第94話 遠足が、終わらない

 なおも追いすがる少数の無人機。一息つく間には、まだほど遠い。


 せっかくのフォールディング・キャノンにもほぼ出番が無く、ときには戦車脚部の下腹につっかえる切り株をホバージャンプで乗り越え、ときにはなけなしの電力を消費して、行く手を阻む針葉樹を、チャーリーがプラズマソードで薙ぎ払う。


 そんな行軍を続けた結果――件の林道に差し掛かる直前、チャーリーが潜行を諦めた。


〈コンデンサーがそろそろヤバい。燃料電池セルを起動する〉


「しかたないな……ああ、やってくれ。ここまで、おかげで助かった」


 一方の燃料電池が発熱を始めてしまえば、もう片方も潜行する意味はなくなる。俺もチャーリーに倣って電池セルを起動した。反応が始まってしばらくすると、発生した熱がほのかにコクピットにも伝わってきた。


 林道に沿って進む。先ほどの声は既に聞こえず回線が切れているとわかった。動態センサーの反応もすでに消えている。


〈……この林道を進めば、確かに街道――80号線につながるようだ。旧シャイアンあたりで25号線と交差する。それにしても……さっきの閃光弾と通信、誰だったんだ?〉


 チャーリーの問いに対する答えは、一応あるにはある。だが――あれが


「すまん。分からん……というか、憶測を口にすると結果としてかなりろくでもない絵図が出来上がることになりそうなんだ」


 ギムナンから撤収する襲撃部隊と共に、捕虜か人質のような形でR.A.T.sを離れ――ひょっとすると――サンピエール島の施設ではイリディセントからの身売り組に偽情報を渡して、ホグマイトの暴走を起こさせた。その彼がこのわずかな期間にコロラドまで移動しているということになる。


 個人の活動としては、行動範囲が異常過ぎる。色々と考えられる背景はあるが、焦って答えを出さない方がよさそうだ。


〈なるほど……心当たりはあるが説明がつくわけじゃない、というやつだな。俺にも経験はあるぜ。まあ、俺の主観で見聞きした限りを、報告させてもらうさ〉


「そうしてくれ」


 後方の森林では、どうやら戦闘がさらに激化しているらしかった。ここまで爆発音や重火器の発射音が聞こえてくるし、白骨化した森林の上には黒煙と、所によっては水蒸気を含んだ白い煙も上がり始めた。

 アラパホール・ルーズベルト国有林はおそらく、このあと数日で灰燼と化すだろう。



 街道に出た俺たちは、葉のついたままの灌木をいくらか切り出し、それを機体のあちこちに括り付けてカモフラージュを施した。あのロービジ塗装のクラウドバスターを警戒してのことだ。その状態でまた百キロばかりの道をのろのろと進む――ちょうど歴史に名高いノルマンディー戦線のドイツ戦車隊のごとく。


 地図で見ればごく平坦なようでも、実際の地形はモーターグリフを駆ってさえ地上からは往き悩む、巨大な山と谷の連続で――俺たちは少しでもましなルートを求めて崩れかけた街道筋をぐねぐねと廻って山塊を避け、あるいは川の浅瀬を探して渡河を試みた。



「疲れたな」


〈ああ、疲れた〉


 長時間の緊張と疲労で、さすがに弱音が出る。まだ若いチャーリーも、消耗度合いで言えば大差がないらしい。


〈昔の『西部劇ウェスタン』ものなら、こういう時はパネルに描いた夕焼け空をバックに、やけに都合のいい形にくぼんだ岩陰に腰掛けて、焚き火を囲みコーヒーでも淹れる、そんなシーンに切り替わる頃合いだがな……〉


「ん? なんか、詳しそうだな……?」


〈ああ。爺さんがその手の映像作品が好きでさ。ガキの頃はよく、一緒に環境制御都市ヴィラの図書館に行って、古い映画の入った記録ディスクを借りて帰ったもんだった〉


 機体を降りて一息入れたいのはお互い様だ。だが、敵を完全にまいたと確信もできず、この地域ではネブラスカほどではないにしろ汚染の危険もある。そうした行動はできれば避けるべきところ。


 結局俺たちは路肩の茂みに機体を突っ込んで燃料電池セルの反応を止め、スーツの給水ボトルから水を飲み、携行食糧をかじって数時間の仮眠をとった――見張りをたてて交代で。


 25号線へ戻った俺たちは一路北上を続け、着陸したのと同じ住宅地近くへ差し掛かった。サービスエリアだったという情報が残る、そこそこの広さの空き地に入って、ようやく俺はスーツの襟元を緩める気になれた。


〈さあて……あとはここで長距離通信機をセットして、迎えのCC-37輸送機を呼べばいいわけだが……〉


 チャーリーの声が歯切れ悪く曇る。原因は俺にもすぐに知れた――


 俺たちの「送迎バス」ではありえない、大きな機影が、頭上かなりの高度を行き過ぎたのだ。


「今のは――」


〈CC-45輸送機だな……たぶん見られた〉


 今回はつくづく、ついていないようだ。ここまで来て、このタイミングでこれとは。


〈まあ、あの機体じゃここには降りられん。敵だとしたら、こっちのことをどこかに通報して、向こうの判断次第ではここに小規模の部隊を差し向けてくる、といったあたりかな……〉


「どうしたもんかな」


 頭の中で、ここからの状況における各ファクターと、それらが動くのに必要な時間を思い描く。


 ばらして持ってきている長距離通信機の組み立てには、三十分といったところ。連絡を入れてから迎えが来るまでには最短でざっと三時間。向こうが即応状態で待機していない場合は、レダ救出の時と同様だいたい五時間ちょっとはかかるだろう。


 今のCC-45が敵として、通報からここへ何らかの戦力が差し向けられて来るまでは――未知数。


 つまり、これから通信を入れてランデブーまで、場合によっては敵を排除しつつこのサービスエリア=飛行場を確保しておく必要がある、ということだ。


「盛りだくさんな試験だな、畜生め……!」


〈切り抜けたら、天秤に所属してればランクSの評価からグライフ歴がスタートすることになるな、こりゃ〉


「勘弁しろよ……」


 切り抜けたら、などというセリフで呼び込みそうな不運と、いきなり高評価でスタートした場合の――そりゃ、出来れば維持したくなるのが人間ってものだが――維持の困難さが思いやられて、俺の額には嫌な汗が浮かんだ。







 通信してから迎えが来るまでの時間について、episode6での記述との整合性を取ってやや長めに変更しました。おっさんの胃にさらなる痛撃!

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