第81話 鷲は飛び去った

「なっ……!?」


 絶句した。少しでも照準が狂っていたら、俺かレダが巻き添えになったかもしれない。

 以前にゴルトバッハの乗るモルワイデが放ったビームよりも、いまのは数段細かったがそれでいてこの威力とは。


(収束率……前のが試作品とすれば、これは完成品ってところか?)


〈どこからだ!? ふっざけやがって!!〉


 通信機からはレダの罵声が飛び込んでくる。燻りながら崩れ落ちたクラウドバスターから離れて散開し、俺たちはカメラを上空に向けた――今のビームは、明らかに斜め上からの射線だった。


「いたぞ。たぶんあれだ……!」


 見上げた空の遥か高みに、何かがいた。カメラをズームさせると、それはシャインレッドに塗装された人型――モーターグリフだった。だがそれはすぐにくしゃりと崩れるように変形し、見覚えのある航空機まがいの形態をとったのだ。


〈クラウドバスターだと……!? まさか、もう一機いたのか〉


「ヤバいぞレダ。ありゃあ多分、ゴルトバッハより遥かに上だ」


 直感だが、たぶん間違いない――だが、我に返ったレダがライフルを向けるその直前。

 赤い機体は推進器スラスターを全開にして高度を上げ、雲に突っ込んで姿をくらましてしまった。俺たちは警戒を解かずにライフルを空に向けたままだったが、一分ほど後に何か小さな白いものが頭上に舞い降りてきた。


「何だ! まさか燃料気化爆弾サーモバリックか何か……!?」


〈いや……それはないな。小さすぎるよ〉


 ふわふわと風に漂うそれは、小さな白いパラシュートにぶら下がった、弁当箱ほどの大きさのものだった。


〈何か電波が出てる……ああ、拾えたぜ。2437MHz、平文だ〉


 レダが知らせてきた周波数に、こちらもチャンネルを合わせた――


 ――親愛なるGEOGRAAFの諸君と、環境制御都市ヴィラ07のミシガン・Gに申し上げる……私はアリスン・アーガイル、GEOGRAAFから出でていずれ全てを掌握するもの「アストロラーベ」の代理人だ。私情に走って統制を乱した愚かものを始末しに来た。今日はこれにて失礼する。さらばだ……だが、いずれまたお目にかかることになろう。


「なんだ、こりゃあ……」


 涼やかでありながらどこか鼻持ちならない毒気を含んだ、若い女の声だ。どうやら口上のために現場にとどまる愚を避け、メッセージ発信カプセル的なものを投下していった、ということらしい。


〈……ふざけやがって。ほんと、クソが〉


「宣戦布告か、顔見世のあいさつってとこか……両方かもな」


〈アーガイルなんて名前のグライフは、傭兵マークユニオンのリストにもいねえ……ヤな予感がするぜ〉



 残っていたモルワイデ一機は、いつの間にか離脱していた。機を見るに敏な奴が操縦していたのだろう――アーガイルがどう扱うかは分からないが。


 数分後、地下に退避したミシガン・Gからの通信が入った。


〈ミスター・サルワタリ? いまこちらに連絡が入ったが……ニコル嬢を乗せたギャリコは、いま離陸したらしい。三十分ほどでこちらへ着くはずだ。それまで元のヘリポートで待機してもらえると我々もメンツが立つのだが……構わないかね?〉


「そりゃ、否も応もないですよ。ここしばらく聞いた中で、一番いいニュースだ」


 ゴルトバッハが来た時点で、もっと悪い事態も想定していた。色々とスッキリしない幕切れだったが、とりあえず俺はほっと息をついた。


        * * *


 ヘリポートに降り立ったニコルは、飛行機に酔ったのか少し青ざめてはいたが、元気そうに見えた。

 ギムナンで着ていた白いスモックではなく暖かそうなセーターと毛織物風のズボンを身に着け、手には目覚まし時計のような形をしたピンク色のケースを提げている。


「ニコル!」


 声をかけると、彼女の顔がぱあっと明るくなったのが分かった。


「おじさん! それに、レダお姉ちゃんも……!」


 走り寄ってくる姿が、なぜかひどく儚く、危なっかしげに見えて――俺はニコルが半分も走り切らないうちに、猛ダッシュで彼女を抱きとめに行った。中腰でニコルを抱き寄せると、次の瞬間にはレダが、俺とニコルをひとまとめに抱きしめていた。


「くっそう! 短いなあ、あたしの腕はさぁ!」


「じゃあ、こうすりゃいいんだろ」

 

 ニコルからいったん手を放し、レダと一緒に抱きしめる。


「へへ。こりゃ文句もねえや……」


「おじさん! お姉ちゃんも……! 会いたかった」


「俺もだ」


「あたしも」


 三人で泣き笑い。遠巻きに見ているGEOGRAAFの連中は酢を飲んだような顔もしていたが――知ったことか。


「ひどい事、されてないか?」


「うん、あたしは大丈夫。おじさんこそ、撃たれてたけど……もう大丈夫なのね?」


「ああ。なんとかな」


「よかったぁ……あとさ、あと、メリッサはどうしてるかな……あの子、学校で襲われたときにあたしをかばって、怪我してたみたいだったから」


「メリッサも大丈夫だ。俺が見つけて、ブロッサム先生に預けたからな」


「そっかあ……」


 緊張の糸が切れたのか、ニコルは急に俺の肩に顔をうずめて泣きじゃくり始めた。


「よかった……もう会えないかと思ってた。おじさんにも、メリッサにも……」


 可哀想に。自分も辛い目に遭っただろうに、この子はずっと親しい人間の心配をしてきたのか。

 

「ああ、もう。そんなに泣くな。猫を貰ったんだろ? 一緒に連れて帰るぞ……餌や何やの手配をしなきゃならんな」


「うん! この子、ゾロっていうの」


 ははあ。なんとなく由来が分かる程度には特徴的な面構えの雑種猫だった。顔の上半分、目の周りがアイマスクをつけたように真っ黒なのだ。たぶん、「サンルーム」のライブラリに昔の映画でもあるのだろう。


 俺たちはそのあと、来たときと同じく輸送機に乗り込み、最短距離にある安全地帯のディヴァイン・グレイスへと進路を取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る