其の拾陸


 やんややんやと気の抜けたやり取りもなんのその、夕刻の討伐に向けて各自最終調整に入った。早いものは既に準備を終え、茶を啜りながら気を落ち着けている。

 お市もなんとか二日酔いによる頭痛が治ったのか、簡易甲冑を着込みカエデと話し込んでいた。



「上々です。カエデ殿相変わらず見事な手腕」


「はっは!褒めても春画くらいしか出ませんぞ!本当は駆逐したかったが、中々に頭の回る犬達でしたのでな」


「ほう……それは吉報だな」


「違いない!」



 頭が回る狼なぞ厄介この上ない相手である。お市が何をもって良い知らせである吉報としたか理解ができないヨシナリは、頭にはてなを浮かべながら横にいたネネに尋ねた。



「ネネさん、お市さんはまだ酔っ払ってるんじゃないか?」


「何ゆえお主はそう思うのだ」


「カエデさんの知らせでは狼の頭が回るとのこと。ならそれは吉報ではなく悲報となるのでは?」


「普通であればそうであろう。だがお市は我等の頭脳を務めるのだぞ?そのお市が問題なしと言っておるという事は構う必要はないという事よ」


「お市さんは軍師だったのか……」



 軍師であり己の鍛錬も怠らないネネの信頼している臣下であるお市。ネネの右腕として重宝されるのは無論なのであった。




 夕刻。一同は村の裏手に来ていた。

 誰も動く気配はなく、討伐をするにあたって出陣しなければ狼は討てないだろう。狼達が動き出すのは夜になってからなのだから。



「お市さん、出陣しなくて良いのか?」


「ヨシ殿か。このままで構わん。彼奴等を探しに行ってやるのは骨が折れるし癪であろう」



 ふっと笑うお市。ネネの方に視線を向けたと思えば、ネネは何も言わずに頷く。それを見て心得たとばかりにお市は前を向き指示を飛ばす。



「あそこの木にある印を撃て!外すなよ!!」



 既に作戦の伝達は終わっていたのであろう。号令に対し長弓を即座に構え射出する家臣。その矢は見事的中した。



「良し!吉田様!」


「うむ。見事的中じゃ」



 一番目が良いのがネネである。お市、カエデ共に的中は見えていたが、それでもなお確実をとるためネネへと確認をした。



「有り難し。奴らが来るぞ!罠を引けるよう構えぃ!」



 その指示を聞いた二名が地面に埋まっていた縄を先っぽだけ出して蹲踞(そんきょ)の姿勢を取る。

 散り散りになってしまえば各個撃破をされる危険性が大いに出るため、塊となって一同は微動だにしない。



「来たぞ!カエデ殿!」


「一番デカいのがいないですぞ!ただそれ以外は全て来ている」


「周囲の警戒を怠るな!」



 目の前の森から殺意に湧いた狼達が駆けて来た。

 ただ動きは異様であり、頭が回る割には全てが全て纏まって駆けてきていた。



「動きがおかしくないか!?狼って猪みたいに突っ込むだけのヤツじゃないような」


「あれがお市の施した策なのであろう。なに後で聞いてみれば分かる」


「問題ない!」



 ヨシナリは違和感を声に出したが、それはお市の策が成ったからなのだとネネは言う。お市は心配無用と声を張り上げた。


 疾く疾く駆けてくる狼達。だがある所に着くと一瞬速度が落ちた。それを瞬時に把握したお市は静かに告げる。



「縄を引け」



 蹲踞姿勢の二人が一気に縄を引き上げる。すると三十いた狼達の内、二十匹ほどが突如出現した穴へと落ちた。



「唯の穴では直ぐ出てこよう。しかし安心してくれ狼達よ。そこは特製のトリモチ地獄だ」



 穴の中におちた狼達はと這い出ようとするも、その身体はネバネバの何かにより絡められ、思うように身動きが取れない。抜け出そうと暴れ回れば更に拘束は強くなるばかりだ。



「獣に策はここまでで良いだろう。彼奴等は残り十、我等は二十だ!二体一を心得て討伐して回れ!」


「「「おう!」」」



 お市の指示に応える一団。己が獲物を握り直し狼と対峙する。




 混戦となる中ヨシナリ、ネネ、お市だけとなった瞬間に、直ぐ横の茂みから一際大きな狼が飛び出した。狙いはこの人間達の頭脳であると認識したお市。



「お市さん!」



 お市はなんとか防御体制はとれたが不十分である。一番早くに気が付いたヨシナリは素早く動き、カリバーンを狼の脳天へと叩きつける。速度1000は伊達じゃない!



「すまん、恩に着る。油断したわ…」


「お気にせず」


「流石はヨシナリ。だがな」



 ネネも早くに気付いたのか、吹き矢を構えていた。そしてそれをすでに沈黙している狼へと吹きつけた。



「小鬼には気付かなかったようじゃな」



 その矢は狼の背中目掛けて飛んで行った。すでに黙しているはずの狼から「ギャッ!?」という耳障りな声が聞こえ、狼の皮を被った小汚い何かが地面へと転げ落ちた。



「え、これゴブリンじゃ」



 小鬼と呼ばれたそれは、どこからどうみてもゴブリンと呼ばれる魔物なのであった。

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