10-32 マクスウェルの孫
魔人を真っすぐに見据え、マグナスが無言のまま合図を下す。
それを受けて前に歩み出る魔導士の恰好をした女性。その手に握られた杖には、2匹の絡み合う蛇が赤い宝石を冠するデザインが施されている。
『――そ、それは!? "カドゥケウスの杖"』
あからさまに動揺を見せる魔人。
「そう。かつてじいちゃんが魔神を封印したアイテムだ。――さぁ、もう一度眠ってもらうぞ!」
マグナスが言い終わるより前に、大地を蹴って魔人が襲い掛かる!
しかし、最後の抵抗も空しくその突撃は"ヒルドルの盾"を持った女騎士に防がれてしまった。
『止めろ! 貴様、何をしようとしているか分かっているのか! 私は神だぞ!! 神に対する冒涜――』
支離滅裂な暴言を並び立てる魔神だったが、無慈悲にも"カドゥケウスの杖"が天へと掲げられると赤い宝石から閃光が走り、上空に巨大な魔法陣が浮かび上がっていく。
『やめろ! ふざけるな!! 私がこの力を手にするまでどれだけの侮辱と屈辱に耐えてきたと思っている!!』
その間も両手を振り回し必死に足掻く魔人。
魔神の猛攻を受け、さすがの伝説の盾も徐々にひび割れてしまっている。
しかし……魔人の反撃もここまで――
天に描かれた深紅の魔法陣が完成するなり、それは幾つもの階層に分裂し空から降り注ぎ厳重に魔人の周囲を取り囲んでいった。
『お、おのれぇ! おのれぇぇぇ、マクスウェル!! まさか二度にも渡り、この私を――!!』
その断末魔は錬金術師ヘルメスのものなのか、それとも魔人自身の意志なのか。
獣の咆哮にも似た叫びを上げ、最後の力を振り絞り暴れ回る魔人。
『放せぇぇ!! 私は神だぞ!! この世に君臨し、人間どもを支配し――』
結界にその身を縛られながらも、空気を揺るがす程の雄叫びを上げ全身をくねらせ足掻く。
「いい加減に――観念しろ!」
エクスカリバーから放たれた虹色の斬撃が魔神を直撃し、その動きを止める。
『グァァ――馬鹿なっ、この私が……』
「先輩! 最後はお願いします!」
エクスカリバーの騎士に勧められたロングソードさんが前に出る。
「――錬金術の魔神よ。お前は確かに優れたアイテムかもしれんが、根本からして欠陥品だ」
『な、何をっ……たかだか鉄の長剣ごときが――私を欠陥品だと!?』
ロングソードさんが、正眼に構えた剣を静かに、そして正確無比な早業で一気に振り抜く。
「――己の主を想い、その成功と繁栄を願わぬ者に、アイテムとしての価値などあるはずもなし! ――それが、アイテムの道理だ!!」
『――っ!! アイテムの――道理…………』
闇を切り裂く銀の閃光にその身を両断され、魔人は天を仰ぎながら崩れ落ちていく。
その目が見つめる先には、満天の星空。
最期に天高く伸ばしたその手は、一体何を掴もうとしたのだろうか……。
立ち昇る魔法陣の光の中で、その身を赤い破片に変え徐々に姿を失って行く。
やがて光が収まると――その場には、封印の光に包まれた赤色の液体だけがただただ宙に浮かび漂っていた。
◇◇◇
「――や、やりおった! まさかとは思ったが……」
髭じぃが慌ててこっちに駆け寄ってくる。
「まさか、は無いだろ。信じてたんじゃないのかよ」
そう言い返しながらも、あの魔人に勝てたのが自分でも信じられずまだ手が震えている。……まったく、実際に戦ってくれたのはアイテムさん達なのに、俺がこんなにビビってたなんてカッコ悪くて示しがつかないな。
『……勝ったのか?』
『あ、あぁ。勝ったんだよな!?』
周囲で戦っていた兵士たちもやっと状況が掴めたらしく徐々に辺りがざわめき出した。
「皆の者、ご苦労だった! 危機は去った――我々の勝利だ!」
髭じぃが、声高らかに勝利を宣言すると一斉に歓声が湧き上る。
『――うぉぉぉ!』
『やった! モリノ……いや、世界の危機を救ったぞ!』
『我々の勝利だ!!』
その場に居合わせた全員が歓声を上げ、互いに肩を抱き喜びを分かち合うように笑い合っている。
「……本当によくやった。いやはや、さすがラージーの孫じゃ」
力強く俺の肩に手を置く髭じぃ。
「まぁ、魔人1人に対してこの多数……ちょっと卑怯な気もしたけどな」
ようやく安堵してホッと肩を撫で降ろすと、ロングソードさん達が俺の元に集まってきた。
「元々大義も正義もあるような戦じゃない。気に病む事はないだろう」
剣を仕舞いながら俺を気遣ってくれるロングソードさん。
「街中の魔物も無事に殲滅されたようです。復興にはそれなりに時間がかかりそうですが……モリノほどの大国なら容易く成し遂げられるでしょう」
「過去に幾度となく戦争を勝ち抜いた強国だ。心配はいらないさ」
"カドゥケウスの杖"さんと"グングニルさん"が、喜びに湧く騎士達を見渡しながら言葉を交わす。
「それにしても、せっかくこうして呼び出して貰ったのにもう戻らないといけないなんて退屈ね」
エクスカリバーさんも剣を仕舞いながら少しつまらなそうに呟く。
「まぁまぁ。滅多にお目にかかれないからこそ"伝説"なんだ。用が済んだならさっさと帰るとしようぜ」
とんでもない重量がありそうな槌で自らの肩をトントンと叩きながら"ミョルニルさん"も僅かに笑ってみせる。
「ではな主殿、達者でな」
「もし機会があれば、今度はゆっくりお話しましょ」
そう言い残して各々に消えていく伝説のアイテムさん達。
一気に人が減り静かになった広場で、ロングソードさんがすっと俺の前に立つ。
いつにもなく寂し気な顔でじっとこっちを見つめると、フと小さく笑を溢して口を開く。
「……短い間だったが、世話になったな」
「いえ、こちらこそ」
「……出来ればで良いが。毎日少しずつでも剣術の稽古は続けてくれると、ここまで教えた私としては嬉しい」
「分かりました――師匠」
そう言って頭を下げる俺を見てロングソードさんは少しおかしそうに笑った。
「では――さらばだ」
一言言い残し、ロングソードさんも光に包まれ空へと消えていく。
それを見届けたように――今度は周りにいた人々押し寄せてきてあっという間にもみくちゃにされてしまった。
『マグナス殿! 何ですか今の方々は!? 突然現れて一斉に消えた、まさか空間転移の魔法!?』
『それよりも、是非ご一緒に祝賀会を!! ゆっくりお話をお聞かせ願いたい!』
『かの"賢人マクスウェル"のお孫さんというのは本当ですか!?』
興奮した人々から矢継ぎ早の質問攻めに遭う。
「あ、いや、すいません! 俺すぐに行かないといけなくて!」
慌てて人の輪から抜けようとするが、完全に取り囲まれてしまい身動きが取れない。
激しい戦いの後で皆興奮覚め止まないのか俺の話なんて誰も聞いちゃくれない。
「す、すいません! 急いでて――。すいません! ホント、離してください……!」
どうにか人の波を掻き分けようともがいていると……。
『――ご主人様が離してって言ってるでしょ!』
『えーい!!』
――ゴンッ!
『痛っ!』
『うぉ! 何だっ!?』
突然辺りの人達が膝から崩れ出し、隙が出来たと同時にグイっと腕を引っ張られる。
慌てて足元を見ると……取り囲む大人達の足元で麻の服ちゃんが俺の腕を引っ張りながら小さな体で一生懸命人混みを掻き分けてくれている。
その傍では木の盾ちゃんが立ちはだかる人達の脛を木の盾で殴打して回っている。
「ふ、二人とも! 来てくれてたんだ!」
「当たり前じゃないですか! 何だかんだいっても、ご主人様をお守りする盾はこの私ですから!」
「わ、私だっていつもご主人様の一番側に――って、そんな事より! 急いで下さい!!」
2人が切り開いてくれた隙をついて人混みを抜けると、駆けつけてきた髭じぃが大きな仕草で手招きをして俺を呼ぶ。
「マグナス、急ぐんじゃ! 既にシンロウを用意させておる! 今ならまだ間に合うじゃろ」
いつになく真剣な目で頷く髭じぃ。
「――分かった! ありがとう!」
「……グスッ。ご主人様……」
「ほら、麻の服ちゃん。泣かないの。……今までありがとうございました」
最高の笑顔で笑ってくれる木の盾ちゃんと、両手で顔を覆って泣きべそをかく麻服ちゃん。
そんな二人の小さな体をギュッとキツく抱きしめる。
「二人とも、今まで本当にありがとうな」
俺の背中に回した二人の手も、ギュッと俺を抱きしめてくれて……。あの騒がしい日常がいよいよ終わりを告げようとしている事を静かに痛感する。
数秒間、黙って抱き合った後……。
「――もう、さっさと行ってくださいこの浮気者!」
離れるタイミングを見失った俺を突き放すように、麻の服ちゃんがバッと離れて俺の顔を見る。
涙を浮かべた目は真っ赤だけれど、その顔はもう泣きべそではなく晴れやかな笑顔だ。
「――浮気者って!? ……はは、まいったな。それじゃ、二人とも元気でな!」
丁度用意されてきたシンロウに大きく跨ると、大急ぎで王都をたつ。
走り出したシンロウの背中からふと振り返ると、こっちに手を降ってくれているちびっ子二人の姿も、立ちこめる光の粒に覆われてやがて見えなくなってしまった。
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