第2話 赦されざる所業
ある日、
「やっぱ深夜に食べるラーメン屋のラーメンって至高にして究極では……?」
「なんだァ? てめェ……」
俺は内心激怒した。こいつ、あれだけ人ん家で飯食っておいて深夜にラーメン屋に行っているのかと。
夜遅くに夜食を強請られるのは、まあ、一度や二度ではないが、つい最近一度だけ億劫になってどっかで食ってこいと千円札を一枚握らせた結果がこれだ。
散々飯を集っておいて店のモンが至高にして究極だと言われるのは俺のなけなしの誇りを傷付けられた気分だ。
そりゃあ常日頃から集るなとは言っているが、目の前で他人の料理の方が美味いなんて言われたら誰だってあまり良い気分はしない。
このままでは終わらせないぞこんにゃろめ。
「葉揺はラーメンだと何味が好きなんだ?」
「醤油か豚骨。こってりは人生を豊かにする」
豊かになるのは食前食後だけで年食ったら苦労するんだぞ、なんてことは口に出さない。言ったところでこいつが俺の言うことを聞くようにも思えないし、何より他人の食生活にとやかく口出ししたところで俺に徳があるわけでもなし。沈黙は金だ。使い方が合ってるかは知らん。
机の向かいで突っ伏す葉揺の好みが知れたところで、俺はスマホを使ってラーメンの作り方を検索した。
☆☆☆
それから一週間後、試行錯誤を繰り返して自分が思う至高のスープが完成したところでメッセージアプリを使って葉揺を家に呼びつける。
「何か大切な用事?」
「いいから座って待っとけ」
何やら妙にそわそわしてる葉揺を座らせ、俺は台所から究極のラーメンを持ってきた。
「えっ、ラーメン?」
「何も言わなくていい。黙って食え」
俺の言葉に無表情ながら困惑した様子の葉揺は首を傾げながらも箸を手に取り、究極ラーメンを食べ始めた。
……ギリギリ未成年の少女がラーメンを食す姿を険しい表情で見下ろす成人男性というディープウェブで転がっていそうな意味不明な図が出来上がっていた。
しばらく無言で食い続けていた葉揺は最後にスープまで飲み干し、器と箸を置いた。
「……どうだった?」
「普通に美味しかったけど、何これ? どういうこと?」
ダメだ、コイツは何食っても美味いしか言わないバカ舌だったのを忘れていた。曖昧に訊いたところで美味い以外の返事は期待できない。ならば、こちらも単刀直入に意図を伝えるしかない。
「一週間前、深夜に食べるラーメン屋のラーメンが至高にして究極と言っていたが、俺が作った究極ラーメンはそれに勝るものだったか?」
暫しの沈黙。二人の間に妙な空気が流れた気がした。その空気を打ち破るように、葉揺はぽんと手を叩いた。
「……なるけど、そういうこと。うん、ラーメン屋のラーメンより美味しかった。やっぱりユキのご飯が一番だね」
「よっしゃ」
その言葉を聞いて思わずガッツポーズをしてしまった。恥ずかしかったので咳払いを一つして、腕を組む。
「まあ、俺の作る飯が美味いのは当然だな。なんてったって食う人間が少ないから、その分焦点を絞って作ってるわけだし」
何百人という大衆に向けて作るものより食う人間たった一人のことを考えて作る飯が劣る道理はない、はずだ。
あれ? いつの間にかコイツの為に飯を作っていたんだが?
「あ、そうだ。おかわりある? 美味しかったからもう一回食べたい」
「ふっ、スープを作る為だけに寸胴鍋を買ってしまった俺に死角無し。麺も具材も大量にあるから好きなだけ食っていきな!」
「わーい」
……まあ、いいか。美味いって言って喜んでくれるなら悪い気はしないし。また明日からコイツを追い出す努力をするとしよう。
それから葉揺は2杯もおかわりをして満足したらしく、畳の上に寝転がって腹を摩っていた。
「あ、言い忘れてたんだけど、大学でサークルに入った」
「サークルぅ? どんな?」
「軽音サークル」
「はっ、お前に楽器の演奏が出来るわけなかろうに。この不器用星人め」
「私、ボーカル」
「おいおい、ギターにプラスして歌まで歌うなんざ無理難題にも程があるだろ」
「いや、ボーカルだけ。歌うだけだよ」
えっ、そんなのアリなん? 軽音部とか軽音サークルでボーカルだけとか見たことないんだが、俺の見識が狭いだけか? いやいや、確かにこいつは歌うことに関してだけは本当にびっくりするほど熱意があるし、腰が抜けるほど上手いが、それにしても他のサークル仲間には何か言われなかったのだろうか。
「先輩とかは何か言ってなかったのか?」
「入って最初に先輩に借りたギターの弦? を全部切って、それからドラム? に穴を空けたらボーカルに専念して下さいって頭下げられた」
……なるほど、先輩方の相棒の尊い犠牲によってボーカルとなったわけか。南無三。合掌。
「で、軽音サークルってどんな活動してるんだ?」
「楽器の弾き方を教え合ったり新しい曲の楽譜を作ったり?」
「じゃあお前は何をして過ごしてんだよ」
「漫画読んでお菓子食べてる」
「お前だけ世界観けい○んかよ……」
分かっていたことだがコイツどんだけ神経図太いんだ……。普通そんな環境に放り込まれたら多少の居辛さは感じるだろうに。
「同い年のやつとかから虐められてたりしないのか? 例えば無視されるとか、除け者にされるとか……」
「全くない。明日も一緒にカラオケ行く。みんな優しい」
「あー、何となくわかったわ。お前がどういう扱いなのか」
白築葉揺という女はとにかく顔が良い。十年以上の付き合いがある俺からすれば見慣れた顔だが、初対面だとたまげるくらいに顔立ちの整った美人だ。
想像するに、はちゃめちゃに顔の良い美人が入ってきて浮かれたのも束の間、少し触っただけで楽器を壊してしまうどうしようもない不器用星人だったというギャップに撃ち抜かれた哀れな学生がサークル内で量産されてしまったわけだ。
しかも不器用星人のくせに超が三つどころかその後ろにコミケの行列ばりに並ぶほど歌唱力が高いとなれば、二段構えのギャップ乱高下に耐えられる人間など存在しない。
斯く言う俺も葉揺の顔の良さと歌唱力の高さだけは素直に認めている。あとは我が家に通う回数を週一程度まで減らしてくれさえすれば万々歳だ。
「まあ、お前が大学で上手くやってることは良く理解した。だからもう帰れよ。終電なくなるぞ」
「もう一歩も動けぬ。寝る」
そう言うや否や寝息を立て始める幼馴染にしょうがねえなぁ、と思いながら布団を持ってきて寝かせた。
……虐められていないようで安心して、つい安堵の息を漏らしたのを彼女は聞いていないだろう。
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