第41話 お土産つづらの中身といえば

 その後、俺はディヴァイン・グレイスに二日ほど滞在し続けた。レダには医療セクションから車いすが届けられて、彼女が俺に市内を案内する間、俺がそれを押した。

 

「どうよ、この眺め」


 ディヴァイン・グレイスはカナダ楯状地の地殻に穿たれた直径二百メートル、深さ百メートルばかりの縦坑シャフトを中心に建設されていた。その穴から四方八方へ大小さまざまの区画が掘りぬかれ、居住区や生産施設、ライフラインの供給元へとつながって、十を少し超える階層を形作っている。


 俺たちが今いるのはその上層フロア、縦坑の縁に面した、手すりと安全ネットのついたデッキの縁だった。

 子供のころ休日によく出かけたデパートの、中央部にあった吹き抜けスペースを思いッきり拡大したような感じ。温かみのある黄色系の照明が灯り、各階層をつなぐエレベーターや階段を人々が行き来している。

 穴の底へ向かって視線を走らせると、その照明やあちこちにある標識灯が、磨かれた金属や高次焼成物メタセラミックに反射して美しい輝きを明滅させていた。

 

「車いすを押しながらうろつきたい場所じゃないが……確かにすごい眺めだな」


 人口はおおよそ五万人といったところ。もともとは富裕層のための遊興施設を意図して作られた初期の都市ヴィラだったが、環境の悪化や戦争の泥沼化に従って、その運営形態は大きな変化を余儀なくされたのだという。

 

「うん。ここの建設に投じられた資金も物資も、他の都市ヴィラとはレベルが違う。住んでる人間も、他人の安全や倫理、普遍の正義、みたいなことを考えるだけの余裕があった――そういうやつが多かった」


「なるほどな……」


 少しだけ、心に疼くものがある。


(じゃあ何か、世の中のことを正しく倫理的に考えられるのは金持ちだけだってか……?) 


 そうではないはずだ。少なくとも、教育と福祉がちゃんと機能している社会なら――人間が社会的階層の中を移動、というかもっぱら上昇することが、可能であると保証されているような社会ならば。 

 知識と機会を与えられていれば、人は誰でもそのように考えて行動できる。できるようになる。なるはずだった。


(この世界では、やっぱり違うのか……?) 

 

 むかっ腹を立てそうになったその時、まだ続いていたレダの話がちょっとだけ俺を引き留めた。

 

「そんな中で、とうとうカイリーのご先祖が『天秤リーブラ』を作ったんだ。金がすべて、企業の利益が至上――そんな世の中を、自分たちが信じてきた価値観に寄せて少しマシにしてやろう、出来る力がある人間がまず立とう、ってね」


「……そいつは。19世紀ころからあったいささか傲慢な考えに似ている気がするな」


「ああ。おっさんの言いたいこと、なんとなくわかるぜ。あたしも最初聞いたときは反感を持ったもんさ……あたしら姉妹は実のところ、荒野からギムナンへ流れ着いた難民だったからね。だけど色々聞いてみて分かった。カイリーたちは立つしかなかったんだよ。動けるやつから動き出さないと、何も始まらねえ。それにだ――」


 レダは車いす越しに反り返って俺を見上げると、手を伸ばしてきた。

 

「そういう、考える力のある人間、世の中をマシにできる人間を増やそうとしてるのさ、『天秤』は。だからあたしみたいな傭兵を誘うし、訓練やいろんな教育をつけてくれる。姉貴も市長をやりながら、通信制で高等教育を受けてきた。ギムナンで子供たちが受けてる教育も、教材のあらかたはグレイスここが出処だ」


 なるほど。彼女たちの背景というか動機というか――そんなものが、おぼろげに見えた気がした。俺は腕を伸ばしてレダの手を握った。小さいが力のある、温かな手だった。

 

「考える余裕があっても、実際に行動する奴はずっと少ねえ……カイリーたちは、このグレイスに何と言うか、を起こしたのさ」


 頭ごなしに否定しなくてよかった。レダはこの街と、天秤の一員であることに、誇りを抱いているのだ。


        * * *

        

        

 ギムナンへ戻る当日、俺のために用意されたのはマッケイのとは別のCC-37輸送機だった。俺とレダは彼を希望したが、どうしても他の仕事で都合がつかなかったらしいのだ。

 

 帰りの荷物は俺のケイビシだけかと思ったが、発着場には何やら大きなコンテナが二つ、かつての空港にあったような大きな牽引車で運ばれてきていた。


「おっと、なんだぁこりゃ?」


 思いがけない大荷物に、思わず目をむく。牽引車の運転手が降りてきて、俺に何やら紙が挟まったクリップボードを手渡してきた。


「ミキオ・サルワタリさんですよね。はい、これ積み荷の目録です。ご確認ください」


「おう、ありがとさん」


 おもむろに目を走らせる。見慣れない形式番号のような物が並んでいて訳が分からなかったが、横に書いてある細かい文字を見ると――

 

「おい、こりゃあ……!」


 どうやら、モーターグリフの部品らしい。並んでいる品目を見た限り、半分以上は俺とレダがスコッツ・ブラフで掘り返してきたスクラップだ。

 ご丁寧に使用可能な状態までクリーニングし、交換の必要のある部品はそっくり入れ替えて、レストアしてある。で、どうやらカイリー総督の好意らしいと見えて、新規に加わった部品もあった。


 その内訳は――

 

 

 ・イリディセント社の中量級獣脚型モーターグリフ「スカルハウンド」の脚部が一対。

 

 ・ランベルトの一世代前にあたる、GEOGRAAF製人型モーターグリフ「メイトランド」の腕部と頭部。

 それに肩装備用の20mmガトリング。弾薬はケイビシのライフルと共通規格。


 ・GEOGRAAF製戦車型モーターグリフ「メルカトル」の脚部


 ・同メルカトル用前腕式火砲


「あー、レダのやつ俺に戦車これを押し付けやがったな……」


 そんな感慨は抱くものの、実質これは二台分に近いパーツの山だ。


 武装やブースター、細かい電子装備をそろえて、あとはウォーリックから供与される予定の機体から胴部中枢パーツを使いまわせば、それでどうにかこうにか実用可能な機体が組めるだけの内容だった――

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