第2話


 切り出す花城はなしろ先輩の周囲に、バンドリーダーが集まり出した。十人強ぐらいかな。半分近くが同期。クッ、うちのバンドリーダーが僕じゃなかった事が悔やまれる……。花城先輩に話しかけたい……。今だけ代わって貰おうかな……。


「ハッ!」


 始まったじゃんけん大会をもじもじ眺めていると、脳裏を閃きが走った。


 そうだ、大事な事を忘れてたじゃないか……。事前に顧問から聞かされていた、海遊びイベント。勿論海パンは持って来た。しかも顧問がコンビニから帰って来れば、すぐ泳ぎに行ける。つまりだ……。僕のバンドと花城先輩のバンドの練習時間の順番が後ろになれば、一緒に海行けるじゃん! それって花城先輩の水着が拝めるって事じゃん! じゃんけん負けろ! 僕のバンド! 花城先輩のバンド!


 もう佳境に入っていたじゃんけん大会へ両手を伸ばすとひらひら手の平を揺らし、全力で念を送った。


 暫くして、スマホを操作していた花城先輩が顔を上げる。


「順番が決まりました。メモをしたので皆さんに送信します。部屋に荷物を置いたら、この順番に沿って行動して下さい」


 早速部で使っているメッセージアプリの通知が来て、スマホを取り出した。僕と花城先輩のバンドの順番は……? 後ろ! つまり僕は今から、花城先輩の水着を拝める!


「イヤッホウ!」


「では解散」


 花城先輩はデニムの尻ポケットにスマホをしまうと、荷物を持ち直して部屋に行こうとする。


 僕はキャリケースを引きったまま、陸上部に転身してもやっていけそうなスタートダッシュを決めて駆け出した。


「花城せんぱーい! 一緒に海行きま」


 花城先輩へ一直線に向けていた視線が黒に塗り潰され、脇から襲われた衝撃にぶっ飛ばされる。


「ぐえ!?」


 地べたにひっくり返った僕は、慌てて起き上がった。足音が側を抜き去る。顔を上げると同期の女子部員が、去ろうとする花城先輩に走り寄っていて声をかけた。


「部長! 遊びに行きましょうよ!」


 馬鹿な!? それも一人じゃない、何人もいるぞ! それに続くように同期の野郎共も近付くと花城先輩を取り囲み、口々に遊びの誘いをし始めた! どうなっていやがる! そして多分僕をぶっ飛ばしたのは、最初に花城先輩に声をかけていた同期女子!


 再び脳裏を閃きが走った。今、スタジオを借りる順番を決めるべく集まったバンドリーダーは十人強。その半数が同期。一年生の割合がかなり高い。その理由は勿論、花城先輩だ。あのカッコいいライブを見て花城先輩に憧れた一年生が、沢山入部したのだ。まあ僕はステージから声かけて貰ったし? 絶対的アドバンテージは未だ健在なんで。


 だがそれは油断だったのだ。ビジュアルで既に最強。かつ実力派ベースボーカル。こんなカッコいい先輩、お近付きになりたくない訳が無い。つまり僕のアドとか関係無しに、花城先輩はモテモテになっていたのだ!


 こうしちゃいられねえ! 僕はキャリーケースをその場に置いてベースケースのみ背負って駆け出すと、同期の間を縫って花城先輩の前に飛び出した。他の誰かに取られまいと、無我夢中でその手を握る!


「花城先輩! 顧問が帰って来たら、一緒に海行きましょう!」


「いいよ」


「エエエッ!?」


 マジ!? 嘘!? アドバンテージ最強! やっぱこの人、僕の事が好きなんだっ! まま、まさかこんなにも簡単に、花城先輩と海デートが叶うなんて……!


「待ってるのも退屈だし、先に海に行ってよう。荷物を部屋に置いたら玄関に集合ね。泳ぐのは、顧問の先生に来て貰ってからだよ」


 顔に似合わず積極的! 何だよ僕に声をかけて貰うのを待ってたのかい!?


っかりました! すぐに荷物、置いて来ますッ!」


 同期女子にぶっ飛ばされたポイントへ全速力で引き返すと荷物を回収し、そのスピードを超える速さで部屋に入ると荷物をしまい、最速で玄関へ飛び出した。一番乗りなので当然誰もいない。それもそうかとちょっと冷静になって、トイレに行く事にした。喉も渇いたし、ジュースでも買おうと財布を取りに部屋へ戻る。


 再び玄関に来た頃には、他の部員もペンションに入って賑やかになっていた。スタジオから、練習を始めたバンドの音も微かに漏れ出す。ふっふ……。このごった返しの中で見せ付けてやるぜ。僕と花城先輩の海デートへの、華々しいスタートをな!


 早速人混みの中に、花城先輩を見つけて駆け寄る。


「花城せんぱーい! お待たせしましたー!」


「いいよ」


 くぅー可愛い! こんなクールな態度で内心ウキウキなんだぜ!? どんな水着着るんだろうなあ花城せんぱ


「では、全員集合しましたので、出発します」


 ん?


 花城先輩は僕では無く、辺りへ視線を向けてそう言った。その先には海遊びする気満々の持ち物を抱えた、同期所か先輩方まで。


「え? え?」


 意味が分らずきょろきょろしていると、花城先輩は僕に向き直る。


「君が大きな声で頼んでくれたから助かったよ。皆も海に行きたかったみたいで、私に引率を頼もうとしてたから。君のお陰で一回で意見を聞けて、手間が省けた。一緒に海行きましょうって」


 いや引率のお願いじゃないし“僕と”一緒に海行きましょうって言わなかったから勘違いされたっ!


 そうだこの人部長だし、顧問はコンビニ行って副部長は船酔いでダウン中だから、今部員が自分に声をかけて来たら仕事のお願いだなって思い込んだんだ! つまりこれはデートじゃなくて、部として皆で行く遊び……。


 呆然としている僕を不思議そうに、花城先輩は首を傾げた。


「どうしたの?」


 崩れ落ちそうになる膝を何とか踏ん張らせながら、尋ねる。


「……せ、先輩、水着とか持って来てます……?」


「私カナヅチだから、持ってない」

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