神代さんの短編「歯車が嚙み合わず壊れてしまった男の話」

神代天音

奴隷のように扱われ壊れてしまった男の話

俺の名前は東雲晴翔

突然だが俺には二年前に結婚した妻がいる。

彼女との馴れ初めは職場で結婚したいなと愚痴を漏らしたことから始まる。

俺の愚痴にもにた願望を聞いていた俺を可愛がってくれている職場の上司が女性を紹介してくれるといいお見合いをセッティングしてくれたのだ。

そこで妻である清水雪音と出会った。


初印象は綺麗な顔立ちに綺麗な肩辺りまで伸びた黒髪に心を奪われた。

しかし「貴方と結婚してもいいけれど・・・ただし私は貴方のことは家政婦程度にしか思わないから」この一言で俺の恋は一瞬で冷めた、思えばこの時に既に道を誤ったのかもしれない、いや確実に誤ったのだろう。


この時の俺は両親を早く安心させてやりたいという気持ちと折角お見合いをセッティングしてくれた上司に申し訳ないという気持ちがあり了承してしまった。

正直この時の俺を殴ってやりたい。


その後とんとん拍子で話が進み晴れて?夫婦になった訳だが、本当に家政婦と雇い主、いやそれ以上にひどい関係になった。


色々と要因があるが大きなものは家にいる時間帯だろう。

彼女は一般企業に勤めており朝は7時頃に家を出て夜中に帰り週末は休みである。

対して俺は深夜の1時に出勤し一度9時ごろに帰宅し再び昼過ぎに出勤そして夕暮れ頃に帰宅し休日は月によって変わり基本平日になる。

そんな二人が家で会うことなどないに等しい。


「俺は何で結婚したんだっけ」


夕食を作りながらふとそんな事を呟いていた。

時刻は6時半過ぎ帰宅してから彼女の夕飯と明日の弁当のおかずを作っている。

結婚した頃にいつか夫婦としてやっていけるはずと淡い期待をまだ持っていたころ彼女の母親やたまたま連絡先を知った彼女の友人から彼女の好みや苦手なものを聞き出しなるべく彼女が満足できるような食事を今日まで提供し続けている。文句を言われたことはないから多分大丈夫だろう。

因みに彼女の食費は俺の給料から出ている。

雪音曰く「結婚してやったんだから食費や家で使う日用品は貴方の給料から出して貰うから」らしい。なので俺は雪音の食べる物とは別のものを食べている、具体的に言うともやしや鶏肉、彼女の料理を作る過程ででてきた野菜くずなどだ。


俺は貯金することも叶わず二人分の食費と日用雑貨挙句の果てには光熱費まで払っている。最近は給料だけでは賄いきれず貯金まで食い始めている、正直限界である。


「もうこんな時間か」

こんなことを考えていたら既に7時になっていた。

もう寝ないと仕事に支障をきたすため夕食を作り終えたらすぐに布団に向かった。


一人暮らしする時に買ったもので既に五年以上の付き合いである。

布団も枕もつぶれており寝心地は最悪だが贅沢は言ってられない。

俺は布団に潜り込むと一瞬で夢の中に誘われた。












俺は腹に強い衝撃を受け目覚めることになった。

目を開けるとそこには鬼の形相をした妻である雪音がいた。


「おか・・えりなさい」

「ねぇ、私昨日お酒買っておいてって言ったよね?なんで買ってないのよ」

「そんなの言われてない、、そもそも・・」

「言い訳はいいからさっさと買ってきてくれる?」


そういうと彼女は俺の腕をつかみ無理やり起こし財布と共に寝間着のまま外に放りだされてしまった。


「なんなのさ、俺たちが最後に会話したの二か月前じゃないか。ふざけるなよ」


妻に怒りはあったがそもそもこちらはなので強く言えないのであった。


俺は近くのコンビニで缶ビールを日本買い玄関に置いて時間も時間だったため出勤することにした。

職場には着替えを置いているので妻に文句を言われながら着替えをする必要もないからな、わりとこれは名案かもしれない。



職場にいくと妻を紹介してくれた上司がいた。


「晴翔くんこんばんわ、今日は早いのね」

「ええ、少し早く目覚めてしまって」


そういうと上司は心配そうな顔になって。

「ちゃんと寝なきゃだめよ?あなたはワーカーホリックなところがあるから、、倒れないか心配なのよ」

「大丈夫ですよ、この程度じゃ倒れませんよ。自分の限界は自分で把握してるつもりです」

「本当かしら、、そうそう今日は午後からは仕事がないのだから家でゆっくりしなさい、ただでさえこの仕事は休みが少ないのだから」


「そうなんですか、分かりました」


正直休みなんて貰っても何に使ったらいいか分からないけど、まぁ雪音さんの夕食を作ってから後は寝ればいいか。







仕事の間は何も考えず一心不乱に決まった仕事をすればいいだけなので楽だ。

気が付けばもう退勤時間になっていった。


「お疲れさまでした」

俺はそういい一番に退勤した。


冷蔵庫の中身がもうなくなりそうだったし買い物に行くか。

そう思いスーパーに足を運んだ。

近所のスーパーは値段も安く品ぞろえもいいので重宝している、おかげで貯金はまだまだ持ちそうである。


自分の分のもやしと彼女の食べる食材をかごに入れレジに通そうとした時ふと昔俺がよく食べていたお菓子が目に入った。


どんな味だっけかなあのお菓子、もう長いこと食べてないから忘れちゃったな。

てかもうもやしと鶏肉以外の味を覚えてないかもしれない。

そう考えると虚しくなってきた、本当にこれでよかったのかな。


気づけば玄関の前にいた、最近は考え事をしていたらすぐに時間がたつ気がする。


廊下を歩いているときのことだった突然体が沈み込み倒れてしまった。

「あ・・あれ?」


体が動かない。

動かそうとしてもびくともしない。

あぁ、終わったな。

そう思った瞬間意識は闇の中に落ちた。









「・・・知らない天井だ」


いやぁこの言葉一度は行ってみたかったんだよね。


「ッ!晴翔目が覚めたのね!」


声がした方向を向くと雪音さんがいた。


「すみません、ここはどこでしょうか?」


俺がそう聞くと雪音さんは今にも泣きそうな声で答えた。


「ここは病院よ、貴方は過労で倒れて・・・二日間も目を覚まさなかったのよ」


俺はその発言に顔を青ざめさせた。


「す、すみません。すぐに退院して家事をするので許してください」


「そんな事しなくていいから。今はゆっくりして、お願いだから」


ついに雪音さんの目からは涙が零れ落ちた。意味が分からない雪音さんからしたら俺はただの家政婦、何も泣く要素なんてないじゃないか。


「大丈夫ですよ。それになんでで何で泣くんですか。俺はただの家政婦なんですから替えが利くじゃないですか」


俺がそう言うと雪音さんは顔を青ざめさせた。


「私の大切な夫なんだから当たり前でしょう、確かに最初は家政婦やお手伝いさん程度にしか思っていなかったわ。でも・・・」


「大切な夫?そんな嘘つかなくていいですよ」

「嘘じゃない、これからは貴方が今まで全部やっていた家事も分配しましょ?そうだ退院したら貴方が好きなもの作ってあげる。私これでも料理得意だから、貴方の好きな・・・あれ?」

「無理にそんな風にふるまわなくて大丈夫ですよ。それよりお仕事は大丈夫なんですか?」

「有休をとったから大丈夫よ、だから気にしなくていいわ」

「すみません。俺なんかのために・・・・今は10時過ぎですね、仕事に行ってきます」

「ッ!だめよ!貴方は安静にしておかなきゃ」


「でも給料を貰わないと生活できないですし、大丈夫ですよ大丈夫。自分の限界は分かりましたから。」


上司は無断欠勤した俺を許してくれるかな。


「ま、待って、お願いだから行かないで!」



その声を振り切りながら俺は病室を後にした。



病室から聞こえてくる叫び声を幻聴だと信じて

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神代さんの短編「歯車が嚙み合わず壊れてしまった男の話」 神代天音 @tedemayuge

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