クールな先輩が僕とのほっぺチュー(罰ゲーム)で突然デレた

木元宗

第1話

 生まれてこの方十六年、彼女もモテ期も無しな僕は今から、好きな女の子にほっぺにチューして貰える。


 ドッキリ? イタズラ? 本物のほっぺチューさ。これは王様ゲームで発生した偶然の結果だ。不正も操作もありゃしないぜ。何せ今ゲーム会場にひしめく参加者が、悲鳴のような歓声を上げたんだから!


 興奮を更に盛り上げるように、主催者が参加者を見渡し問う。


「王様の言う事は~!?」


 耳をつんざくような「ぜった~い!」が応じて、視線が二方向に注いだ。一方は僕。そしてもう一方は、憧れの人。


 まず目に飛び込むのは、新雪のような肌。ユニセックスの半袖ルームウェアから覗く手足はすらっとしてスタイル抜群。立ち上がればもうそれだけでえ。前髪を斜めに流したミディアムボブが幼さの残る涼しい相貌を引き立てて、何より惹き付けられるのは目。今も僕をじっと見据える様は猫のようで、いつも表情が乏しい彼女の興味関心の対象を示すように、今日もゆったりと泳いでは外界を捉えていた。その振る舞いは寡黙で泰然。クールでミステリアスと男女問わず周囲を魅了しながら、こんな熱狂渦巻くど真ん中で他人事のように動じない。


 何でこんな幸運掴んでるんだ? そしてこの美人とは一体誰だって? きっかけは何ら特別じゃない、今年の新入生歓迎会だよ。高校入学と同時に、体育館で強制参加させられるアレ。僕は部活なんて興味無かったし、さっさと終わらねえかなって俯いてた。そんな退屈を、腹を貫くような低音がぶっ刺したんだ。


 前触れは無い。名乗りも無い。反射的に見上げたステージは、さっきまでリフティングを披露していたサッカー部すら失せ幕が下ろされてる。館内はいつの間にか闇。俯いている間に照明が落とされてたみたいで、他の一年生も口々に何か囁いて浮ついてた。何だ? 何が始まる?


 体育館を破壊するように、ステージから爆音が放たれた。焦らすようにゆったり上がる幕から露わになるステージには、照明を浴びて輝く機材の群れ。それを従えるように何者かによって叩きまくられるドラムと、知らない誰かが掻き鳴らすエレキギターを見て漸く、それとはバンドだと分かった。軽音部。そう言えば、この高校にはそういうのがあった。


 バンドマンの一人がそれらを背負うように、マイクスタンドの前で最前線を張って立っている。他を打ち砕き飲み込むような轟音の根源で、無音の中に立つような静謐を纏って。無改造の制服をかっちり着込んでいるだけなのに、乙に決まった立ち姿。全く心を見せない無表情は謎めき、ミディアムボブは照明に艶めいて、その容姿だけで生徒がざわめく。だが当人は全くそれらに関心が無いようで、猫のようにじっと前を見据えていた。彼女の名前は花城はなしろあお。僕の二つ上の先輩で部長。そして今日は、僕にほっぺチューする彼女はあの日から既に、部内トップの実力派ベースボーカルとしてステージに現れるなり、余りに短い挨拶を合図に演奏を開始した。


「論より証拠。やるから見てて」


 各部活動に用意された時間は十分。彼女が率いるバンドはそれを全力で使い切るように、ハードロックを三曲ノンストップで演奏した。残り時間一分となった所で綺麗に終えると、それまでのパフォーマンスが嘘のようにぱったりと音を止める。訪れたばかりの静寂の中、渾身の演奏で汗ばんだ花城はなしろ先輩は、マイクへ手をやり引き寄せた。


「毎日こんな事してます。私は死ぬ程楽しい。少ないけれどお古の楽器を貸し出せるので、興味があれば教えます」


 誰しもステージに圧倒されていた。正確には、花城あおという人間に。とても親切と言えないその挨拶も、いきなり叩き付けられた爆音も、直前まで同じステージに立ち、同じ学校で部活動に励む姿を披露していた生徒とは、別格の存在に見えて。


 例に漏れず呆けていた僕はふと、彼女と目が合った気がした。百人を超える同級生の中で、彼女は僕を見たと感じたんだ。


 彼女は一瞬ぽけっとすると、微かだが確かに微笑む。それまでのクールさをひっくり返すような、あどけない笑みで。


「つまんなそうな顔してる。ベースなら私でも教えてあげられるから、おいでよ。音って退屈ブッ飛ばせるから」


 彼女が「軽音部でした」と付け足しながら背を向けるなり、ステージは暗転し、歓声が湧き上がる。そして僕は軽音部に入部届を出し、学校を飛び出して楽器店へ走った。だって惚れるだろ? こんな事されたら。そして僕だけに声をかけてくれたとはつまり花城先輩とは、僕の事好きなんじゃないのって思うだろ!? そして決めたのさ、この人みたいにカッコよく楽器を弾けるようになって、付き合って下さいって告白するんだってな! そうして気の合う同期とバンドを組んで、初めての夏合宿に乗り込んだのだ!


 然し合宿先のスタジオ付きペンションに到着するなり、うちの適当なおじさん顧問は、とんでもない事を告げる。


「えー一年には内緒にしてたが、合宿中は花火とか肝試しとか用意してるから、しっかり練習するんだぞ。あとこれは事前に言ったが、スタジオの順番回って来る間は暇だろうから海行っていいぞ。泳ぐのは禁止な。俺の引率がある時だけオーケーだ。俺はコンビニにビール買いに行って来るから、後は部長と副部長シクヨロ。帰って来たら暇な奴らは海連れてってやるよ」


 キャリーケースを手放しそうになった。


 海の上に、花火と肝試し? もう夏休みらないじゃん……。しかもそれを、花城先輩と楽しめるって事……!?


 早速顧問が炎天下へ消えていく中、一年生は歓声を上げた。勿論僕も、一際デカい声で叫ぶ。うおお!


 仕切り直すように花城先輩が一歩出た。細身のデニムと、合宿用に部費で作られた全部員お揃いの黒Tシャツが、いかにもバンドマンって感じでカッコいい。スタイルよくて色白だから、他の部員も似たような格好なのにめちゃくちゃオシャレに見える。そして七月の日差しを受けて来たとは思えないぐらい今日もクール! 移動中は席が離れてたからあんまり見られなかったけれど、立ってるだけで可愛い! 全然汗かいてないじゃんどうなってんのエグいぐらい代謝悪いの!?


「副部長は船酔いでダウン中なので、私が進行します。まずはスタジオを貸し出して貰う順番をじゃんけんで決めますので、各バンドのリーダーは来て下さい」

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