其の弐拾壱
馬車が道なき道を進む。既に魔の森の中だ。
馬車の見た目はすらりとしており、極力木々にひっかからないよう作られている馬車なのだが中に入るとあら不思議。潤沢な食料が載せられている上で大人十人が余裕を持って寝転がれる造りとなっている。
その馬車には神の祝福という名の魔法がかかっている。神曰く『待たせすぎちゃったからサービスサービス〜』との事で、俗に言う収納魔法的な何かだろう。
その内部をじっくり見たかったヨシナリなのであるが、そうは問屋が卸さないらしく外で『猿』と戯れていた。
「おい猿よ!」
『キキ?』
「もう糞投げないでくれやがれませんか!?」
『キッ!キキッ!』
「いや、うんうんじゃなくてえええ!」
ヨシナリの懇願に一瞬考えたかと思えばうんうんと頷きながら糞を投げつけてきた。ヨシナリはヘッドスライディングでなんとか躱わす。
『キ?』
「いや、なんで避けれたの?みたいな顔すんなや!」
『キキッ!キッキッキッ!』
「分かった!分かったから!楽しんでるのは存分に分かったから!!」
「ヨシ殿、よく避けれますな……」
どうやら『猿』は楽しんでいるらしい。ヨシナリと『猿』の動きは、御者台にて馬を操る忍にとっても目を見張る素早さだ。忍である自分よりヨシナリが早いと最初は驚愕していたが、今となってはまだやってるよ……と呆れが多分である。
追いかけっこを始めた初期の頃には馬車の窓からネネとお市もその様子を見ていたが、今となっては窓を開く時は気まぐれだ。
「ヨシ殿!方角はこちらでよろしいのか?」
「猿!ストーップ!!えーっと……少し南西方向に軌道修正で。あと半日も行けば目的地に着くと思う」
「わかりもうしたー!」
『キキッ!』
ヨシナリを追いかけて回している『猿』であるが、ヨシナリがしっかり待ったをかければ止まってくれる。今はヨシナリの足元でMPが減りそうな謎の踊りを踊っている。
道中はお市が睨んだ通り、『猿』がいるお陰か獣や魔獣のような類は出てこなかった。カエデの特殊能力である気配察知の結果では、それらは一定の距離以内には近寄ってこないのだそうだが、それでも此方の様子を伺っている生き物は多数いるらしい。
グゥーと特大の腹の虫はヨシナリかカエデか、はたまた『猿』か。
「飯にしますか〜」
「賛成!大賛成であります!」
『オラハ目玉焼キガクイタイ」
「はいはい」
なんとこの『猿』、飯の時だけ喋りやがる。最初に目玉焼きを食べさせてみたらそれはもうすごい勢いで食べ始めたのだ。そこからは飯という単語に対して毎回この返しであるため、飯の用意は簡単だ。手掴みで食べるため糞を掴んだ手を毎回洗わせていたのだが、今となっては飯と聞くと率先して手を洗っている。
ちなみにこの旅の連中の中ではヨシナリが一番料理ができる。ネネとお市に至ってはNKG(納得掛けご飯)が得意料理であり全くもって任せられないため、ヨシナリとカエデが主に料理を作っていた。
「カエデさん、中の出不精達に言って炊飯窯と焚き火セット取り出させてもらえないかな?」
「ヨシどっ「おうヨシナリ。出不精とは言ってくれるな?」
「いっ!?ネネさん……たまには外で歩かないと太るよ?」
「中でお市と手合わせしてるのでな。そんな心配なぞ無用じゃ。飯の時分だからこれじゃろ、ほれ」
「ん。ありがとう」
軽々と渡された窯の重さは二十キロ近いだろう。中には米が入っており、浸水が終わっているため火にかけるだけで出来上がる状態だ。
現在時刻は午前十一時ほど。米は夜の分までを考えて纏めて炊いている。
そんなやり取りをしている間にお市が薪を担いで馬車から出てきた。火起こしくらいは朝飯前らしく、あっという間に薪を組んでは火をつけていた。
「なんかなー。猿のお陰でってのは分かるんだけど、ほのぼのしすぎてるんだよなぁ」
「糞を投げられるがな」
「そこなんすわ」
今日に至るまで襲撃された事はない。夜中であっても『猿』が馬車の上で寝ているだけで獣すら寄ってこないため、困難を極めると思われていた魔の森行進は拍子抜けするほど穏やかであった。
「とりあえず窯を火に掛けとかないと。横で目玉焼き作っとくかな」
この『猿』は飯時になるとやたら大人しい。ヨシナリの肩の上に登ってはくるが、糞を投げつけるような事はしてこないのだ。
「ほれ。熱いから気をつけてな」
『キ!』
ヨシナリの言葉を全く聞いていなかったのか、アッツアツ出来たての目玉焼きを頬張る『猿』。そして毎回アチアチみたいな動きをしながら食べるため、神ってのは火傷しないのかねぇと思いながら自分達の飯を作るヨシナリなのであった。
─本日の昼ご飯─
・銀シャリ
・適当な野菜をぶっ込んだすまし汁
・豚肉の生姜なし生姜焼き
・漬物
以上。
昼飯も終わり、残ったご飯を夜用に握り飯へと変換する。『猿』は飯を食うと眠るらしく、馬車の上の指定席へと飛び移りぐーすかぴーひょろしていた。
「お市さん、今日も御者の指導よろしく」
「うむ。まかされた」
昼飯が終わるとカエデとお市が御者を変わるのだが、そのタイミングで『猿』が眠るため、手持ち無沙汰になるヨシナリはお市に御者の技術を習っていた。
「う、うむ。かなり上達したではないかヨシ殿」
「こ、こんな感じであってるよね?」
「うむ!なかなかに…あの、中々良い!」
「まるで初恋同士の戯れ合いですな!描かなくては!」
腿と腿が当たっているため両人共に嬉し恥ずかし御者台である。カエデも役得できたものだが、この側から見たら砂糖でも漂っているかのような空間は描くべき!と役目を譲っている。
こうなると黙っていないだろうネネなのだが、御者は全くもって経験がなく教えられる立場ではないため「近いぞ!」とたまに口出しする程度で収まっている。
そんなゆっくりした時間は『猿』が起きるまで毎日繰り返されているのであった。
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