其の捌


 チュンチュンチチチ。

 夜が明けてスッキリとした朝。ヨシナリは縁側の引き戸を全開にして大きく息を吸ってみた。



「よし、二日酔いなし!」



 この町に着くまでは、寝ないで野獣を警戒していたか、多少開けたところでは周りに罠を仕掛け、草を掻き集めて天然の布団のような物を作り寝ていたかなのだ。暖かい心落ち着く布団は久々で、何も考えず熟睡したのは久方ぶりというものだった。


 そんなヨシナリがいるここは、昨日の戦い(どちらかというと指導)の後にネネから面白い物を見せて貰った御礼と、夜道を男が1人で歩くのは危険だという事で特別に用意された来賓用の広い部屋だった。中庭の景色を一望できる、実に風流な無駄のない部屋だ。



 「さてこれからどうするかな」



 不意に後ろから音が聞こえた。誰かが起きたようだ。

 ヨシナリが後ろを見やると、寝巻きが着崩れている女が並べられた布団の中から出てきた。何故自分がここにいるのかと周りを見渡す。そしてヨシナリと目が合うとキョトンとしたと思ったら、疲れたような目を向けてきた。


「お主っ、何故ここに…」


 目のやり場に困ったヨシナリは横を向き、何もしてないと告げるが、お市は合点がいってないのか困惑したような顔になり、またも疲れた目をしている。いや、本当に何も起こっていない。


 その女は昨日ヨシナリの目の前で泣きじゃくっていたお市だ。

 宴のお開きとともに世話役がヨシナリを客室へ案内しようとした所、今まで誰も愚痴を聞いてくれなかったのだろうお市が、ヨシナリの足にしがみ付いて離れたくないもっと話を聞いてくれえぇ!と大泣きを始めたのだ。

 つまり泣き上戸なうえに絡み上戸であるという大変面倒な酒乱だった。そりゃあ宴会で誰も近付きたくないだろう……。


 部屋についたヨシナリはとりあえずお市を引き離して布団に入れたが、そこで事切れたかのようにお市は爆睡しだした。ヨシナリも離れたとこに敷いて貰った布団で寝たので、本当に何もやってないし何も起きていないのだ。何故か起きたら布団は横並びになっていたが。

 だがその酒乱はというと申し訳なさそうな顔で見ている。…こういう時は怒られるものではないのか?と疑問を抱いたが、とりあえず視界に入れないよう努めお市が喋り出すのを待つ。


「申し訳ない!好意を寄せてるわけでもない女と一夜を共にさせてしまったようだ……本当に…申し訳御座いません!」


「いや、何もやってないし起きてないから大丈夫だよお市さん。気にしないでもらえると助かる」


「えっ、何も……?布団が横並びになっているのに……何も……!?」


「あ、いや、太腿に挟まれて窒息しても本望と思えるほど最高の太腿ではあったが俺は何もしてない!!」


「太腿……?この他人様より太い太腿が良いのか……?いや!そうじゃない!嫌な気分にさせたであろう!こうして視線も合わせてもらえんからな。ほんにすまん!!」


「とりあえずちゃんと服着て!?」



 すまん!と土下座しながら頭を畳に擦り付けている。昨夜お市の太腿に対して手を合わせ「なんまいだーなんまいだー」と拝んでいたヨシナリは慌てながらも変な違和感を覚えたが、こういう事だろう。


 この世界の女が力を使えば男は簡単に抑えつける事が出来る。つまり身も蓋もない言い方をすれば強姦できるのである。

 お市は己の力に任せてこのような結果になったのだと勘違いしていると思われる。中々に混乱させてくれる世界だ。


 昨夜の素晴らしい太腿を考えていたヨシナリだが、お市が額を擦り付けている畳から煙のようなものが上がってきたためにその行為を辞めさせた。一夜の過ちなどなかったのだから。

 そこらへん女性不信の素人童貞は格が違ったのである。


 吉田様のお客人に失礼を……とひたすら謝るお市をなんとか納得させ服を直させる。こんなものでは謝罪にもならないだろうが、という事で後程に抹茶を点ててくれる事になった。



 とりあえず布団を畳もうという事で布団の片付けをしようとしたところ、ヨシナリの使っていた布団がウニャウニャと動き始める。

 怪奇現象を目撃して粟を食ったヨシナリとお市はひゃあと可愛らしい声をあげて抱き合っていた。

 近くにある物に身を寄せる不意の行動だったが、ヨシナリとお市は互いにハッとすると気まずそうに目を逸らして離れた。


 と、布団はガバッという音が相応しい勢いで退けられる。そこにいた人物が眠そうな目を擦って立っていた。完全なる全裸で。


「吉田様!?」


 朝から驚きっぱなしのお市だったが、この時ばかりはヨシナリも目を見開いていた。

 なにせ今の今まで気付かなかったのである。そしてスレンダーだと思われた体は、スラッとした上半身と下半身のバランスが崩壊しており、袴で隠れていて気付かなかったが尻も太腿もデカい。今の今まで気付かなかったのである(二回目)



「ここが天国か……狼よ……」


『神じゃないんかい……』



 追い求めていたモノがそこにはあった。

 ヨシナリは鼻血を盛大に吹き出し倒れてしまった。



「……朝か……昨晩はお楽しみじゃったな」



 いや色々とツッコミたい所はあるが一先ず言いたい事は……


「吉田様!早く服を着なさい!!」


 その一言だった。お前が言うなお市よ。

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