10-34 賢者の意志

「――何で!? よりによって賢者の石だけレシピを残さなかったんだよ、じいちゃん!」


「残さなかったんじゃなくて、残せなかったの。あのラージーをもってしても"賢者の石"の調合は奇跡みたいなものだったそうよ。素材、手法、手順を変えて試行錯誤しながらどうにか作り上げたんですって。工程が複雑すぎていったい何が正解で何が要らなかったのかも分からない。その時の気候や素材の質、術士自身の体調からくる魔力の変動……それらが全部緻密に絡まり合って結果に影響する。とても作り方を記しておけるもんじゃないって言ってたわ」


「つまり――レシピが存在しない?」


「そう。錬金術師がその腕と経験を元に、その場限りで作り上げるしかないそうよ。賢者の石っていうのは」


 数多の錬金術師が長年追い求められてきた"賢者の石"のレシピ。その答えは――"そんなものは無い"という事だ。つまり、賢者の石とは偶然が重なって精製される奇跡みたいなもので、狙って産み出せる物ではないのだ。

 伝説の錬金術師であるじいちゃんがそう言うんだ、まず間違いないだろう。


 けれど、それってつまり――



「……じゃあ、他のアイテムさんたちみたいに、素材さえ揃えれば何度でも作れるって訳じゃないんだな。つまり――使っちゃったら、二度とお前は出てこれないって事なんだよな!? ……いいのか?」


「いいもなにも――これが私の使命よ」


 竈の前に椅子を二つ並べ、座りながら釜の様子を眺めるティンク。

 隣の椅子に座るよう勧められ、お湯が沸くまでの僅かな時間を並んで待つ。


「……そうね。この際だから話しておくわ。私が造られた理由」


 パチパチと燃える薪の火が、ティンクの顔を優しく照らす。


「――始まりは……前にも話してた通り、ラージーとエイダンが偶然、私の錬成に成功した事よ。本人達はおっぱいおっぱいってバカな事を言ってたけど、元々あの二人も“賢者の石”を研究してたのよ。“個体・液体・気体の状態を併せ持つ”、“常に内包している情報が更新される”そんな物をどうやって作ろうかって考えたときに『もし、アイテムが生きてたら?』って発想に先に行きついたそうよ」


 さすが……。その発想にたどり着くのは先にも後にもじいちゃんくらいだろう。


「それで、エイダンの独断と、半分趣味で。莫大な研究費を注ぎ込んで錬成に成功した“最初の生きたアイテム”が賢者の石、つまり私よ。"賢者の石"の錬成成功を知った大臣達はそれはもう大喜びだったわ。これで戦争に勝てる、いやこれならモリノが世界を支配できる! ……ってね」


 錬金術史を書き換える世紀の偉業を目の当たりにして、最初に出てくる発想が“世界征服”か……。研究者からしたらどうにも愚かな発想だけど、まぁ、戦時中なら仕方ない事だったのか。


「でも、ラージーとエイダンは最後まで私を戦争に使う事に反対したわ」


「じいちゃん達は、元々賢者の石を戦争に使うために作った訳じゃないのか?」


「えぇ。あの2人は本当に錬金術への好奇心と……おっぱいの事しか考えてなかったわよ。だから尚更、作った後の事は考えてなかったみたいね。ホント、研究者らしいというか何というか。『錬金術を戦争の道具にしたくない』『じゃあ何のために作ったのですか』って大臣たちと連日大揉めしてたわ」


 国の一大事にこんな事を言っちゃ何だけど……なんかじいちゃん達らしいな。


「とはいえ。そうこうしてる間にもいよいよ戦争は激化。サンガクの猛攻を受け、このままじゃモリノが負けるって所まで来たのよ。戦争に負ければ当然“賢者の石”だって敵国に略奪されかねない。見ず知らずの輩に徴収されて実験道具にされるくらいなら――って、私からお願いして、ついに“賢者の石”の軍事転用が決まったの。その時に私を素材にして考えだされた決戦兵器が“ヤオヨロズ”よ」


「――なるほど。それで兵力で明らかに劣るはずのモリノがサンガクに歴史的な逆転大勝利を収めたって訳か」


「えぇ。作戦は極秘裏に決行。ラージーとグレイラットが単身で奇襲をかけて、敵陣のど真ん中で"ヤオヨロズ"を放ったの。だから、事の真相を知る人も少ないわ」


 モリノの勝戦を決定づけた逆転劇。

 今でもその真相は明らかになっておらず歴史に残るミステリーとされてきたけど……真実はそういう訳だったのか。



「こうしてモリノは戦争に快勝し、世の中も平和になった。めでたしめでたし。……となるはずだったんだけど。モリノは知らないうちにもう一つとんでもない問題を抱えてたって訳ね」


「……髭じぃも知らないところで秘密裏に開発されてた"魔神"だな」


「そう。終戦後の軍事整理中にその存在が明らかになって、上層部はそれはもう大慌てだったそうよ。色々試した結果、破棄は不可能。ラージーに頼んで厳重に封印こそしたものの、もしあれが暴れ出した場合対抗できるのは“ヤオヨロズ”しか無いだろうって事で、ラージーは余生を費やして賢者の石をもう1つだけ錬成したの。幸いにもラージーの存命中に出番は無かった訳だけど、後世に……つまり、あんたに私を託した訳ね」


「はぁ。話は大体分かったけれど、なんでまたそんな大役を俺に……」


 国家ぐるみで作り出してしまった、国を、世界を滅ぼしかねない失敗作の子守役か。改めて聞くと、とんでもない責任を押し付けられたもんだ。


「――よっぽどあんたを信頼してたんでしょうね。"賢者の石"も使い方によっては世界のバランスを大きく崩す危険なアイテムよ。おいそれと人に渡す事もできず、あんたが“賢者の石”を使うに値する人間になるまで見守って欲しいってエイダンに託して、最期に自身の釜と私をこの工房に封印したそうよ」


 なるほど……髭じぃも知ってたのか。これで疑問に思ってた事が全て理解できた。



「――まぁ、そんなわけで私もようやくこれでお役御免。あんたのお陰で無事使命も果たせそうね。あとは――あんたが勝ってくれる事を祈るだけよ」


 話を終え、小さく息を吐きながら立ち上がるティンク。

 見れば釜のお湯は充分に沸騰していた。




「……なぁ。最後に――もう1つだけ教えてくれ」


「え!? まだ何かあるの!?」



 さっきまでの穏やかな顔から一転、ちょっと苛立ったようなその顔を見てふと思い出す。


 笑ったり怒ったり、毎日楽しそうに店先に立つティンクの姿。


『これからどうやってお店を大きくしていこうか!?』


 そんな話も二人で毎日のようにした。



(なのに――お前は、これでお終いで本当にいいのか?)



 ……いや違うな。その質問を投げかける相手はティンクじゃなく、俺自身に……か。


 いいのか……と言われれば――良い訳ない。


 でも、そんなのは俺の我がままだろう。


 ティンクは己に課せられた使命を全うしようとしている。


 それを止める権利が俺にある訳ないじゃないか――。




「――ヤオヨロズの錬成って、お前を素材として釜にぶち込めばいいのか?」

「そんな訳ないでしょ!!」



 咄嗟に出た誤魔化しの質問だったが、ティンクに強めに頭を叩かれてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る