第2話 スカウト


 病院で横になって何も言ってくれないお父さんと会った時から、すでに一か月が経とうとしていた。


 私が混乱していたこともあったが、時間が経つのは早いもので、お母さんは既に次の行動へ移すべく色々と駆けまわっている。

 そんな私だが、その後から学校へ行くことが出来ずに、家の中にこもりがちになってしまった。

 こんなことを言ったら多分お母さんに怒られるかもしれないけど、実はお父さんのお葬式の間も、も私の隣にお父さんが居るのだ。決して気持ち的にという意味じゃなくて、実際に視えているんだから仕方ない。

 でももちろん触れることも出来なければ話をする事もできない。


――これが幽霊ってやつなのかなぁ……?

 などと、私に向かって笑顔のまま座っているお父さんを見ながら考えた。

 もちろんお母さんにも視えているのかとはじめは思ったのだが、どうも視えているのは私だけみたいで、お父さんもそんなお母さんの事を悲しそうな眼をして見つめていた。


 この頃になるとようやく、もうお父さんはいないのだと実感が湧いてきて、私もどうにかしなくちゃ!! と意気込むのだけど、やっぱりふとした瞬間には思い出がよみがえってきて涙ぐんでしまう。そんな私を見てお母さんも悲しそうな顔をする。私はそれが嫌だった。お母さんのそんな顔を見るのがつらかった。弟は何が起きたのか分かっていないようだったが、いつもと変わらず元気に遊び回っている。

 


「カレン……お父さんは人を助けて、立派だったのよ? そんなに悲しい顔していたら、お父さんだって悲しんじゃうわ。それに私たちが何時までも悲しんでいたら、心配したお父さんが星になれないから……ね?」

「うん……」

 お母さんが私を元気づけたいのは分かるのだけど、どうしたらいいのか分からない。結局はまたお父さんの事を考えて泣いてしまうのだ。



 お父さんはあの日、仕事先の近くの公園の前を通り過ぎようとした時に、公園から飛びだしてきた子供が丁度通り掛かった車に轢かれそうになるところを、その体を張って飛び込みながら助けようとした。幸いなことに子供はお父さんに抱えられていて無事だったのだが、お父さんは車に刎ねられ、飛ばされた先のブロック塀へと身体を強打し、その時に頭も強く打っていたようで、同僚の人が駆け付けたときにはすでに息をしていなかったらしい。


 私とお母さんが病院に駆け付けたあの日、私はお父さんの横で泣きじゃくってしまって動けなくなっている間に、お母さんが関係者の方から話を聞いたのだ。

 お父さんのお葬式の日には、その子供と両親と思われる方も来ていたが、私はその子の事を見た瞬間に怒りが湧いてきてしまって、その子につかみかかろうとした。

ソレを止めたのが、幽霊になっていたお父さんだった。


――どうして? お父さん……。

 お父さんはその子の前にいて、両手を広げ左右に首を振って私の方を向いていた。


 どうしてお父さんが死んじゃったのかは理解できるのだが、どうして死んじゃわないといけないのかまでは理解できていなかったから。もういなくなるという現実を造る要因になってしまったその子に怒りの感情が湧いてしまったのは、まだ私が子供だったからじゃないかと、今ならそう思える。

 この時のお父さんは、この子には罪はないと言いたかったのかもしれない。そんなお父さんの事を見た私は、その子に対しての怒りよりも、お父さんがそれをするなと訴えてきていることに悲しくなってまた泣いてしまう事しかできなかった。


 そんな事がありつつ、この一カ月を過ごしてきたわけだけど、気が付いた時には家の中の荷物が綺麗に無くなっていることに気が付いた。ちょっとずつではあるがお母さんが片づけをしていたことは知っているが、本当にきれいさっぱりなくなるとは思ってなかったのでなりビックリした。


「お母さん荷物は?」

「カレン!! 引っ越すわよ!!」

「はぁ!?」

 とうとう無くなってしまった荷物の事をお母さんに問いただすと、お母さんからは更にビックリするような言葉が返って来た。


「引っ越し!? 何処に!?」

「お爺ちゃんとお婆ちゃんの家の近くね」

「え!? でも学校は?」

「転校することになるわね……。でもねカレン。なんだかお父さんが、ここにいちゃいけないって言っているような気がするのよ」

「おとうさんが……」

 私はお父さんが居る所へ視線を向ける。するとお父さんはうんうんと頷いていた。


「だからね、ちょっとカレンには途中で転校になっちゃって悪いんだけど、引っ越すことにしたのよ」

「分かった……。お母さんとお父さんの言う通りにする」

 私は頷いて返事をし、そのまま自分の部屋の荷物を片づけ始めた。隣にはいつも元気な弟がいて私の片づけを手伝ってくれようとしていた。そんな弟の頭をひとなでして、気合を入れなおしてまた荷物の整理を始めた。


 

 それから2週間後に新しい町に引っ越した。

 その間に仲の良かった友達先生などに挨拶などをして回り、色々と忙しかったけど、今はとても清々しい気持になっていた。

 確かに思い出の詰まったあの家にいるよりは、気分を変えるためにも新たな冒険に旅立つ方が良いのかも知れない。


「お母さん、私たちの名前変わっちゃうの?」

「そうねぇ~。カレンはどうしたいの?」

「私はこのままがいいな……」

「じゃぁそうしましょ」

 私とお母さんは、お父さんとの思い出を忘れないようにと名前はそのままでいることにした。

 だから今でも私は日比野カレンで、この名前が大好きなままだ。


 

 新しい町にはすぐに慣れる事が出来た。お爺ちゃんお婆ちゃんが近くにいて、何かあればすぐに来てくれることも大きかったけど、一番大きい事は、やっぱり友達ができた事。

 そのおかげで学校にも早くなれることが出来た。そんな友達の中でも特に仲良く遊んでいるのが、響子と理央という双子の姉妹。家も割と近くにあるので、毎日三人で日が沈むまで遊んでいる。

 

 この時はまだ数年後に、この姉妹の事で事件に巻き込まれるとは思ってなかったし、アイツと出会うなんてことはまったく予想もしていなかった。








 市川姉妹と知り合ってからというモノ、日常に少し変化が有った。もちろん学校も一緒なので毎日一緒に通うようになったことはもちろんの事。それ以外にも二人のおかげで新しい友達の輪もだんだんと広がって行った。


 市川姉妹は双子なのだけど、顔は確かに似ているから慣れてこないと、なかなかどちらがどっちかは見分けがつかない。二人と出会ってから3カ月ほど経つけど未だに分からないときがある。だからという訳じゃないけど、二人には引っ越してきた記念と出会った記念に髪留めをプレゼントした。二人の事をイメージしながら選んだそれは、自分のお小遣いでは買うことが出来なかったからお母さんに無理を言って買ってもらった。


 姉の響子はどちらかというと性格的には明るくて、すぐに誰とでも仲良くなれるような感じがするので、ヒマワリを形どった髪留めを。妹の理央は少し大人しいみたいで、あまり人に意見を言ったり自分から声を掛けに行く事が少ないから、アサガオを形どった髪留めをそれぞれ贈ったんだけど、二人共とても喜んでくれた。

 代わりにと二人から友達記念にと貰った手作りのブレスレット。私がもらったモノと色違いの物を二人とも腕につけていて、本当に友達になれたんだと私もかなり嬉しかった。


――一生の宝物だ。大事にしなきゃ!!

 そんな気持ちが私の中で大きくなった。


 そしてそのまま三人ともに大きくなって、小学校の最上級生になった5月、私達に変化が訪れる。

まず変わってきたのは響子で、体つきも変わってきたこともあるけど、それまでは男子たちから声を掛けられることはあまりなかったのに、結構な頻度で声を掛けられるようになって、色々な人たちと交流が増えた。それは学校の中だけではなくて、習い事もしていたのでそこから友達も一気に増えた。私と遊ぶ時間も少なくなっては来ていたけど、時々は三人で遊ぶこともあったので特に変わった印象は無かった。

 

 理央は小さい時からあまり変わらず、身体的には響子と同じように成長はしていたモノの、その性格の為か周りと騒ぐという訳ではなく、一人静かに本を読んでいたりすることの方が多くなった。

「面白いの?」

「読んでみる? カレンならハマるかもしれないよ?」

 なんて気軽に話しかけるのは私ぐらいで、殆どは一人でいるから友達もそんなに多くは作らないみたいだった。

 それでも二人共勉強はできたから、私が分らないところが有ったりすると一緒になって勉強して教え合ったりした。

 

そして一番変わったのは私。


学年が上がった4月の上旬に、お母さんと街を歩いている時に、知らない男の人から声を掛けられた。初めはお母さんが対応してくれて何やら断ったりしていたようだけど、あまりにも熱心に話すものだから根負けしたのか、その男の人と一緒に近くの喫茶店に入り話だけでも聞いてみることにした。

 その男の人はゲイノージムショのマネージャーをしていると言いながら、一枚の名刺をお母さんに手渡す。


 お母さんは凄い顔していたけど、私はその場所がどんな場所なのかあまり知らなかった。というよりもあまり興味がなかった。テレビは毎日のように見ているけど、そういう世界に繋がる場所だなんて全く思いつかないでいた。


「どうでしょうか?」

「どうでしょうと言われても……カレン、あなた興味ある?」

 二人で会話していたことに少し空き始めていた時に、お母さんが私の方へ顔を向けながら聞いてきた。それまであまり話を聞いていなかった私は、突然私に向けられたことにビックリした。

「え!? なんお話?」

「まったくこの子は……聞いて無かったのね? あなたアイドルとかに興味はある?」

「アイドル? アイドルってあのテレビとかで歌ったり踊ったりしてる人?」

 私の問いかけに男の人は苦笑いした。


「そうだよ。そのアイドルで間違いないよ」

「本当になれるんですか?」

「それは……君の、カレンちゃんの努力次第だね」

 突然に私の脳内に自分が歌って踊る姿が浮かんでくる。それは自分とは違う世界に生きている人たちで、自分には届く事の無い世界だと思っていたモノ。それが突然目の前にチャンスが舞い込んできた。


「お母さん私やる!! アイドルになるよ!!」

「カレン……本当に出来るの? そう簡単になれる物じゃないのよ?」

「大丈夫!! 絶対にアイドルになるから!! アイドルになってお母さんを楽にしてあげるんだ!!」

「カレン……」

 お父さんがいなくなって、お母さんだけが働いている今の状況では、かなりきついという事は分かっていた。だからこそそう言う事でお金を貰えるという事でお母さんの役に立つことが出来るならやるしかない。この時の私はアイドルになれるかもとか思わないで絶対になると、なれると本気で思った。


「この子もこう言っていますので、よろしくお願いします」

「ありがとうございます!!」

 私の返事と、真剣な表情を見たお母さんは一つ大きなため息をついてから、目の前にいる男の人に頭を下げた。

 男の人もそれに頭を下げて、すぐに「ジムショに行きましょう!!」と言いながら席を立ち、さっさと支払いをして店の外に私たちを連れ出した。


――絶対にアイドルになってやる!!


 三人ですぐにタクシーに乗り込んで、男の言う場所へと向かい、大きなビルの中に入って行くと、ガラス張りになっている長い廊下を歩いて進む。

 その向こう側には、私と同じ歳くらいの子たちが歌ったり踊ったりと汗を流していた。お母さんはこの場面を見るまで、先ほどの話を半信半疑だったようだけど、廊下を進むたびに「どうしよう」、「大丈夫かしら」と独りつぶやいていた。


 この日から私の生活は一変することになる。

 

 すぐにジムショに所属するという事では無く、まずはレッスンを受けるという事になり、私は週に2回ここに通うことになった。

 それから1か月が経った頃にようやく事務所の所属になることが決定する。それが5月に入ってすぐの事で、この間は本当に忙しかった。

 

 響子と理央にはこのことを話したのだけど、二人はこの事務所の事を知っていた。結構有名な事務所だったようで、聞いたら私の知っている名前のアイドルの人たちはほとんどが、私の入ることになった事務所の所属らしい。

 それほどアイドルには詳しくはない私なんかよりも、私以上に興奮していたのは理央だった。何でも理央は自分がアイドルになる気は全くないけど、アイドル自体は大好きらしく、毎日のように曲を聞いているらしい。響子は理央程興奮することは無かったけど、スカウトされたことに喜んでくれた。


 ここから私たちの進む道が少しずつ離れていくことになるのだけど、この時はまだアイドルになれる事や、友達がアイドルになれるかもしれないという事が嬉しくて、その先に待ち構えている事にまで頭が回っていなかった。




 時間が進むのは早いもので、6年生になって既に12月に入ろうかという時に、私はユニットというモノを組むことになった。

 何人かでグループを作り、その人達で歌ったりするのだけれど、初めて組むそのグループで上手くやって行けるか不安になった。その日までに色々な話を聞いたり、周りからいろいろな事を言われていたから、自分以外は皆がライバルだと思うようになっていた。だからこの時に言われたことが信じられなかったのだけど、実際にそのグループのメンバーになるという子たちに会ったら、言われていたことが『全部が本当の事』じゃないと感じた。

 凄くいい子たちだった。歳も自分と割と近い事もあって、離れている子も4つほどしか変わらないので、話も合うし何よりも一緒に苦労する仲間という意識を持つことが出来た事で、それまで心配していた気持ちが吹き飛んだんだと思う。


――みんなでアイドルになろう!!

 新たな出会いの元で、私も新たな目標に向けて気合を入れる。デビューはまだ決まったわけではないけど、この子たちと一緒ならなれる!! そう自身のようなものが自然と湧いて来ていた。


 このままアイドルという華々しい世界へと飛び出していく、そんな希望に満ちた私は少し先の事だけしか見えていない、ゲイノーカイという世界の一端に生まれたばかりのまだまだ子供だったという事を、後にいやという程感じさせられることになる。



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