10-33 ティンクトゥラ

 ――王都からの帰路。


 用意して貰ったシンロウはかなりの健脚の持ち主のようで、まだ薄暗い明け方の道を物ともせず猛スピードで駆け抜けていく。これなら数十分で町まで走破しそうだ。


 ……それでも、何度も通った筈のこの道のりがこんなにも長く感じたのは今日が初めてだ。

 小さな頃は、馬車に揺られて父さんや母さんと喋りながら過ごした道中。

 錬金術師になってからは、口うるさいあいつの話に付き合わされながらも退屈することなく過ごした道。


 そんな道を今はたった1人で行く。


 冷たく突き刺すような夜風を頬に感じつつ、つい数刻前の工房での出来事を思い出しながら――




 ―――




「――あるわよ。賢者の石」



 いつになく真剣な表情で俺を見るティンク。


「い、いやいや。無いもんはしょうがねぇんだから。こんなところで意地になんなくても、何か他の手を――」


 思わず目を逸らすが、ティンクは構わず話し続ける。


「何今更ビビッてんのよ? あんたもバカじゃないんだから気づいてるんでしょ」


 俺を見据えたまま微動だにしない様子からして――さすがに見透かされてるか……。



『気付いてるんでしょ』



 あいつの言葉が何処までを指しているのかは分からないけど……思い当たる節はこれまでも沢山あった。


 アイテムさん達の事を知れば知る程浮かんでくる疑問。



『ティンクはいったい何のアイテムなんだ?』



 出会って直ぐの頃、何の気なしに聞いてみた事はあった。


 けれど――


『私はちょっと特別なの。……そうね、錬金術師の事を色々と教えてくれる便利な妖精さんとでも思っておきなさい』


 と話をはぐらかされた。

 色々事情があるんだろうと思い、それ以上深く追求する事はしなかったけれど……




「――お前が"賢者の石"なんだな」



 ティンクは小さく笑い、コクリと頷く。


 長い間聞けずにいた疑問が解決し、思わず肩の力が抜ける。


「ちなみに、いつ頃から気づいてたの?」


 ツカツカと俺の前まで来ると、子供のようにいたずらな笑顔を浮かべて俺の顔を覗き込んでくる。


「割と最初の頃からだよ。割かし分かりやすいだろ」


 自信満々に答え合わせでもするかのようなティンクの顔を見ると、思わず小さなため息が出てしまう。


「え!? ウソ!?」


 最近まで隠し通せていたとでも思ってたのか、驚いたという様子で口元を隠すティンク。


「バレバレだって。……特徴的なその紅い髪に深紅の瞳。それに、“賢者の石”の別名は“哲学者の石”。またの名を――【ティンクトゥラ】」


 錬金術を志す者なら簡単に答えに辿り着くだろ。


 それに根拠は他にもある。

 "賢者の石"の特性。

『気体・液体・固体全ての状態を内包し、その形や情報量も常に変化していく』

 普通のアイテムで考えるとあり得ない話だが、それが生物だというならば条件に完全に合致する。



「一生懸命隠してたみたいだから、今まであえて追及はしなかったけどな」


「――ア、アンタの事だからほっといたら気づかないかもしれないと思ってね。少しヒント出し過ぎたかしらね!」


 何故か勝ち誇ったように腰に手を当てて偉ぶるティンクだったが、完全に目が泳いでいる。


「まぁ、私の正体はさておき。……それじゃ、あとは"ヤオヨロズ"を錬成するだけね。レシピは分かったんでしょ? 早く作って王宮に戻らないと」


 一通りの茶番を終わらせ、ティンクはまじめな顔で釜の準備を始める。



「……なぁ。その前に、1つだけ聞いておきたい事があるんだけど、いいか?」


「なに?」


 釜に牧をくべながら振り向かずに返事をするティンク。


「俺の錬金術。自分で言うのも何だけど、割と才能ある方だよな?」


「……何よこんな時に。まぁ無いほうじゃないわよ」


「けど、いくらなんでもさすがに上手く行きすぎだと思ってたんだ。いくら釜を引き継いだっていっても本来はこんなにあっさり使いこなせる物じゃない。レシピさえあれば見た事もないアイテムまで錬成できる始末だし。どう考えても血統や才能だけじゃ説明できない神業だ。――これって、お前……賢者の石がこっそり力を貸してくれてたからなんだな」


「……そうよ。魔人の件もあってあんまり時間がなかったから。無理矢理にでもあんたをこの釜の使い手として一人前にする必要があったの」


 やっぱりそうか。

 いくら自信家の俺でもさすがにおかしいとは思っていた。

 特にチュラの事件なんて本来は新人錬金術師の手に到底負えるようなもんじゃない大仕事だった。


「本当は、もっとじっくり錬金術を教えてあげられれば良かったんだけど……事態が事態だったからね。だから……悪いけど今後は今までみたいにはいかなくなるわ」


 薪を火にくべながらティンクがポツリと呟く。


「……いいよ。元々無かったはずのものが元に戻るだけだ」


 多少の困惑を覚えつつも、ある程度覚悟はしていた事だ。そこまで驚くような事じゃない。


 それよりも気になるのは……



「……なぁ、もう1つだけ聞いていいか」


「いいけど、あんまり時間ないわよ」


「あぁ、分かってる。けど、大事な事だ」


 何も答えないティンク。



「……お前を錬成に使ったら――消えて無くなる、って事なんだよな」



 ……何も答えないティンク。



 薪がパチリと一つ音を立てて弾け、釜の火が落ち着いたのを確認しティンクが静かに立ち上がる。


「……まぁ、私も"アイテムさん"なんだから。当然ね」


「じゃあ、今後もしまた作る場合に向けて聞いておきたいんだけど。賢者の石のレシピはどこにあるんだ? 当然じいちゃんはどこかに残してくれてあるんだよな」


 俺の質問を受けて、ティンクは徐にこっちに背中を向ける。


 そして――一言。



「レシピは……無いわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る