其の拾漆


 狼を討伐し終え、それらの死骸をそのまま放置しておく事はできないため、一箇所に纏められた死骸を火葬した。ネネ一向と村民全てで線香を供える。

 カエデは森の中へと残党の有無、死骸の位置の確認をする為に入ってゆき、戻り次第お市の指示により他の家臣と村民を小隊に振り分け死骸の回収にあたった。

 死骸をそのままにしておくという行為は、死人でも獣の骸であろうとも重大な流行病を生み出してしまうし、その肉を求めて嫌らしい獣畜生が寄ってきてしまう要因にもなる。


 狼肉を食用できれば命を無駄にせずに済むのだが、いかんせん筋張り過ぎている上に臭すぎる。しかし殺らねば殺られるため、無駄な殺生と咎める者なぞ誰もいない。




 村長の屋敷に戻った一向は体と武具の汚れを落として再び外に出る。集まったのは村の一番に大きな広間だ。



「酒だ酒だ!!」


「ウチで漬けた糠漬けだよ!全部出しちゃる!!」


「牡丹鍋煮えたど!熱い内におあがんなぁ!」


「何しみったれてんだよ!仏さんに失礼だぞ飲め飲め!!」


「この卵焼きの田楽はテリさんの所のかい?うまいようまい!」



 まるで祭でも催されているかのような大騒ぎだ。

 始めこそガクガクと畏怖しながらネネに献上しようと村民が列をなして食べ物を持ってきていたのだが「こんな食える訳がないだろう阿呆共。おい村長、蔵にあるとかいう酒を振る舞ってやれ!代金はこちらで持つ」とネネの言葉で拍手喝采雨霰。そこからはヒートアップが止まらない村民達である。



「大した騒ぎじゃな」


「吉田様が大盤振る舞いするからです。お陰でうちの蔵が空いてしまいますよ」


「にしては村長よ、随分と楽しそうじゃな」


「馬鹿騒ぎを見れるのは平和の証です。ほんに有り難うございました」


「ああ、謝辞は受け取っておく。だがここは酒の席じゃ。土下座なぞツマミにもならんモノはいらんわ」


「あはは、これは手厳しい」



 すっと顔を上げる村長。「何か良さそうな物を見繕って持って来させます」と告げ、再び軽い礼をして村民達の方へと歩いて行った。



「さてワシらも好きにやるか。無礼講じゃ。飲み尽くしてしまえ!」


「「「よっしゃあぁぁ!!」」」



 此方でも宴会が始まった。普段とは違いがっちゃがっちゃと入り乱れて飲んでおり、ある者は肩を組み健闘を讃えあい、ある者は戦いの改善点を語り合い、ある者は春画を描きながら、ある者は歌っているしまたある者は裸踊りをしている。



「カエデさん、お市さん。お疲れ様」



 ヨシナリは徳利を持って手酌をしにお市とカエデの元へと近寄る。既にネネへの手酌は済ませている為、文句など言われないだろう。無礼講であるはずなのだが。



「ヨシ殿。無礼講なのだからそのような気遣いは不要だぞ?」


「うむ!お市殿と某は適当にやりもうす!ヨシ殿も好きに楽しまれよ」


「いやいや、お二人が活躍されたからこの宴があるのだろう?それこそ俺の好きでお酌しに来てるんだよ」


「それは……なら頂こうか」


「うむ。某も頂こう」



 残っていた酒をぐいと飲み干しヨシナリへとお猪口を突き出すお市とカエデ。ヨシナリはそのお猪口へなみなみと注ぐ。



「おっとと(ズズッ)。では私がヨシナリ殿にお酌させて頂くかな」


「次は某が!」



 同じように干したお猪口を突き出すヨシナリ。お市によりお返しとばかりになみなみと注がれた。



「おっと(ズズッ)」


「……ヤラシイ」


「ヨシ殿!接吻したみたいな顔になってますぞ!」



 お市がやったのと同じく溢れる前に一口飲む動作をしただけなのにヨシナリは揶揄われてしまう。すこし気恥ずかしく思いつつもヨシナリはお市とカエデに問いかける。



「カエデさんの春画の方がよっぽどヤラシイけどね。とそうじゃない、お市さんとカエデさんに聞きたかったんだ」


「なんだろうか?」


「下か!下の話だな!?」


「違います!なんで狼が不可解な動きをしたか教えて欲しい」


「ああ、あれか。固まって走ってきた理由についてだろう?」


「それもだし、罠の前で減速したのもおかしいなと」


「よく見てますな!お市殿頼む!」


「カエデ殿も説明できるだろうに…」



 お市にそう言われカラカラと笑ったカエデであったが、説明は立案者に譲るとの事らしい。



「そうだな、答えをそのまま言ってもつまらん。足掛かりを教えれば、カエデ殿は罠の設置が非常に早い点と罠の成功割はほぼ10割という事だ」


「余計な知恵を授けるのも大事な事ですな」


「罠……かかる……余計な知恵。奴らは苦手なモノがある?音はしなかった……匂い?」


「おう。ヨシ殿早過ぎないか?」


「匂い?ああ!匂いで警戒させるのか!けど何を……罠!」


「ご明察だ。不快な匂いだけでは嫌悪を抱いても好きに動くだろう」


「ゆえに某は不快な匂いの後に罠を仕掛け知恵を授けた。その先すぐに落とし穴があるぞと。他には奴らにとっての毒矢等々を」


「そこにあったのは唯の穴だ。ゆえに容易に這い出れる。そして匂いがしたら速度を少し落として跳躍すれば毒矢を避けれると学習した」


「その結果、落とし穴は警戒すべき罠ではなく矢に気を付けるようになったと」


「うむ。素早く跳躍した賢い二十匹はそれまでと違う間隔に配置されたトリモチ地獄へと落ち、鈍臭い狼らは穴の寸前で気付き、跳躍でかわす」


「残った狼は反応速度が遅い二軍連中となるわけですな」


「動線の誘導もそれを使っていた訳か」


「いかにも。動きが変だったのだろう?」


「お市さんカッケェな…」


「そ、そそ、そんな褒めても何も出んぞ!?」


「某にも手酌と称賛が欲しいですぞ!」


「勿論、カエデさんがいないと成らなかった策だ。流石は羽生!」


「あっはっは!そうであろうそうであろう!」



 この日、三人は戦術やら猥談やらでひたすらに盛り上がったのだという。

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