第4話 新生活へ


「今日からスケジュールは――」


 面識があったとはいえ、それまでは殆ど挨拶もしたことが無いような私達に対して、あっさりとした言葉だけを発したと思ったら、直ぐに今日以降の話をし始めた都築。

 前のマネージャーは既にこの場には居ない。新しい娘たちの所にアなきゃならないという事で、挨拶もそこそこに出て行ってしまった。


 初めて事務所で見た時から、何となく嫌な感じはしていたけど、こうして目の前にまで来て改めてその姿を正面から見ると、どうしてか不安感しか感じなかった。

 この他にも、この時に同じマネージャーになったのがレイとミホそしてカンナの3人。同じ部屋に集められた時から何かあると思っていたけど、このタイミングでまさかマネージャーが変わるとはみんな思っていなかったようだ。

 特にレイがとても嫌そうな顔をして都築を見ている。


「ねぇ……」

「ん?」

 少し大人っぽい雰囲気をしているけど、同じ歳のレイが声を掛けて来た。

「あの人の事どう思う?」

「どうって……?」

「なんかさ、怪しくない?」

「う~ん……」

 私も心の片隅に何か引っかかりがあったけど、実際に何かがあったわけでは無いので、レイから聞かれたことに対しては、「そんなこと言われても」状態だった。返事のしようがない。


 私レイとは違い、ミホとカンナは大人しく都築の言う事を聞いて、メモのようなものを取っている。

 だから二人にも意見を聞いてみようとレイには言っておいた。


「――と、いう事でこれから進めて行くことになるけど、何か質問はあるかな?」

 手に持っていた手帳から専を外した都築がわたしたちの事を見回した。

「はい。いいですか?」

 それまで何も言わないでメモしていたミホがを上げる。

「はい……えぇっと……」

「ミホです」

「ごめんね。まだ顔と名前が一致しなくてさ」

「構いませんよ。急な事だったのなら当たり前のことだと思いますし」

 ミホの言葉に都築は謝るようなゼスチャーをする。


――この人!?

 私はこの二人のこの会話で、ある事に気が付いた。

 それはちょっとした違和感があったから。都築はしっかりと謝って見えるのだけど、そのジェスチャーに隠れた表情は笑っているように見えたのだ。特に私が気になったのは眼。その眼は私達を値踏みでもするかのような眼をしていた。


 こういう業界にいるのだから、色々な人たちと出会いや別れは自然と起こる。私達に関係していこうとする人達には熱意を持った人や、仕事に真面目な人もいるそうじゃない人もいる。

 前のマネージャーがいつも言っていたことに、人を見る目を養いなさいというモノが有った。

 私達に近づいて来る人達の中には、野心を持った上昇志向の強い人や、自己顕示欲の塊で自分の評価を得ることにしか興味のない人等が絡んでくることがある。その中でも一番厄介なのが駒の一つとしか見ていない人で、何よりわたしたちの事をとしか見ていない人。

 こういう人たちの事を見抜けるようにならないと、いいように使から気を付けてと、口を酸っぱくして言われ続けた。私もそうだけど、同じことを言われ続けたここにいる4人は、何かあったときには何でもマネージャーに相談するようになったのだけど、都築が見せた一瞬表情を読みれた人がいただろうか。

 そんな事を考えている間にも二人の会話は続く。


「これから先の連絡は全てマネージャーにることになるんですか?」

「そうだね。何か駆らない事とかが有れば、言ってくれれば対応をすることになるね」

「個人的な事にもですか?」

「う~ん……それはどういう内容かにもよるけど、出来る限りは僕を通してくれると助かるかな?」

「そうですか……」

 ミホの質問につなく返答をする都築。

 これだけを見ていれば、特に問題のあるマネージャーには感じないだろう。


――なんだろう……ちょっと気持ち悪いな……。

 都築の顔は発している言葉とは違い、あまり表情が変わらない。それを見ているだけで何故か胸にモヤのような物が掛かってくる感覚がした。



 他の3人がどう感じたかは分からないけど、私はこれから先に関して少し不安に感じてしまった。

 

――何もなければいいんだけどな……。

 胸の前で両手を組んでギュッときつく願う。



この時に感じた物が、少しずつ足音を立てずに近づいている事に気が付かなかった。




 この時の話しが終ってからは、表立って大きな変化があったわけではない。とはいえ小さな変化はあった。

 まず変わった事といえば、メンバーが正式に決まった事。それまでは少し人数が多くなるとしか聞いていなかったけど、わたしを含めた8人でデビューすることになった。

 メンバーは初期からの顔見知りであるレイにミホとカナ、それにわたしを含めた4人に、新たに事務所に入ってきたナナ・アスカ・アズサという4人を加えたもの。

 歳はみんな一つ上か一つ下なので、そんなに会話に困る事もない。その点は同じ事務所からデビューしたグループとは違って、仲は良いと思っている。

 

――他の所は仲が悪いとは決してないけど。

 しかし、周知の事実な所も実際には有るのだから仕方ないな、と一人で納得する。




 メンバーが決定したことによって、それまでのレッスン内容が変わった。そこからはデビューに向けたダンスのレッスンと、歌のレッスンの量が増した。わたしはいつもレッスン終わりはヘロヘロになりながら家路を歩いていたのだけれど、メンバーの中には事務所に所属することが決まってから引っ越ししてきた子もいるので、事務所で用意した寮にいる子もいる。寮は事務所からも近いのですぐい帰れるから、その事を羨ましいと思った事もある。


 そんな事をしながら過ごしていても、久しぶりに完全にオフになる日があるので、そういう時はメンバーの誰かを誘っては響子や理央も呼んで一緒に遊んだりした。そうしないとストレスも溜まってしまうので、全力で遊ぶ。


 

 そんな充実した日々を送って季節は巡り、とうとう中学生になるときが来た。

 小学校の卒業式にはもちろんわたしのお母さんが来てくれて、涙をぼろぼろと流しながら写真を撮ったりしてくれた。

 それまでお世話になった先生達にも挨拶を済ませて、一人学校を後にしようと靴を履き替えて外に出ると、響子と理央が待っていてくれた。

 姿を見た瞬間に何かがはじけた感じがして、気が付くと涙が頬を伝っていた。そんな私を見て響子は笑い、理央はビックリしている。


「どうして今泣くのよ……」

「式では泣いて無かったでしょぉ?」

「うるさいな……」

 二人に文句を言いつつも、いつものように抱き着いた。そんな私を二人はギュッと抱きしめてくれる。


「まったく……変わってないねカレンは」

「そうねぇ~。そのままがカレンだものねぇ~」

 二人に抱かれたままウンウンと頷いた。

「わたしはこのままだよ……きっと」


 そのまま時間が少しして、あまりにも学校から出てこないわたしたちを心配したのか、お母さんと響子と理央のご両親が迎えに来てくれた。

 三人で抱き合ったままのわたしたちを見て、そのまま写真を撮ったお母さんは笑っていたけど、二人の両親はもらい泣きしていたみたい。


――ばいばい!! 小学校!!

 無事に小学校を卒業したの日、わたしは目標であるアイドルになることを堅く誓うのだった。


 それからは本当に忙しい日々を送った。

 新たに学年を上げる達には嬉しいけど短い春休み。そんな短さの中で中学校へと進学するわたしたちはその準備に追われる。

 わたしが通うのは私立明興めいこう学園中学校。わたしたちが住んでいる町からは少し離れてしまうけど、ちょっとしたお金持ちの子たちが通う事で有名なところ。

 事務所の人も何人か通っているらしく、芸能人やなりたい子なども多く在籍している事から、わりと自由な校風らしい。

 ある程度の教養マナーなど、それを売りにしている授業がある事からも人気があるらしく、毎年多くの受験生が入学試験を受ける。もちろん全員が受かる事は無く、ある程度はふるい落とされるわけだけど、自分があるなんて思っていなかったので、合格した時はアアさんと一緒に泣きながらお祝いをした。

 事務所からは他に二つ受けるように言われていたのだけど、明興以外は落ちてしまったのだ。三つの中で一番可能性が低いと言われていた学校に合格したので、事務所からも極驚かれた。


――失礼しちゃうわね!!

 なんて心の中で思ったのはないしょ。

 でもわたしも思っていた事だから、そう思われるのは仕方ないのかもしれない。


 事務所からも近いという事もあり、そのまま事務所へ行くことが出来るのは非常にありがたい。けっこう移動するのにも体力を使うから、レッスン前に疲れるのは勘弁してもらいたい。


 準備は前もって事務所の先輩たちから聞いていたので、割とスムーズに整えることが出来た。余った時間は出来る限りレッスンと友達と遊ぶことに全力を傾けた。この後はう遊ぶことが出来るか分からないから、遊ぶ事も全力でと事務所からもオッケーをラったので、気兼ねしないで遊んでいた。


 そんな中の一日に、残念ながら理央は習い事があるために遊べなかったのだけど、響子と出掛けた日が有った。偶然町の中で同級生の男の子を見かけた。


「あれって工藤くんじゃない?」

「え? あ、本当だ」

 彼は何処か浮かないような表情をしたまま、俯いて歩いていた。

「あんまり話したことないんだよね」

「そうなの?」

 響子は工藤君と数年同じクラスになった事があるらしく、それなりに話したことが有るらしい。わたしも2回ほどはあるのだけれど、それほど仲がいいわけではない。勿論話した事はあるにはあるが、どれもが誰かと一緒にいたときに何度かいう程度で、お互いに気兼ねなく話せるような関係性はないままで、小学校を卒業してしまった。

「どうする?」

「う~ん……。何か考え事してるみたいだし、今日は良いかな……」

「そうだねぇ。邪魔しちゃ悪いしねぇ」

「うん」

「ならこのまま二人で遊んじゃおう!!」

「おー!!」

 工藤君の事は考えないようにして、そのまま二人で買い物したり、ケーキを食べに行ったりしながら、充実した時間を過ごすことが出来た。


「あ、カレン」

「なに?」

 家に帰る時間が二人で、家路まで歩いている時に響子から声を掛けられる。


「理央はわかんないけど、高校はカレンと同じところに行く予定だからね」

「え!? もう決めてるの!?」

「うん。なんだか楽しそうな学校みたいだし」

「そうか!! うん、待ってるね!! 理央も一緒だといいなぁ……」

「理央は……どうだろうねぇ?」

 響子が理央の事で分からないという返事が来ることが珍しくて、わたしは少しビックリした。今までは双子という事もあって、二人はそれぞれに考えていることが分かっているような感じしていたけど、この時響子から出た返事は何処か寂しそうでもあった。


「三年後だね」

「うん」

「それまでカレン勉強しててね。進学できないなんてことが無いように」

「もう!! 響子までそうやって!!」

「ごめんごめん」

 結局響子の家に付くまでの間、そんなことを話しながら笑い合った。


 こうして短いながらもお休みを満喫して新生活が始まる。



※後書き※

お読み頂いた皆様に感謝を!!


真司と出会うまであと2年……。

次話にはようやくアイドルデビュー……の予定(笑)

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