第70話 実録・「ここは任せて先に行け」の女

「えーと、つまりあんたらは襲撃を受けた町から来て、ちょっと前に攫われた女の子の手掛かりを探してた、ってことね」

 

「大体そんなとこだ」

 

「その女の子かどうかわからないけど、潜水艦で逃がした中にちっちゃな女の子がいたような気がするわね」


 なんと。俺たちが一番知りたかった情報を握っているらしい。詳しく話して欲しい、というと、彼女は飲み水を要求した。

 お互いに知りたいこと聞きたいことが錯綜して、俺たちとエニッドの話は大分長くなった。

 

 彼女はつまるところ、さっき爆発四散した水中用トレッド・リグ「ボックスクラブカラッパ」でホグマイトを食い止め、可能ならあのドックから海中へ出て潜水艦を追うつもりだったらしい。

 

「ところがあいつら、なかなか硬くてしぶといもんでさ。ボックスクラブの主兵装、腕に内蔵の40mmショットガンだったんだけど、まさかそれで倒せないなんて、普通は思わないじゃない?」


「あー……まあ散弾では、なあ」


 レダから以前受けたレクチャーにもあったのだが、40mmショットガンはいささか癖のある兵装だ。射程が短く攻撃範囲が広い、つまり遠距離まで流れ弾が及ばないため、乱戦に向いている。ただし、弾種がかみ合わないと詰みもあり得るのだ。

 散弾タイプの弾頭に内蔵される金属ペレットは、弾速も質量も12.7mm弾に遠く及ばない。12.7mmを無効化する暴走ホグマイトに対しては事実上、無効兵器と言ってよかった。


「スラッグ弾はあんまり積んでなくてね。そのうち弾は切れるし、しょうがないからクローで殴ってたけど、電池も切れるし戦ってるうちに左脚関節部のアクチュエータ・ワイヤーが切れちゃって……」


 ボックスクラブというリグは、水中移動用の形態へ変形する機能を持つ関係で、駆動にピストンやギアではなくワイヤーでの引っ張り力を利用しているという。関節のロックを解いてフリーにする、といったことが可能なのでそういうメカには向いているのだが、ワイヤーが切れるとどうにもならなくなるわけだ。

 

「まあ、ホグマイトは餌が無くなると共食いもするって話だったし、だったらあとは、連中が自滅するまで寝てれば、そんなに待たずに回収に来てくれるかと思って……甘かったわぁ」


「回収班ではなく、俺たちが来たと」


「そうそう。『不慮の事故』ってやつね! あんたらは不慮の事故よ、私にとって」


 なんかひでえ。

 

「で、さっきも何か気になることを言ってたが……一週間程度は飲まず食わずでも、だったか? どういうカラクリなんだ?」


「う、うーん。それあんまり話したくないなあ」


 まあわからないでもない。何らかの特殊能力があり他者に知られていない、というのはたぶん傭兵としては大きなアドヴァンテージだろうとは理解できる。


 女は飲料水を飲み下すと、ぷふぅと吐息をついた。なお手にしてる水のボトルは、俺たちが少しづつ手持ちから割いて与えた物を空きボトルに詰め替えたやつだ。

 

「ンまぁい……! やっぱ新鮮な水は最高だわ……これ、よくわかんないけどあたしの知らない味だね……まさか天然ものとか?」


「……さっき言ったろ。俺たちはんだ。水再生プラントで処理した、マニトバの残存地下水だよ」


「それほぼ天然って事じゃない。脱塩、除染した海水って飲んだことある? すっごい不味いんだから」


 はて。俺は21世紀の日本で、「海洋深層水入り」というのが売り物の飲料水を自販機で買ったことがある――あれは脱塩してあるはずだが、申し分なくうまい代物だった。

 彼女が飲んでいたその処理水は、恐らく元の海水がどうしようもなくダメなのだろう。まあそこを指摘しても仕方ない。

 

「まあ、もうGEOGRAAFには見切りつけるしかなさそうだし、こんなうまい水があるとこになら尻尾振っちゃおうかな……私、ちょっと改造してるのよ。肝臓を少し切り詰めて、非常用の栄養と水分を貯蔵する人工臓器入れてるの。あと、代謝機能を自分の意志で調節するやつね」


「なんとまあ」


 えらく地味な改造だが、いざというときに取れる選択が増えるのは間違いない。本来人間に具わっていない臓器を作って移植するとなると――これもまた、ニコルたちやその父祖の世代が被験者となった実験の産物なのだろう。

 

「よくわかった。それでもう一つ訊きたいんだが……」


 辺りは既に薄暗くなっている。俺たちは廃教会の中で火を焚いてそれを囲み、暖を取りながら話していた。俺とエニッドの会話からは身を引いて、ショウは先に糧食を開封して温め始めていた。

 

「ホグマイトが暴走することになった経緯、分かるか?」


 ニコルの消息とは正直あまり関係が無い。だが、以前の仕事であれに関わった身としては、出来るなら確認をとっておきたいことではあった。

 

「あー私も直接聞いたわけじゃないけど、関係ありそうな話なら……あ、何その赤いの! もしかして果物? 本物なの!?」


「あー、ありゃトマトだ。奴はあれが好物らしくてな」


 ショウの糧食パックには真空パックした茹でトマトが入っていた。ギムナンの食品加工所で作った、二日は鮮度が保てる代物だ。

 

「オーケー分かった! 知ってること全部話すから、私にもそれちょうだい?」


 この時代の連中は、どうにも生鮮食品に飢えている。こりゃあギムナンが狙われるわけだ。

 

「分かった、俺のをやるよ。ショウに頼むのは忍びないからな」


「おう。ご配慮感謝するよ、サルワタリ」


 エニッドは膝をぐいと乗り出して、自分が知る限りのことを話し始めた。それによると――どうやら、あの施設に連れて来られたイリディセントの研究員たちの中には、社内の力関係のせいで同行してくる以外の選択肢がなかった、立場の弱い人間がいたらしいのだ。

 

 そいつが、造反者になった――そういうことらしかったが。






※水中用トレッドリグ「ボックスクラブ」のメカデザインラフを下記の近況ノートで公開しています。

https://kakuyomu.jp/users/seabuki/news/16817330653898696404

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