10-28 夢でも見ているのだろうか

「――……ちゃん。お兄ちゃん! 大丈夫!?」


 固く閉じた両目を開くと、目の前にシスティの姿があった。


(ど、どうなってる? ……俺は確か魔物に喰い殺される直前だったはず。それにシスティもあのトカゲに……)


「――っ! システィ! 大丈夫か!? 怪我は!?」


 ふと我に返り慌てて起きあがろうとして、ジェイドは自分がとんでもない場所に居ることに気づく。


 辺りに見えるのは民家の屋根と森の木々。それよりもさらに高い場所という事は……。


(ここは、時計台の屋上か!?)


 落ちないように気をつけながら下を見ると、門前広場ではトカゲ型と狼型の魔物が突然消えた獲物を探しキョロキョロと辺りを嗅ぎ回っている。



「――2人とも、危ない所だったっスねぇ」


 突然背後から声がし驚いて振り返る――が、そこに居るのはシスティだけで他には誰も居ない。


「あ、すいません。これじゃ見えないっスね」


 再び声がすると同時に、何もないはずの空間がゆらりと揺れ、夜の闇を払うように暗闇から人の姿が現れた。

 漆黒のマントを羽織い、盗賊風の恰好をした少女だ。


「怪我とか無いっスか? いやー、それにしても、人間二人を"盗む"のは流石に骨が折れたっスよ」


 そう言ってトントンと肩を叩く少女。

 身に付けているのは……シーフの上位装備品【盗賊マント】のようだ。


「あの……貴女が助けてくれたんですか? ありがとうございます」


「ん? お礼なら是非現金でー! ――と、言いたい所っスけど……別に気にしなくていいっスよ! “親分”の指示なんで」


(……親分? 盗賊団の棟梁の事だろうか。だとしたら何故盗賊団が人助けなんて……)


 そうこう考え込んでいると、少女は懐から筒のようなものを取り出した。


「いやー、戦場なんて"あの頃"以来っスね。まぁ、アタイは元々専門分野じゃないっスけど。――いくっスよーー!!」


 そう言うと、火打石で円柱に火をつける。

 シューという音と煙を放ったのち――筒から火の弾が飛び出し夜空を明るく照らしだした。


 信号弾だ。


 それから程なくして――


『姉貴からの合図だ! ――うぉぉ! 野郎ども! 行くぞー!!』


 遠くから雄叫びのような図太い声が響いてきて、東門から盗賊風の男達が群れを成して攻め入ってくるのが見えた。

 その数、二、三十人は居るだろうか。


(まさか、こいつら! 火事場泥棒か!?)


 慌てて少女の方を見るが、続いて聞こえてきた声にジェイドは我が耳を疑う。


『今こそマグナスの旦那に恩を返す時だ! テメェら、怯むなよーー!!』


『オォォッーーー!!』


 突然聞こえてきた弟の名前。


 訳も分からず成り行きを見ていると――男達は次々と魔物に斬りかかり襲われている市民を助けていく。


 荒々しくはあるが、実に戦い慣れた様子。

 実戦においては騎士団の若手中隊以上の実力かもしれない。


 そんな中でも、一線を画す活躍を見せる剣士の姿があった。

 他の者達が数人がかりで魔物と戦う中、単騎で、しかも目で追うのもやっとという速さで次々と魔物を葬り去って行く。


『さすがシューの旦那!』


『俺も、マグナスには借りがあるからな。店にツケも溜まってるし――支払い分くらいは働いとくか!』


(つ、強い……何て強さだ。けれど、あの剣技。間違いない、騎士団の物だ。それもかなり熟練の……あの人はいったい)


「――お! こっちも来たみたいっスね。そんじゃアタイもいってきます!」


 そう言うと盗賊風の少女はふわりと時計台から飛び降りてしまった。


「――!? えっ!? ちょっと――!」


 慌てて下を見ると、少女は時計台の外壁を蹴りながら軽やかに棟を駆け下りて行く。


「――に、人間業じゃない」


 少女が地上に到達すると同時に、今度は門から武器を構えた集団が一斉に駆け込んで来た。


 その数、百や二百じゃない。

 しかも驚いた事に――その全員が美しい女性だ!


 美女達は、それぞれに異なる武器を振るい、あっという間に魔物を殲滅していく。

 信じられない事に物の数分で広場の魔物を殲滅し場を制圧してしまった。



『さぁ皆、じゃんじゃん進むわよ! 目指すは王宮! 狙いは魔人の首よ!』


 声の方を見ると、台車に乗せられた水の入ったタライに浸かり青い髪の女性が指示を出している。

 それだけでも奇妙な光景なのに……


「え……? に、人魚!?」


 女性の下半身は美しい鱗に包まれた魚の形をしていた。


 ……夢でも見ているのだろうか。もはや訳が分からない。


 訳は分からないが――とにかく、形成は一気に逆転しはじめた。




 ―――――




『そっち! 2匹行きました!』

『任せて! ――そこ! 後ろ気を付けて!』


 王宮前では激しい攻防が続いている。


 互いに連携を取りながら魔物を迎え撃つ、モリノの騎士団と他国の錬金術師達。

 最初は隊列も攻撃のタイミングもチグハグな即興の部隊だったが、戦ううちに息が合うようになり魔物の群れを押し返し初めてきた。



「いい感じね! さすが常勝モリノの騎士団と世界各国から集まった錬金術師達」


「はい! これならどうにかなるかもしれませんね!」


 ナーニャとリリアも後方から支援しつつ戦いの行方を見守る。



「すいません! こっちに回復のポーション3つ貰えますか!?」


 若い騎士がリリア達の元に駆け寄ってくる。


「はい! 直ぐに準備します!」


「城の備蓄全部使っていいそうだから、在庫はふんだんにあるわよ!」


 リリアは木箱からポーションを取り出すと、騎士に手渡す。


「ありがとうございます! じゃ、行ってきます!」


「あの! 気を付けてくださいね!」


 ポーションを手渡しながら、騎士の手をギュッと握るリリア。


 若い騎士の顔がみるみる真っ赤になる。


「は、はい! 任せてくださいっ!」


 少し固まったあと、騎士は元気いっぱいに駆け出して行った。


「……あなた、その歳で――すえ恐ろしい子ね」


「えっ!? 何の事ですか?」


 じっとりとした目で見つめるナーニャに、訳もわからず慌てるリリア。


「よかったら譲歩欲の所と兼任で、私の跡継ぎとして修行してみない?」


「え、えぇっ!? いきなりのスカウトですか! ど、どうして急に――」


 そこまで言いかけて……リリアはハッとした顔で慌てて駆け出す。


 何事かと思いナーニャも立ち上がると、ポーションを受け取っていった若い騎士が、すぐそこで倒れていた。

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