其の拾参
村長に案内され中に入った一向は、荷解き等の雑用を世話役達に任せ大きな畳敷きの部屋へと入った。畳の上には座布団が敷かれ、一番の上座である床の間にはネネが座らされた。
「ヨシナリ。此方へ来い」
「?分かりました」
ネネに言われ床の間へと静々と近づくヨシナリ。何か内緒話でもあるのだろうか?と思いつつもドタバタ音と振動が起きないように気を使う。
ネネの横に着いたヨシナリはゆっくりとした動作で座る。目に見えて素早く動く事は身内であったとしても警戒されるべき動作であるし、何より優雅さがない。
音を立てずにゆっくりと見えるよう。しかし無駄は限りなく削り早く優雅に動く事。相手が違えばまた歩き方や所作を変える。それはヨシナリに剣道を教えてくれた恩人が稽古と共に教えてくれた動き方であった。音が鳴らないため現代日本でやれば「お前は忍者か!」と揶揄われるのがオチである。
ヨシナリの動作に周りからは「ほぅ…」とある者は関心するような、ある者は見惚れたかのような息を漏らす。
「吉田様。どうなさいましたか?」
そう言って少し顔を近付ける。内緒話であれば相手方から口の横に手をそられるので、相手方の動作を見逃さない。
ネネに対して直角向きである体勢のヨシナリ。すると吉田様からの一言。
「よし。お主はそこで良い」
「へ?」
「そのままで座るが良い」
「え?あ、はい」
ネネの向きに対して直角である為、大広間に座る家臣達と村長達に対して常に自身の横が見えている形となる。
ヨシナリは常にネネを見ている形だ。
「吉田様?このままでは皆様に失礼になってしまうのでは」
「構わん。ワシが許した」
「ええ……」
『じゃあ私はココー』
ヨシナリのさらに横に神が比喩でもなんでもなく、音もなく座っていた。床の間に3人は限りなく狭い。というか神もヨシナリの方を向く様に座っているので余計にカオスである。
※イメージ
│床の間│
│↓←←│
「……まぁ、良し。さて村長、獣の被害とその獣について教えてもらおう」
「ま、まぁ吉田様。プフッ……食事をお待ち致しますので宴会の席にてご説明させて頂きます」
あまりに自由すぎる。最初ヨシナリが横に座った時は、その優雅さと羨ましさで怒りを覚えていたが、今となってはその奇妙さに笑うのを堪えてしまっている始末だ。
村長がパンパンと手を叩くと料理と酒が配られていく。ヨシナリと神の所に配膳にきた者は戸惑うばかりだったが、ネネの「構わん置いてゆけ」の一言にアタフタしながらも配膳を済ませて下がった。
「それでは僭越ながら。我らが村で取れた野菜と野肉になりますが、味は抜群でございます。皆様方存分にお楽しみ下さい。乾杯!」
ネネを含めた皆が乾杯の音頭に合わせ、お猪口を掲げた後グイッと飲み干す。ヨシナリとてそれは例外ではない。
「村長。なかなかに旨い酒ではないか」
「お褒めの言葉有り難く。この村で作成している吟醸となります」
「の割にはワシの所に持って来んがの」
「やっと満足できる品質になったのです。獣騒動さえなければ今頃献上させて頂いていたかと」
「口がよくまわるのぅ。そういう事にしておいてやるかな」
「母の代から改良を重ねておりましてな。獣も酒は飲まないゆえ蔵に在庫はまだまだあります。存分にお楽しみ下さい」
「ハッ!飲み干してくれる。ヨシナリ、ワシとお主で蔵を空けるぞ」
「吉田様。飲み過ぎは毒となりますよ」
「おい、ワシより酒が強いヨシナリが弱気ではないか!」
ワッハッハと笑うネネ家臣達一同。村長一団は怪訝な顔を向けているが、余計な事は口に出さない。
『そこのボクぅ。そう君キミ。お酒無くなっちゃったから持ってきてくれないかなぁ』
皆がそちらをバッと見やる。
見れば酒が二合入る徳利を傾けて残りの酒を口に収める神の姿があった。宴会が始まって二分と経っていない。早すぎる。
皆に見られて、ん?何なに?みたいな視線を周りに飛ばす神様。感想を求められていると勘違いしたのか口を開く。
『美味しいお酒だね!天界に持って帰りたいくらいだよ!』
それを聞いた村長一団の狐につままれたような顔。安定しない情緒のまま「あ、ありがとうございます」と口に出すのがやっとのようだった。
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