいくらい、同じ時間を過ごしてきたから。


 こうして私たちは無事に小学校を卒業して、響子と理央は家からも近い公立中学校へ、私は事務所にも近い私立の中学校へと進学した。


 それと同時に、私を事務所へと誘ってくれたマネージャーが、新しく入った娘のマネージャーになるという事で、私の元から離れていった。

 本来なら私たちのグループにそのまま残ってもらうはずだったのだけど、グループの人数を少し多くしようという事が決まったらしく、その新しく入って来る子たちを急遽担当することになったらしい。

 そして私たちの、私の新しいマネージャーになった人は、元から事務所では見かけた事のあった男の人。

 

「初めまして皆さん。新しく君たちのマネージャーになった都築と言います。よろしくね」


 そんな言葉と共に私たちの前に現れたこの人を改めて見たとき、私には何か背中が寒くなるような感じがした。

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